第43話 開戦。5/6
***
その頃合い、朝食をつつがなく終えた彼らもまた明白に動き始めていた。
「これはマリルティアンジュ姫……」
突如として来訪したマリルティアンジュ姫を筆頭に、中央議会城の内部に存在する来客用の一室の
「アルバランの皆様。警護、ご苦労様です——クジャリアース王子が体調を崩されていると聞き、お見舞いをと思いまして
「それから、こちらのイミト様が昨晩の非礼を
表向きの用向きを口にして普段通りの社交的な微笑みアルバランの騎士たちに向けるマリルデュアンジェ。背後には無論、今回の騒動の全てを
——本来であれば、どうであったのだろうか。
ふとイミトは考え、まじまじとアルバランの騎士たちを観察していた。
「……クジャリアース王子には、今は
訝し気に顔を見合わせるアルバランの騎士たちのその後の返答。
面会拒否。
さもすれば余程に体調を崩しているのかもしれない。
しかしながらイミトの想定には、もう一つの可能性もあった。
ここからは、隣国の領分。ここで外交問題となりかねないツアレスト王国の王女であるマリルティアンジュが押し入る事は出来ないだろう。
「そうですか……イミト様?」
それ
イミト・デュラニウスは前に居たマリルデュアンジェ姫の傍らを沈黙のままに横切り、アルバランの騎士たちの面前へと立つのである。
そして彼は、
「——
自身の左頬を人差し指で軽く突き、見つけたというゴミの位置をアルバランの騎士に告げたのである。
——しかしながら、罠と言う他は無い。
「ああ……それはお気遣い痛み入る」
「おっと、申し訳ない。右の
何故なら元より、彼の顔にゴミなど付いておらず、イミトの右手には——透明に
「「「「——‼」」」」
「……サムウェル殿、急ぎ姫を連れて下ってください、それから騎士団長たちに報告を」
そこから事態は、なだれ込むが如く
何のことは無い動作から巻き起こった異変、事象に、悲鳴を上げそうになるメイド達やマリルデュアンジェ、
「あ、ああ‼ 姫、こちらに——お前は騎士団長に報告だ」
すると突然の異常に思考が飛んでいたサムウェルの脳に、イミトの静かやな声が馴染み、サムウェルもようやく姫を守る為に身を乗り出し動き出した。
「……どうされたのですか?」
しかし、異変が起きている当の本人たちは、未だ何が起きたのか分からず、慌ただしくなった目の前の一行に
その時——、
ボトリと
「——右頬の化けの皮が剥がれていますよっ、と‼」
しかしその音にアルバランの護衛騎士が目を落としたその瞬間、矢先——、イミトの
「——ぐう‼」
護衛騎士の一人は有無も言わされずに背後にあった扉へと背中を叩きつけられて倒れ込み、
となれば、そのような蛮行を真横で見ていたもう一人の護衛騎士が黙って見ている
「何を——ぐああああ⁉」
突然の蛮行に戸惑いつつ、イミトに飛びかかろうとした護衛騎士であったが、しかしながらその寸前——、振り返るイミトが着ている服のポケットに入っていた
目潰しを受けたかの如く両手で顔を抑えるアルバランの護衛騎士。
だが、違うのだ。それは決して目潰しでは無い。
いや、もしも常人であったのならばそれは只の目潰しで済んだのかもしれない。
「き、貴様……何をし……たうるるる……」
しかしアルバランの騎士は常人ではなく、粒子を浴びせ掛けられた顔が時を経るごとに
——スライム。
「……塩を浴びせただけですよ。スライムに塩を与えると水と固体に分離する」
姫たち一行が、騎士たちによって安全な場所に連れられていく足音の傍らで、ボソリとイミトはそう呟いた。塩の結晶に顔を溶かされ倒れたアルバランの騎士だった男の顔は、蒼白い顔つき溺死体の如き別人の顔へと変わり果てる。
——スライムによる変装、
溶けた顔の裏に本物の顔。
否——、
「ああ、いや違うな。塩を浴びせてやったのさ、スライムの性質を知らねぇのか? スライムのくせに」
首筋に指を二本当てて血液の流れを確かめるイミトの様子を
「
こうしてイミトもまた、ルーゼンビフォアが眼前に現れたクレアと同様に開戦の
彼らしく表現するならば、全ては——最早、まな板の上の出来事。
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