第33話 今、ここに至りて。1/4


「便利な魔法が使えれば、誰でも何処でもアップルパイ」

「……氷の魔法は便利ピョン」


「「えいえい、おー」」


 クレアの沈黙から時をしばらく推し進め、イミトと共に兎耳のユカリはほおを薄赤色に染めながら、魔力で創られた黒い厨房の前で仕方なくと片手を掲げていた。



「……イミト。毎回それするつもり?」


 その様を眺めていた覆面を外してしらけた様子の表情があらわになったセティスが、意味深く奇行に対する感想を告げて。


「いや……どうだろうな。お前らの眼差しが痛くなってきては居る」


 奇行の発案者であるイミトは彼女らから等しく目を逸らすに至る。



 しかし、

「もしかして毎回やってるので御座いますか⁉ ワタクシサマは、いつも周辺の警戒ばかりで初めて見るのですよ‼」


 どうやらデュエラ・マール・メデュニカはその始まりを大変に気に入ったようだった。黒い顔布越しに嬉々として身を乗り出し表情こそ見えないが心も胸もおどっているよう。



 そんな折、

「……アップルパイって、この世界で本当に作る気ピョンか。確か料理屋で板前の修業しながらバイトしてただけとか言ってたピョンが。板前って、和食料理の店ピョンよね」


 かたわらで奇行に付き合わされていたユカリ・ササナミは赤い瞳と長い耳を動かしながら、気落ちしていた心を持ち直し、神妙に本題についてイミトに尋ねる。



「俺は料理が趣味なんだよ。菓子作りも知識としてあるし、それに働いていた別の店の隠れメニューにアップルパイもあったからな」


 するとイミトもそそくさと本題に戻り、今回の料理で使う道具のしつを確認しながら淡々と答えゆく。


「日本食の店の隠れメニューにアップルパイって、どういう事ピョン」


「別の店って言ってんだろ。オーナーが同じ経営店だ。それに世の中には、いろんな店といろんな人間が居るもんだ。だからオモシレェんだろ?」


「——二人で何をお話になってるのですます? セティス様、分かりますか?」



 しかし、彼や彼女が使っている言葉は描写の都合上、同様に翻訳されているがデュエラ達が分からぬ言語。未知の言葉。



「サッパリ分からない。きっと、魔物の言葉」


「ああ……なるほどなのです。でもバジリスクどもは普通に分かる言葉をしゃべっていたのですが」


 イミトとユカリ・ササナミは同郷のなのである。経緯や経過こそ違えど生まれ変わり、転生という概念の事象に意図せずに巻き込まれた同士という関係。



「そりゃそうだ、魔物の言葉じゃないからな」


 けれど、それはデュエラやセティスを始めとする他人には秘密にしなければならない事柄。


 ささりとデュエラやセティスの考察をくぐり、料理に使用する道具の確認を終えたイミトは、不都合な話題に逸れてしまった話題を再び料理へと引き戻し始める。


「で、本題に移るとだ。アップルパイってのは生地になるパイシートさえあれば、意外に簡単なんだぞ? 代用で春巻きの皮やら餃子の皮でも作れない事も無いしな」



「「パイシート?」」


「あー……無い物を言っても仕方ないから、今回も生地から作るとして——、昼飯のニョッキも一緒に作っていくぞ」


 早々に犯した失態を亡き者としながら、今度は料理に使う材料に手を伸ばし、二つほどの黒い半球体の器を自身の手元に持ち運ぶ。


「……ニョッキって聞いたことあるピョン。それも和食の店の隠れメニューなのかピョン?」


「いや、ニョッキはイタリア料理だよ。ジャガイモと小麦粉で作る生パスタの一種だ」


「「イタリア料理?」」


「……使う言葉と返す相手を間違えた。なんかもう、こんがらがって鬱陶うっとうしいな」


 同時に進行する二つの言語に対応しなければならない状況にわずらわしさを感じつつ、教えたがりの欲や責任感に息を吐く。如何いかにすれば円滑えんかつに疑念を生まずに会話と料理を同時に進行できるか、その事について思案しイミトの眉間にシワが寄る。


