第88話 橋の上の出会い。4/4

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 こうして、何だかんだと有耶無耶に銀硬貨一枚で仕事を引き受けさせられた街案内のリダは、セティスら一行の昼食も終わりの雰囲気に至るのを見届けつつ、観光の予定や要望を尋ねる。



「では——まず、どうされますか? 宿を探して荷物を預けてから、お買い物などでしょうか? 滞在期間は明日の昼までとの事で先に必要な物を教えて頂ければ道中を見繕みつくろえるのですが」


脳裏にある街の地図に対して、羽根ペンの先をインク瓶に浸けるが如く申し訳なさげなその声に、セティスら一行は誰が答えるかで顔を見合わせて。


やがて暗黙の内に、


「ワタクシサマ、料理道具を探しに行きたいのです。お土産の食材なども」


「私は服や布などの日用雑貨も補充しておきたいですね。後は剣の手入れの出来る研ぎ石など新しくしたく……良い物が手に入れば良いのですが」


「魔法薬の原料が必要。このたちにもをして行かなきゃならないから、手土産の用意もしたい」


それぞれが、それぞれ街で買い足せそうな物を脳裏に思い浮かべ期待に胸を膨らませるように次々と言葉に出していく。



「——という事は、セティス殿は途中でに?」


 「……ん。これも魔女のならわしだから、少しだけ」


最中に話題に付随して気に掛かる発言。

徐々に明らかになり始める街の道程どうてい



 「料理道具と食材……服や布なら街のの品が良いでしょうね。魔法薬の原料などは街の向こう側の山窟さんくつ地域の方が店の数が豊富ではありますが……道も複雑で、少し遠くなります。手土産などは、どのような物を?」


それらを考慮に入れた上で、脳裏の地図に道順を描くリダの慣れた面持ち。山橋の街バルピスの入り口の洞穴広場の光景も静かで落ち着いては居ても、そろそろと飽きてきた頃合い。



「いや、物自体は用意してる。それを布で包んだり箱に入れてラッピングとかしたいだけ。魔法薬の原料も明日の朝でいい」



「ああ、なるほど。でしたらやはり、中央橋の商店街方面を見て回りながら向こう岸の方で宿を探すのが良いかもしれません。向こう岸でしたら、空いてる宿もあるかもしれませんし、先に知り合いに連絡して少し探しておいてもらいます」


幾つかの確認を終えてテーブル前の椅子から立ち上がるリダは、食べ終えた自分の分の食事のゴミを抱え、一時的に場を離れることを示唆しさした。夜や昼などは関係が無い洞穴広場の照明の光に照らされながら、椅子の音と共にカツリと鳴り響くようなリダのくつの音。



「なにぶん、広い街ではありますが……皆様に快適な生活の提供を務めさせて頂きます。改めて宜しくお願い致します」


足並みを揃え、丁寧に首を下げる兎耳。


フワリと動く毛並みはピョコリと跳ねて。



「うん。よろしく」


「それでは、宿の件を手の空いてるに当たってみます。少々お待ち頂けますか?」


セティスの返事に再びと顔を上げてリダは穏やかな笑みを浮かべた。



「はい。我々も今日はゆっくりするつもりですので、どうかお気になさらず」


そしてセティスの横に居たカトレアが背筋を正して仮面越しに微笑みで返せば、心置きなくきびすを返して街案内のリダはセティスら一行に背を向けて就業を開始する為に歩き出す。



