第30話 足踏んで足踏む。3/4
一方、時は
「ふふふ、とても楽しげね」
せっせと
「ミリス様……お待たせいたしました」
——神、とは
されど、敢えて彼女は己をこう名乗り上げる。
神——ミリス、と。
カラカラと
「見よう見まねですが、山掛けうどんに御座います」
神は、うどんを所望していた。
「ありがとう、アルキラル。彼に
「料理本を見ながらで、麺も彼らのように手打ちではありませんが」
ほんのりと僅かな湯気を
——あたかも神に捧げられし、極上の山掛けうどんである。
けれど、神はこう、お言葉を授けるのである。
「良いのよ。私は手作り至上主義者じゃないもの。ポテトサラダのお気に入りもスーパーの総菜だしね。企業努力は素敵だわ」
「頂きます」
なお穏やかに、いと愛しき命の育みに慈愛を差し伸べるが如く、祈るように瞼を閉じて
「まぁ、彼らの作るうどんにも少し興味があったのは否定しませんけどね」
そしてフッと山掛けうどんの
神は、うどんを所望していた。
「……あまり、特定の人間との接触を増やすのは神々の規定に抵触するものかと」
そんな神の御業に対し、余計な世話とは知りつつ忠言を放つ天使。
うどんを啜る神の傍ら、彼女の視線の先にはイミトらの姿が映った宙に浮かぶ長方形の映像。冷静な眼差しで表情の一つも変えずに彼女はジッとその先を見据えていて。
「ふふっ、分かっているわよ。それに今の彼らに会う訳にも行かないものね、敵対関係にはなりたくないもの」
「……彼の妹の件ですか」
そして天使アルキラルは初めの一啜りを終えた神の意味深な
すると、女神はそんな彼女をほくそ笑み、尋ねた。
「ええ。それで? 何が無くなっていたか、分かったかしら」
「はい、ドライイーストや粉末出汁の素などの化学調味料を幾つか持っていかれたようです」
「あはは、神様の厨房で盗みを働くなんて本当に悪い罪人さんね」
事前に彼女に依頼していただろう調査の報告を耳に、イミトらが時を過ごす世界の映像を眺めて笑い声を上げる神の口ぶりは責めるでもなく、まるで寛大に無邪気な子の
天使が持つ調査報告書だろう紙切れが、くたりと倒れ曲がる。
「醤油や味噌など危険な事態になりかねない
アルキラルはそれでも報告を続け、最後に紙を整えつつ報告書を神の座すテーブルにその紙を捧げるに至り、うどんの器を持ったままの神の視界にその中身を映したのであった。
「ふふ。言ってくれたらプレゼントしたかもしれないのに」
「ご冗談を……いかがいたしますか。
そして女神の
そんな羽を一枚、箸で掴む女神。
「んー、ドライイーストくらいなら大丈夫かな。量もそんなに持っていかれてないみたいだし、前の発酵食品の時みたい変異魔素にはならないでしょ」
困りげな表情で悩んだふりをしながらに、女神が語ったのは寛大な措置だった。
「とりあえず今は様子を見ましょうか。彼が作ったパンにも、食べた他の子たちにも異変は無いみたいだから」
「私たちの……いえ、私の計画に巻き込んじゃったし、マイナスになった時は天罰、プラスに働いたら恩恵……彼
罪人の行いを不問に処す神のみに許されたが如き所業、箸で掴んだアルキラルの羽を箸と共に手放し、彼女は宙に浮かんでいた映像を縮小させながら掌の上に呼び込む。
けれど、手放したはずの二本の箸は床に落ちる事もなく、ただその場にて再び神の手に
「でも近いうちに別件で走ってもらう事になるかもしれないから、その時は宜しくね」
「……はい。神の仰せのままに」
——そして神は、また掌の上の映像に映る男の姿に微笑みかけ、天使は異を唱える事もなく瞼を閉じる。
「山掛けうどん、美味しいわよ。アルキラル」
「身に余る光栄に御座います」
やがて女神ミリスは宙に浮いたまま固定された二本の箸を再び手に取り、アルキラルの作った山掛けうどんを静かに啜る。
——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます