第72話 偽りて座する者。3/5


しかして未だ——時はわずかに残されていた。



『されど如何いかにする。今の貴様の余力では、デュラハンをレザリクスの罠に送るどころか指先一つで消し炭に変えられてしまう事実は揺るがぬ』


——王は、ここに至り片手で心許こころもとなく傷口をふさいで品定めするように人へと告げる。



『ここは大人しく余の力を受け入れる事のみが、貴様の生還のただ一つの道筋であろう』


『それとも貴様にはまだ——他の手立てがあるとでも申すか』


最後の会話を愛しき我が子に寄り添うように、彼は穏やかに言葉を紡ぐ。

見据えるは新たな絶望か、眼前の敵が創り上げるであろう未来か。



「ねぇよ。それでも俺は……アンタに敬意を表して、ここで大見得切って意地を張って筋を通し尽くすのさ」


それでも男は、希望や淡い期待を裏切るが如く、普段通りの悪辣な表情で左手に持っていた魔石を宙に放り投げる。



こうして、訪れゆく最後の瞬間。一つの戦いの決着——宙に浮いた魔石が地に堕ちるまでの合間、イミトは左手に黒い渦を灯しながら魔王へと人間らしく告げた。



「人間を——舐めるんじゃねぇって、な」


己を嗤いながらに、皮肉めいて創り上げた真っ直ぐな槍で地面へと到達した直後の魔石を地面ごと貫く。すると、四散した魔石から始まり——床に流れ果てた黒の流血が蒸発するように霧散むさんし始めて。



『くく……似たような事をレザリクスの奴とは、随分とおもむきが違う言葉よな——』


ザディウスの身体もまた例外無く足下から気化し始め、終末を受け入れているが如く彼も嗤って、もはやあらがいも当然無い。



「じゃあな、魔王ザディウス。また、会わない事を祈るばかりだ」



「——ふん。気が変わったならば別の場所の余にも……会いに……ゆけ……——」


最後の最後まで王は——王たる威厳を捨てることも無く、イミトに別れを告げて堂々たる威風でイミトの白が少なくなった黒髪を揺らす。



「……クソみたいな伏線を張るんじゃねぇよったら……どいつも、こいつも」


語られた不穏は、イミトに更なる重荷を乗せるように肩をらせ、ウンザリとした粘り気のある疲労を吐かせる。



そして彼は唐突に、

「——ああ、分かってるよクレア。そっちの被害はどんなもんだ?」



自らに頭痛を与えるような声なき声に応えるように、誰も居ない静寂の室内にて部屋の出口に向けてきびすを返し、孤独に言葉を呟き始めた。



「——そうか。俺の方はもう、魔力も使い果たしてどうしようもない感じだ、話に聞いてた通りロクでもない魔王様だったよ、よくアレの完全体に勝てたなお前ら」


魔王ザディウスを討ち取る為に用いた技の反動で、痛みに震える右手の状態を確認しながら最後の魔力を絞り出すように弱々しい黒い渦を灯し——創り出した黒い椅子に腰かける。



「はは……そんな焦るなよ。たぶん、魔力は送ってもな……こっちにレザリクスが残した封印の罠があるらしいから、それ使って上手く行くことを神様にでも祈っててくれよ」


恐らく頭に響くクレアとの念話を通じて、肩の力が抜けてきた彼は楽しげに言葉を紡ぎ、それから自嘲するように現在地に迫る猛烈な勢いの音と禍々しい気配に気怠けだるい小首を傾げるのだ。



「封印に巻き込まれないように、離れとけってリエンシエールさんとかにも伝えてやってくれ」



「——それじゃあ、また連絡するわ。話に聞いた厄介やくすけさんが来たみたいだ」


直後——イミトも通った遺跡の通路の扉が蹴破られ、黒い鎧を纏う漆黒の首無し騎士と相まみえるイミト。無理矢理と脳内のクレアとの歓談を終わらした刹那に、再び張り詰めさせた緊張。



しかし——少しがあった。


「『——』」


「……——今しがたの魔力の衝突、が消え——そしても消えた」


「……?」



目の前に現れた真なるデュラハンは、禍々しい魔力を帯びながら室内に足を踏み入れ右腕に抱える鎧兜の視線を動かす。イミトは怪訝に眉をひそめる。



まるで——目の前に座るイミトの事など、意にも介していない——というよりはかのように。



しかしそう思い、疑念を抱いた瞬間、イミトは戦慄する。

か——心や体のに直感を訴えかけて。



——今、椅子に座っているままだと恐らく『』は免れない。


「否——……で気配をおるな‼」



 「⁉——……マジか‼」


名も知らぬデュラハンの背後で、巨大な赤い瞳の図形が描かれたと時を同じくして、咄嗟にイミトは椅子から真横に跳び出し、地面に転がるように回避行動を取った。



すれば無惨に二つに別たれるのは、心許ない魔力で創られた椅子のみ。



「我、答えを求む……魔王は何処か。何処へと消えたぁ‼」


振り抜かれて地面を乱暴に砕くデュラハンの大剣に、これまでに無い程の明確な殺意をイミトは感じていた。


そして無論——その会話なき邂逅かいこうで与えられたものは他にもいくつか。



「テメェ……。今の身体に魔力が入ってくる感じ、魚群探知機みたいに魔力を音波代わりにして位置を確認してんのか」


互いに、結末の向こう側。

世界に歴史ありて、奇なる必然。



「答えをけ、矮小わいしょうなる者‼」


イミトの刹那的な推理を裏付けるように、攻撃の寸前に体に走る微細びさいな予兆。

恐らく——殆んどの魔力を使い果たし、飢餓状態に陥りつつあるイミトにしか感じ取れぬ程にかすかな殺意。



されどと、それが解かろうとも気を抜いて躱せる攻撃をデュラハンが放つ事は無く、


「おっと——っ……——右手に響くなぁ、こりゃ」



歩みながら凄まじい勢いで放たれる魔力の飛ぶ斬撃を紙一重で躱しつつ、砕けているかも知れない右手をかばひまもない事をイミトは憂い、冷や汗を普通の汗を一緒くたにぬぐわせる。



「我が心眼からは逃れる事叶わず‼」


そしてイミトの足跡を辿ったかの如く、冷徹に歩み終わった名も知らぬデュラハンはイミトの痛苦を当然とおもんばかることも無く、すかさずと次の攻撃の気配——魔力を音波代わりにした探知を行い、黒き大剣を振り上げる。



だが——、その音は突如として現れた。

無論、何も知らぬデュラハンからすると、ではあるが。



『——後ろだ、バーカ』


「なに……⁉」

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