その後、去ったリダが遠くの方で何やらと連絡をしている佇まいに目を配りつつ、



「——……良い人そうで良かったですね。リダさんと仰いましたか」


女騎士カトレアは隣のセティスへと、リダの第一印象を何の気なしに語らう。

特に悪意も裏も無く、単に会話の間を繋ぐ為に語っただけの口調のはずではあった。



「どうかな。態度は良いみたいだけど」


「何か気になる所があったので御座いますか? ワタクシサマは特に何も感じなかったので御座いますが」


しかし受け取り手の常識では、関所の役人から派遣されたリダを疑わない方が難しく——疑惑の種が芽を出すきざし。



「警戒に越した事は無い。善人が悪意を持たない保証はないから、善人の隣人が善人であるとは限らないのと同じように」


冷ややかな眼差しを向ける水筒の蓋を閉じるセティスは、


やはり淡々と冷徹に俯瞰ふかん的に状況を見据え、


「……疑り深いですね。それが悪いとは言いませんが、あまり行き過ぎるとと同じ様に病的になってしまいますよ、セティス殿」



こう述べるカトレアの、を思い出しているような辟易とした吐息に対して次に想いを馳せるのだ。


な事ではあるけど、他人を警戒するのは旅の基本。騙されれば、直接と死に繋がるのが根無し草の旅人のさがだから」


「なるほど……ワタクシサマも気を引き締めて、もう無駄にお金を騙し取られないようにするのですよ‼」


そして学ぶ事、学ぶ意欲の多いデュエラもまた、どちらかと言えばカトレアよりも小難しく理屈を並べるセティスの方に感化されている様相で鼻息荒く、フンスと意気を胸元まで掲げた両手に込めた。



「——ま、そんなに騙そうとする人は多くはない。色々と気を付けながらだけど、今は町の観光も楽しんでていいよ、デュエラは」



やがて兎にも角にも、腹ごなしの昼食も残りは後片付けで終わり。


「デュエラ殿、屋台などで食べ終わった食事のゴミなどは、あのゴミ箱に捨てて行かねばなりません。街の景観が崩れるので、ゴミの置き去りは厳禁ですよ……街によっては罪に問われて罰を受ける場合もありますので」


「あ、はいなのです。この入れ物も捨てるのですね、洗ったりはしないのですか?」


 テーブル前に散乱した屋台飯のゴミを集めながらカトレアが指し示す、少し離れた場所の黒鉄くろがね円錐えんすいのゴミ箱。


ふと想い更けたデュエラの素朴な疑問に対して、



「そうですね。その入れ物も紙で作られているものですので、捨てても問題ありません。屋台料理というのは気軽に街観光をしながら食べ歩きなどをする為の物ですから、通りにあるゴミ箱に捨てられる想定で出来ているのですよ」


カトレアは倫理と道徳、社会という概念の中で守らなければならない基本を、セティスとは違って行動を用い、己を模範もはんとして教え往こうとしている。



「なるほど……ずいぶん丈夫な紙なのですが……このような物もあるのですね」


「知らない事も多く、覚える事も多いかもしれませんが、街での生活は面白い事や便利で感心する事も多いので気になった事があったら何でも聞いて頂けると幸いです」



「はい、宜しくお願いするのですよ‼ セティス様のゴミもワタクシサマが捨てて参りますね‼」


無知な少女の好奇心に溢れる無垢な声色、その成長を眺めるカトレアとセティスの二人。だが一人でテーブルに残っていたセティスはその時、ゴミ箱へ嬉々として向かう少女の背から視線を少し逸らすに至る。



「——……良い出会いも悪い出会いもあるのが旅だから。せめて、あの子には良い出会いが多ければ良いけど……少し難しいかも、知れないね。まさかイミトも——までは読んでないと思いたい所」


そして世界人類の愚かさと、己の罪深さに呆れるが如く息を吐き、何やらと意味深な言葉を呟くのである。


「? セティス殿……?」


そんな安穏としない独り言がカトレアの耳にも僅かに入った。されど彼女が見ていただろう視線の先に目を配れど、その時には既に不穏の気配は過ぎ去っていて。



セティスは悟り、カトレアは疑い、デュエラは楽しむ。


まだまだ多くの橋の上の出会いが、彼女たちをそれぞれの顔で待ち受けている事だけは確かな事なのであろう。

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