第72話 偽りて座する者。5/5


けれど、その刹那の合間に勢いよく放り投げられた頭部を回収し、奥へと繋がる扉の前でデュラハンもまた体勢を立て直していて。


憤怒ふんど——貴様は殺す‼」


更に巨大化しながら迫りくる数多の巨大な鉄球を跳ね退けて、鉄球が迫り来る向こう側で倒れ転がるイミトの肢体を別つべく、大剣を片手で軽々と振り構え——恐らく見えてはいないだろう赤い双眸を激しく滾らせ、身を包む禍々しい魔力の気配を荒ぶらせて膨れ上がらせる。



じゃなくても殺すだろ。脅しにもなんねぇ」


 「くぅ——があああああ‼」



倒れ転がったイミトの視線の先、部屋を埋め尽くす程に撃ち出した数多の鉄球の隙間——デュラハンは大剣を豪快に振り回し、次々と打ち返し始めていた。



「——ちっ、やっぱり押し返すかよ‼ かっ……くぅっ⁉」


故にイミトは——即座に次の手をこうじなければならなかったのだ。


だがしかし、先程の交錯にてイミトが負った腹の傷は、内臓が飛び出るほどのものの、裂かれた肉同士がこすれ合い、空気に傷口が触れ合い、当然イミトの動きに激しい痛みをともなわせ、動きを鈍らせてしまう。



——その一瞬のたゆみが、致命傷にもかかわらず。


「燃えて死にゆけ——灰へとせ——」


「やべ」


噴き出した鮮血、裂かれた腹に応急処置の如く黒の魔力を傷口に押し当てるイミトを尻目に、全ての鉄球を弾き飛ばした盲目のデュラハンは、その身に宿る膨大な魔力の気配を解き放ち、轟々ごうごうと燃える赤の気配で世界を照らした。



と、さしものイミトも思ったものだろう。



その時その瞬間——イミトが周囲にの数々からが唐突に噴き上がるまでは。



そしてその気配はから赤い光となって一つの場所に集約し、とある声を世界へと響かせるまでは。



『——人が心地よく眠りにこうとしておるのに、いつまで騒いでおるか馬鹿者どもが』


「「——⁉」」


その声の主の名は——言わずもがな、なのかもしれない。



本来、この遺跡に封じられていたはずの脅威の気配。

先程まで、熾烈にイミトと戦い、イミトの記憶に刻み込まれた残滓ざんしの声。


イミトは知らぬ事だが、盲目のデュラハンが近隣の都市を攻め落としてまで会いに来た傑物。



全ての魔物の王にして、全ての憎悪の化身。



——魔王ザディウスの、である。


『これは貸しぞ。人の子イミトよ、余に知略で勝った貴様がここで死ぬのも余のはじとなれば仕方なし。あのレザリクスと敵対しておるのも面白い』


『まぁ、余の技で生き残れたらの話ではあるがな』



「——最悪だよ、クソッタレ」


故にイミトは戦慄する——ここまでの全てが、まるで茶番であったと思い知らされたような——もはや苦笑いしか浮かばない緊急事態。



何度死のうとよみがえる怪物の登場に、魔力の物体創生で傷口を何とかふさいだばかりのイミトは流石さすがに逃げる他ないと一目散に部屋の出口へと走り出す。



一方、対照的に——盲目のデュラハンは、



「——魔王、魔王、魔王‼」


その魔王の帰還に、歓喜の声を張り上げた。



「汝を探した、汝を求めた‼ 世界に新たな混沌を、我に真理と意義をもたらせ‼」


何が理由か、真意は未だ語られぬものの、魔王に惹かれ魔王を探し求めた一体の魔物は持っていた大剣を興奮の内に投げ捨てて、鎧兜を持ったまま両手を広げ、帰還した魔王へと己の望みと野心を語った。



全く以って——、


『……知らぬわ。【因果咆骨デルガ・ギルストフ】』


——である。



スッと不機嫌そうに両手を地面と水平にそれぞれと持ち上げた魔王ザディウス。


爆発が広がる瞬間——先に光が弾き飛ぶような閃光、イミトは既に経験した事のある宇宙創成のビックバンの如き強烈な魔力の圧力の後に、生まれ出でて世界を埋め尽くさんとする骨の津波。



「アホがぁっ、無茶を——しやがる‼」


先んじてその技を受けた事のあるイミトは咄嗟に、部屋の出口の前で振り返り全身を黒い魔力で膜のように球体にして包み込む。


だが——突然の膨大な魔力の攻撃、初見でありさらには盲目であるデュラハンには何が起きたか分からず、一瞬の戸惑いの後に骨の津波に飲まれ、押し切られてレザリクスの罠が待つという次なる封印の部屋へと押し込まれて。


「グオオオオオおお⁉ 魔オオオオオ——⁉」



やがて巨大な骨の津波は室内を埋め尽くし、をバタンと勢い良く閉じ、騒音を閉ざすのであった。


——。



そして——蒼白い光に包まれて再び墓地の如き静寂を取り戻した部屋の中央。


これまでのあらゆる命の亡骸の如き骨の数々に囲まれて、その静寂の只中に立ち尽くす魔王ザディウスは、足下に転がっていたイミトが創りデュラハンが壊した椅子に目線を流した。



そして天井、終末の世界に想いを馳せるような眼差し——



『——……久しく感じる静寂よな。つかの間であったが……くく』


きっと彼は、骨の津波に押されて遺跡の外へと登って行った一人の人間を気配を探りながら思い出していたのだろう。激しく言葉と技量をぶつけ合う——骨にも通う血が沸騰ふっとうたぎるような細やかな戦いの時間を。



『さて……この些末な依り代がいつまで持つか。奴らが何処へと行くか』


『しかして今は久しく心地良い静寂に、この身を浸し、余の覇道と、この世の行く末を案じるとしよう』


カタカタと命じもせずに独りでに動いた骨たちが組み上げる骨で作られていく禍々しき紛れもない王座。冒頭で、みすぼらしいゴブリンの王が座っていた単なる獣の骨で作られたモノとは比べようもなき巨大な王座に、魔の王はユルリと腰を落とし、頬杖を突く。



王者の威厳——ここに極まりて、幾度も遊興に死を偽りて今、座する王者は、



『——……も、より迫っておるが故に……な……』


やがて夢にでも興じようかと、うつらうつらと目をかすめた。



『——余は言ったであろうレザリクス。混沌をもたらすのは余ではなく、貴様らの業そのものなのだと——余は結果、結露けつろでしかないのだと』



 『余が滅びたとて、愚かな悲劇は止まりも減りもせぬ』



『他に罪を着せる筋が通らぬ、忌むべき罪人どもよ——貴様もそう思うであろう』



『——人にして人ならざる忌み人、イミトよ』


こうして——かつて眼前に現れた聖人と魔人を思い出し、思い出の中で二人の人間を重ねて想い、彼の王は静かに笑みを溢しながら、瞼を閉じていくのであった。




断頭台のデュラハン7~矢継の森と残滓の亡王~


        【偽称編】 完。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る