 すると、そんなイミトを救ったのは意外にも好奇心と探究欲にあふれるセティスである。



「どうせ聞いても教えてくれないから、早くニョッキとアップルパイを作って教えて」


「ん。そうだな、まずはニョッキの作り方からだ」


 表情にこそ現れないが、セティスはその持ち前の探究心ゆえにイミトが持ち自らが知らない料理の博識はくしきを求め、些末さまつな好奇心や知識欲を切り捨てたのである。



「ニョッキはでたジャガイモと小麦粉と溶き卵を混ぜて作る。出来れば強力粉が良い、とは言っても今の手持ちに選択肢は無いんだけどな」


 故にイミトは何のうれいもなく気分を切り替えて作業を始める。腰より少し上の厨房の台の手元に三つそれぞれの食材の入った器を並べ、今回作る物の説明をしながら同時にそれらを混ぜる為の道具も用意した。



「うどんのように、また足で踏むので御座いますか? ワタクシサマ頑張るのですよ‼」


「いや、今回は混ぜ方が少し違ってな。ささっと俺が一人でやるよ」


「まず塩を少し入れたお湯で茹でた後で皮をいた芋を、ヘラ……まぁなんか底の浅いスプーンとかでもいいけどほぐしていく。そこに振るいに掛けてした小麦粉、溶き卵、そしてねばりと下味したあじの意味も込めて祈るように、もう一回だけ塩をひとつまみ」



「うどんの時と違って塩も小麦粉の量が少ない。大丈夫?」


「ああ。どちらかと言えば芋がメインで、芋を一つに繋いで纏めやすくしたり、弾力性を出す為に使うってイメージかな。小麦粉は、だいたい芋の三分の一くらいの量が丁度良いと思うぞ」


 時折と間に入って質問を投げかけてくるデュエラやセティスに真摯しんしに応えつつ、材料を合わせていくイミト。言葉を放ち答えを返しながらも作業の手をゆるめることは無く、半球状の黒い器の中で食材たちが、あっという間に絡み合い、織りなして変貌へんぼうげていくのである。


「ふむふむ」


「混ぜる時のコツとしては、こうたてに切って芋に溶き卵と小麦粉を挨拶させるように混ぜていく。雑に掻き混ぜると小麦粉だけの部分とか出来ちまってムラになるからな」


「ほへー、色々なやり方と理由があるので御座いますね」


 その圧巻の様子を眺める二人。セティスはイミトの言葉を紙にメモしながら変化を学び、デュエラは変化が良く見えるように顔を近づけて楽しんでゆく。



「で、こんな感じでボソボソになって粉っぽさが無くなってきたら、一つに纏めていって少し触って確認……と」


「因みにこの時、自分の手に生地がベタつかなくなるくらいが理想だ。くっつくようなら少し小麦粉をまぶして、もう一回、切るように混ぜて調整すると良いぞ」



 そしてイミトも興味津々な二人に微笑みつつ説明の通りに作業を進めながら彼女らが理解しやすいようにも配慮していた。


「……アンタ、本当に料理が好きなんだピョンね」


「まぁな。んで、生地が出来たら、っと」


 目の前で繰り広げられていく穏やかな時間、光景に、なんだか毒気どくけを抜かれたとイミトの表情をしばらく眺めていた赤い瞳のユカリ。そんなユカリの言葉に一瞥いちべつもくれぬまま、不敵な微笑みだけで彼女の戸惑いに言葉を返し、イミトは次の作業にと移り変わる。



「一応、くっつき防止の打ち粉をしてから、まな板の上に作った生地を転がして——細い棒状に形を伸ばして一口大くらいに小分けに切っていく」



 ——黒い厨房の一角が白い粉で染め上げられて。


「それで小分けに切った生地の一つをてのひらの腹で軽い力で厚みを残しつつ、平たい形にしていく」


「最後にフォークを押し付けて、かざりみたいにみぞを付けたら準備は終わりで、これを改めて茹でたら完成だ」


「形自体は一番簡単な奴にしたけど、他にも色々な形に整形したりしても良い。どうだ? 簡単だろ?」


「……後半、手際が良すぎて何か良く分からなかったけど」


「魔法じゃないのに魔法のようだったのです……」


 やがて完成する一段落の作業。イミトからすれば何のことは無い技術ではあったが、精錬された無駄のない動きに、息を飲む一行。


「ま、とにかく、お前らは今のを真似て、あっちでコレを作っててくれ、その間に俺とコイツはアップルパイの生地作りをするから。作り方は後で教えてやる」


「ん。分かった、デュエラさん、行こう」


「はいなのです‼ お昼ごはんの為に頑張るのですよー」


 しかしイミトの指示を受け、おおむねを理解した二人は威勢よくイミトが作ったニョッキ生地の入った器と道具を持ってクレアとマリルティアンジュが待機しているテーブルの方へと向かう。



 ——分かっていたのだ。


 イミトが今、料理の傍らで彼女と話す機会を作ろうとしていることを。

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