第80話 決起の騎士。1/5


ホーホーとふくろうに似た鳥の鳴き声が、深夜の闇に包まれた森の深い所への彼らの帰還を不吉としらせるように何処からともなく流れ出て。


「……交渉は上手く行ったと言って宜しいのでしょうか」


静かな月明かりの中で白き髪を照らされる彼女は静かに、ここまでの成果を先の茂みを歩いて征く白黒の髪の彼に問う。



「ああ、コッチの条件はおおむね飲んでもらったし、領主様のはらわたが煮えくり返ってる所まで含めて成功と言っても良いよ。有難い事に強硬手段は使わなくて済みそうだ」


ロナスの砦にて密談を終えた後で砦から音もなく脱出し、更に加えて今まで密偵の尾行を警戒して避けるべく暗躍していた彼らは、ようやくと様々と迂回うかいして安全領域である森の中で会話を始めたのである。


そして張り詰めさせていた緊張をほぐし、肩を落として安堵あんどの息を吐いたイミトは近場の樹木に背中を預けての小休止。


ついでに話を掛けてきたカトレアに対して、今後様々と投げ掛けられるだろう質問に答えを返す構えを魅せて。


「本当にそう思っている事を願います」



 「それで? アンタこそ俺に聞きたいのは本当になのか?」


しかし、同じく安堵の息を交えた呆れの溜息を漏らし皮肉を一つこぼしたカトレアの様を見かねてか、或いは単なる気まぐれか——カトレアが抱えてるだろう疑問をかすようにイミトは尋ねる。


すれば、幾つかの懸案の中、


「——……私がというのは本当なのですか」


やはりカトレアが気にするのはに関わる事柄、およびとの事なのは明白であった。


——世界に蔓延はびこる邪悪な魔物の核である魔石を埋め込まれた人間。

宗教的に、世界の倫理的に禁忌とされる忌むべき存在となった己を恥じるカトレアにとって、それは一縷いちるの希望であるのは確かな事だ。


だが——、

「俺がじゃなけりゃ、本当なのかも知れねぇな」


 「……その場合、私の中のはどうなるのですか」



茶化すような口振りのイミトを他所に、彼の不謹慎が薫る物言いに噛みつかずに怪訝けげんな面持ちをカトレアが魅せたのは、己の中に今も眠る彼女を気遣っての事だろう。


「はっ、無視かよ……信用されてて嬉しい限りだ」


 「誤魔化さず、答えて欲しい」


己がに戻れるならば、半人半魔——は何処へ行くのか。

カトレアには、どうしても彼女が普通に魔に戻れるとは——とは思えなかった。


そして、その予感は紛れもなく当たっていると言えた。

イミトは答える。



「ユカリは。アンタが安全に人へと戻る為に払うべき代償は、確かにの喪失とかもしれない」


とても淡々と、業深い行いの代価は必ず報いとして襲い来ると説きながら。

それでも——別の道理もまた、語る。



「だけど、まぁ。相手は魔物だ、魔物を人間に戻す術なんてない……死んだ人間が生き返らないのと同じようにな。何だが」


己は己。他は他。人のさが、世のつね


どの様な選択も自由と、責める気配は微塵みじんも無く、己の身を第一と考える事を平然とすすめるのだ。


カトレアには語れぬおおむねを知りながら。

否——おおむねを知ればこそ、


「それとも、今さらユカリの力を使えなくなるのが惜しくなったか? 確かにユカリの氷魔法は利用したい便利な力だもんな。俺も失うのが惜しいよ」


自嘲の笑みを漏らしつつ、背を預ける樹木に更に自重を乗せて世の非情に項垂うなだれる諦観ていかん。挑発的にカトレアを根性なしとあおり、選択を迫るようにも見えて。



「茶化さないで下さい……アナタは本当に、そう思っているのですか。私は——彼女が姿に戻った所を見ている」


 「……」


それでも、彼女はイミトに尋ねる。無自覚な冷酷で、イミトに事実も突き付けて。

そうだ——カトレアのみに宿る魔物ユカリは、かつてはであったのだ。



「確かに彼女は、今でこそかもしれない……しかし、私の——我々の窮地きゅうちを幾度も救ってくれた」


「そりゃ、自分も死んじまうからだろ」


静寂な森の闇の中、にわかに熱を帯びてきたカトレアのげんに、尚もイミトは熱を冷ます地表の如く寛大に受け答える。



「勝手に命をもてあそばれ、私の体に理不尽に組み込まれ、それにも関わらず不要となったらと……そんながありますか‼」


。こので幾つの魔石が使い捨てられてると思ってる。照明代わりに、通信機代わりに、燃料代わりに、兵器代わりに。元々のユカリの眠ってた魔石だって、セティスのだった」


曖昧あいまいな人情と、無情たる世のつね。ぶつかり合う意見の相違に、森の空気は緊張を張り詰めて議論の行方に注視しているようである。



「私は——‼ あの暗い世界でも見ているのです‼」


 「なら、人には戻らないのか? 選べる選択肢は二つだけだ……アンタが生き残るか、一生一緒で死ぬかの二つ」



だが——カトレアの感情が盛り上がりゆく中にあって、イミトの口調は淡白なまま。議論は、むしろイミトは自身の言葉でカトレアの論理を論破するつもりは無い様子。


ただ腕を組み、心づもりのようで。



……どちらも救う方法が見つかるまで。彼女は一度、人に戻れたのだから」


「……そうかい。好きにすると良いさ、いつだって世界はを与えてくれる優しさにあふれてるからな」


そうして至る結論は、結論とも言えぬ答えを棚に上げた様相。

一息を吐いたイミトは倒れ込む背中を樹木から皮肉を交えつつ身を離しつつ、周囲の気配に目を配る。


それから彼は、

「先に戻っといてくれ、俺と仲良く連れションしたいなら話は別だがな」


気だるげに別れを告げるように、普段の彼らしく嫌悪をあおる口振りで笑みをこぼしてカトレアの羞恥心しゅうちしんを気色悪くでるように突き放す。



「——……分かりました。では、また後ほど。も用意しておきます」


するとカトレアは未だ、を期待していたようではあったがイミトの冗談交じりの不快に噛みつくことも無くしたがい、単独で森の奧へと進んでいった。



その背が森の影に溶けてしばらく——彼はおもむに呟く。


「……——ホントに、お優しくてを幸せにしそうな女だ事だよ、アンタは」



「世界が優しく、アンタの首を真綿まわたで絞めてる事にも気付かないんだからな」


とても意味深く——ふくみを持って、牢獄の天井の如き月明かりの空に愚痴でも聞いてもらうべく、か細い祈りを彼らしくもなくはかなげにささげるのであった。

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