第98話 対流の想起。2/5
そのような、
「
彼女もまた、ひとつの出会いに人生を揺さぶられて良き道を進んでいるのだろうと。
以前——恐らく黒い顔布で顔を隠す少女がカジェッタに告げた慕う男の影をセティスからも感じ取り、再びと近くに置いていたコップの水を、ヤケ酒の如く飲み始める。
だが、そんなカジェッタの愚痴混じりのヤケに対し、
「……どうだか、基本的に性格は悪い。他人を全く信じてないし、他人に信じられたくないから他人を不快にする言動ばかりで虚言も多い
「かっ……良いんだが悪いんだかだな、そりゃあ。しかし賢人であれ、とは……若いもんからの説教にしちゃ励ましのように聞こえやがる。俺が若い頃は老害と
やっぱり的を射てるじゃねぇか、そう
「とにかく——話が逸れたが、色んな事を合わせて嬢ちゃんらを俺ぁ疑っちゃ居ねぇ。メラの系譜の魔女の肩書なんてのは、人となりを見極める為の一つの情報、要素でしかねぇからな」
「別に誰かを殺したり、街を壊すつもりもねぇんだろ?」
そして変えられる話題——むしろ本題へと戻り、カジェッタは開き直ったような表情で怪訝に眉を動かしセティスへと尋ねた。
しかし、肯定は無い。
「それは否定、敵は殺す。その為なら多少の犠牲、街の破壊は
冷淡無慈悲に言い放たれる事実、虚飾もなく、興味もなく無機質な口振りで誤認を説くセティス。それが一応は、一宿の恩を頂く事になるカジェッタへの誠実で、彼女なりの優しさであった。
協力を拒んで欲しかった訳でもないが、少なからず善意のみで協力をしてくれているのだろうカジェッタが、せめて公平な選択を改めて後悔なく行えるようにと。
「それで十分さ。建物なんかは元に戻せるからな……好きにすりゃあ良い」
「……」
だが、そんなセティスの脅し文句は鼻で嗤われ、神妙な眼差しでセティスが老人の行く末を憂う中——やがて開かれたままの戸を開いたまま飛び出した少女が帰還する。
「セティス様‼ 指示通りにお伝えしてきたので御座いますよ、それから——カジェッタ様に御客様なのですよ」
黒い顔布で顔を隠す彼女が連れてくるのは吉兆か、はたまた嵐の前の静寂か。
「「……」」
髪の七分が黄色く染まり、残りの三分は黒い色。
家屋の一同の注目が集まる中で、粛々と
持ち上げた顔は穏やかに整い、
「夜分前の忙しい時間に失礼いたします。先ほどの件での
様々な陰謀が渦巻く巨大なツアレスト王国の国教、リオネル聖教が抱える騎士団——その中で上位の騎士に属する聖騎士の称号を持つ男、アディ・クライドの再来。
ここまでの話には度々と登場した男が、ついに再び現実の目の前へと訪れて、セティスは瞳に僅かに真剣な鋭い光が宿る。
「——デューラ、アナタはこっちに来て。夕食の準備するから手伝って欲しい」
「あ、はいなので御座います‼」
なにより現状、厄介なのは彼女と訪れた事。デューラと偽名で呼んだ黒い顔布で顔を隠す少女をアディの近くに居させない事が優先すべき課題だと、セティスは丁度と夕刻が終わる事もあり自然と思い付いた言い分で彼女の肢体を言葉で動かす。
すると、そんなセティスの言い分を気に掛けたのはカジェッタであった。
「おっと、そうだった。飯が必要だと思って出掛けに買ってきた土産がある……こんな油臭い工房じゃ、まともなもんは作れねぇだろうし折角の観光だ、名物の一つや二つも食えないんじゃ寂しかろうと思ってな。食器なんかは厨房のもんやら好きに使うといい」
「……何から何まで、感謝する。デューラ、それも持って来て」
「はいなのです、セティス様」
アディ・クライドの視線を感じつつ、そういえばとカジェッタが家屋に戻る際に抱えていた紙袋についての会話を交わし、セティスはカジェッタに様々な意味を込めて礼を述べた。
そして偽名を用いてデュエラを連れて、アディやカジェッタのこれからの密談に気を遣ったフリをしながら家屋の奧の扉の向こう——厨房へと足を進めていく。
やがて、扉は閉ざされて。
「——彼女たちは、今晩ここに泊まるので?」
セティスらが去り、静寂が残された家屋の一室。来客したばかりのアディは空気の悪さを払拭すべく、会話の皮切りに素朴に気に掛かる彼女たちについての問いを投げかける。
すると、そんな空気感に気を遣うアディに対し——
「ふん。くたびれた寂しいジジイが若い女を
「あっ、いえ……決してそのような——」
カジェッタは敵対的な嫌みを溢しつつ、自身の言動が生んだ誤解を解く為に慌てたアディを尻目に懐から新たな葉巻を取り出して火を灯した。
「ふぅ……この街の宿は今、知っての通り商人を含めて南からの避難民や傭兵どもが押し寄せて満室が多い上に値が張るようになった……女だけの集まりを路地裏で放置するのも忍びなかろうよ」
再びと
一息を吐いて若い異性の女子との会話を邪魔されて不貞腐れているような態度を落ち着かせ、老体は世間体を
「そうですか……そうですね。では、私も侘びの品を
すると誤解の釈明を行いながら、或いはカジェッタが語らう人情や道理に納得をしつつも、未だ何かと気に掛かる不思議な彼女らの行く末を気にする雰囲気を帯びるアディ。
けれど、あまり深堀はするべきでは無いと腕にぶら上げていた荷物を抱え直し、爽やかに微笑んで綺麗な包み紙で梱包された菓子折りような土産を紙袋から取り出してカジェッタへと丁寧に差し出す。
「コチラの酒の方も……私は酒を頂きませんので、酒屋の店主におススメを聞いたので宜しければ、どうぞ」
そして矢継ぎ早に差し出すのはコチラも綺麗に成形された木目が美しく際立つ長方形の木箱。
蓋とは思えぬ木造りのその箱が開かれて
「——ザーベスのガキの店か、俺が酒を辞めたのを知ってるはずだが——どうやら足下を見られて随分な高級酒を買わされたな」
その酒瓶は、やはり有名な物であったようで——というよりは箱や紙袋の様子からカジェッタはアディがその酒を買った店の事すら知っていた様子。呆れるように吐いた息は重く、不愉快を通り越して怒りすら湧かないといった具合。
「あ、え……そ、そうでしたか……そ、それは不快にさせてしまったのなら申し訳ありません。そちらの土産の方も酒に合うものをと選んでしまって」
少し部屋の隅に目を配れば酒瓶の転がる家、カジェッタの言葉に素直に驚き、戸惑うアディ。些かと困った様子で今一度と出直すべきか否かを迷う様すらも好青年。
「まったく分かった、分かった……あの胸糞の悪い仲間は居らんようだし、無駄酒の代金代わりに話は聞いてやろう……場合によっては返す答えも変えてやるさ」
カジェッタも軽く頭を抱えて騙された青年を
こうして——アディが持ち込んだ木箱の中の半透明の酒瓶の中身は照明に照らされ、久しく見なかった光明に踊る。今一度、闇に閉ざされる事を知らぬまま——或いは瓶の中身の如き真実が隠されたまま時が過ぎ去る事を知らぬままに。
再び開かれるその時まで。
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