第68話 リエンシエールの血族。5/5


こうして、所謂いわゆるところの主流穏健派と呼ぶべきエルフ族と邂逅かいこうしたイミト達は、エルフ族のおさたるリエンシエールの背後の者たちとにらみ合う格好で話を始める。



「まず聞くべきは——そうだな。アンタとクレアの関係だ」


「……私と、そこのクレア・デュラニウスは……かつて共に魔王と戦い、打ち勝った間柄あいだがらです」


「何を申すか、遠巻きで小賢しい矢を放っておっただけであろう貴様は」


そしてそのような状況でひるむ事も無く気怠げに首の骨を鳴らしたイミトの問いを皮切りに、


リエンシエールとクレアは過去を僅かに懐かしむが如く会話を動かし、


「ふふふ、後方から前衛を支援し、戦いの盤面を動かしていたと言って欲しいものです。脳みそまで筋肉なアナタと違って」


「「……」」


如実に互いの関係性を、言葉の端々と雰囲気に宿る嫌悪感で周囲へと伝えるのである。



「——なるほど仲が良いな。この人が、魔王との戦いで生き残った二人の人間の内の一人って訳だ」


無論、仲の良い悪いなどして重要事では無いと適当にうそぶくイミトにもそれは見えていて、しかしながら致命的に関係が訳でもない様子であった事も理解は出来ている。


その上で口にした皮肉と嫌味。

そしてこれ以上は伝えておくべき事を忘れていないかと、自身も過去をかえりみて見落としが無いかと考察しながらにクレアへ釘を刺すような響きを推測の言葉に込める。



「違うわ、タワケが。我は魔族を人とは数えん、それが最低限の敬意という物だ」


その意図に対し、クレアは鼻息を鳴らす呆れ返り、デュエラに抱えられる胸の下から鼻息を鳴らすが如く言い放ち、鎧兜の裏で瞼を閉じようとしているようだった。


だが——、

「じゃあ、なんて数えるんだよ」

「——……知らん」


開口一番と言わんばかりにイミトの口から条件反射で飛んだ素朴な疑問に虚を突かれ、僅かに瞳孔を開いて思考し、逃げるように瞼を閉じれば別の意味合い。



すると、そんな二人の——ある意味で普通に会話をしている様子に、


「……随分と、仲が宜しいのですね。意外と言えば失礼に当たりますが」


クレア・デュラニウスという魔物を古くから知っているのだろうリエンシエールは、とても——本当にとても意外そうな顔を表情に僅かに浮かべ、


それを隠すように——或いは謝意を示すようにうつむき目を閉じた。



——ヒトとマモノと、有り得ぬと結論付いていた答えが揺らいでしまっているかのように。



「そっちこそ、レザリクスとはどうなんだ? 今でも仲が良いのか?」


イミトはそんなリエンシエールの態度に気付いては居たが、敢えてそれを追求することも無く、彼は思い出話の鉢植はちうえに水を注ぐような面持ちで攻勢に打って出る。



今回、周囲で起こる事件の黒幕かもしれない男の名を言葉にし、元英雄の仲間でもある彼女が現在において『』なのかという事を探る心づもり。


そんな思惑を知ってか知らずか、懐かしき男の名にピクリとエルフ族特有の長いとがった耳をピクリと動かすリエンシエール。



「レザリクス……なるほど、やはり——そう言う事になるのでしょうか」


彼女の答えは、イミトが敢えて違和感を込めた唐突な言葉の真意を察したがゆえの物。

とても哀愁あいしゅう漂う様子で、愚かをあわれむように慈愛の手はリエンシエール自身の口の前で何かを祈るように包み合い、その頭痛にも似た動揺を封じゆく。



「……こりゃ違うな。どう思うクレア」


「貴様が考えている通りであろう、この女は昔から勘が良いが、少し間が抜けておる」



その様子を独断と偏見でイミトらは、彼女が『』では無いのではないかと大まかに察し、各々の認識を言葉にして交わす。


だが——真実か否かはいまだ判断のしようがない。


一段落を突かせる息を無理矢理に吐いて一旦、周囲の他の状況に視線を動かし様子を探り始めるイミト。


「ここに封印されていた魔王石の消失は気配で確認しています。そのような事が出来る人物——おおよそ犯人は限られる、そしてはかられたような時分に起こった此度こたびの同胞の反乱……おのずと目的は見えてきます」



——どうだろうか。リエンシエールの告げる言い分に、イミトの心中を表現するに、これ程に適した短文も無い。


リエンシエールの説明を聞くに、自身の推測通りに物事が展開しているとはいえ、魔王石の消失を己自ら確認した訳でもなく、嘘を言っている可能性はある。



「レザリクスが……魔王石を手中に納め、何らかのくわだてで我等エルフ族にその罪や責任をなすり付けようとしているのですね。そして——」


「アナタの体を奪ったのも、彼なのですか……クレア・デュラニウス」



——どうだろうか。確かに一目瞭然でクレアの身体は無くなっていているが、それだけでクレアの本来の身体が『』など何故わかる、消滅しているのかも知れないのに。


さもすればリエンシエールとレザリクスは裏で繋がっていて、全てを聞いていた上で今この場で会話をしているのではないか。



故にイミトは思考する。


「……それで? 状況は?」


故にイミトは、最悪を思考する。



「現状は最悪。魔王石の消息不明に加え、ゴブリンの王の出現により他都市に増援を送り、警備の薄くなったロナスの街の増援にと我等の同胞……反ツアレストの過激派勢力が潜入、街との連絡手段が断たれた状況です」



「更に、ゴブリンの軍勢が消失した結果——この機を逃してはならぬと過激派が更に自暴自棄におちいり、暴走を始めました。魔王石を求める集団とロナスの街を襲撃して時間を稼ぐ一団の二手に別れて現在も進軍している状況」



「くっ……馬鹿な事を‼ 確かにそれは最悪です」


——どうだろうか。と、思考する。



「……いいや、それはじゃねぇよカトレアさん。最悪ってのは、いつだってそう思う先にあるもんだ」


「……?」


「確かに——ふふ、匂いが漂って来ておるわ。これは間違いなく悲惨な戦の薫りよ」



この穏健派らしいリエンシエールの血族が、己やデュラハンに如何に最悪をもたらすかのと思考するのだ。呪いに絡みつかれた重い体が、が、本日も満遍なく己を蝕んでいると嗤いながらに自覚しながら。

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