第43話 開戦。6/6

 ***


 そして時はわずかに戻り、


 膨大ぼうだいな規模の魔法陣が魔力を得てうなりを上げた城塞都市ミュールズの外界では、



「これは——召喚魔法…………しかもこの数と向かう先、いったい何のつもりです、クレア・デュラニウス‼」


 奇形の人型スライムが、吐瀉物としゃぶつき散らすようなうめき声を漏らしながら行進を開始している。ズルズルと進むスライムの大群、しかしそれらには意欲や覇気はきは無く、ただ目的地に向かって進むのみの意志しか感じ得ない。


 一つの命令に従うように同じ方向——少なくともルーゼンビフォアらの事など意にも介さずに歩いて行くスライム達の意図が掴めず、ルーゼンビフォアはその異常事態を引き起こしたに真意を問うのであった。



 すると、は悪辣に、ほくそ笑み、嘲笑するが如く答えを吐く。


「分からぬか? このどもにミュールズを攻めさせるのだ。数としては千ほどであったかな」


 「馬鹿な……意味が分からない……その程度の戦力でミュールズを攻めて何が得られるというのか」


 しかしながら曖昧あいまいうわつらな答えに、或いは遠回りな言い回しに、質問の答えになっていないとルーゼンビフォアは苛々と槍を振って空気を裂く。



 その瞬間、またしてもクレアの嘲笑が飛んだ。


「ミュールズからの戦力であろうな。貴様が、ここで大規模な攻撃魔法を使った場合——スライム討伐に出たミュールズ騎士団は考えてみよ」



 「——……なるほど、足枷あしかせのつもりですか」


 そこで——ようやくとルーゼンビフォアは理解する。理解したのだ。



「イミトが手筈てはず通り、和平調印を邪魔しようとする者はスライムの半人半魔と吹聴ふいちょうしておるのなら、我らは知らぬぞんぜぬでミュールズの騎士たちと協力し、しき雑魚スライムの討伐をすれば良いだけの事。最悪、ここに居るツアレストの騎士の正体を明かせば、言い逃れも出来ようさ」



「だが貴様らはどうだ。正体も素性も分からぬ一行……レザリクスのリオネル聖教からの後ろ盾を明かせるのか? 衆目しゅうもくの前でマリルデュアンジェや我らの口を如何いかに封じる?」


 ギリリと歯をみ、薄ら笑うクレアの言い分にせられていく屈辱に腹立たしさを燃やしているようなルーゼンビフォアの表情。



「貴様にも感謝しておる、この数のスライムを作るのに、そこのバンシー混じりを生み出すが役に立った。あの禁忌の魔法陣は消しておくべきであったな、愚かな賢者よ」


「【——デス・ナイトメア】」


 その表情をたのしみつつ、またもクレアは魔力をもちい、傍らに豪気な黒鎧をまと骸骨がいこつの騎士を創り出して操り、黒い台座から己の頭部を左手に抱えさせた。



「ならば、騎士たちが打って出る前に片づければ良いだけの事‼」



 そうして苛立ちの中で整う臨戦態勢、ルーゼンビフォアが槍を構えれば背後に居た仮面の少女や巨躯の宗教家も阿吽あうんの呼吸で武器やこぶしを構えるのである。



「——……それが出来るのであれば、な」



 対するは、


 「うみゅー。もう少し、ゆっくり御飯が食べたかったのですよ」


「はは……次は戦勝祝いに昼食か夕食を作りましょう、デュエラ殿」


 顔布越しに不満を吐露しつつ朝食のテーブルから立ち上がる少女と、腰のベルトに剣の鞘を納める角の生えた女騎士。



「——では、我の朝食代わりの開戦しょくじと行こうか」


 皮肉交じりに唱えた合図で、眼底に赤い光をとも骸骨がいこつの騎士に並び立つ二人。


 穏やかな天候の空の下、三対三——こうして和平調印式を巡る戦いは開戦の時を堂々と密やかに迎え、暗躍の戦いは表舞台へと静かに——しかし確実に侵食しんしょくしていくのであった。



 その結果を知る者は、神のみである。


 いや、さもすれば神すらも未だ答えを見る事を忌避きひしているのかもしれない。


 ——。

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