第29話 陰謀論。1/3


 廃の隠村の奧に彼らが進んでいってしばらく、村の入り口近くで残っていた三人組は、あらかたの調査を終えて首切れ馬の引く馬車の周りに集まっていた。


「やっぱり、調べた人間の殆んどから特定の魔素が奪われているのは確か、みたい」


 そんな中、三人組の中では一番に遅れて、既に死亡していた村人たちの検死を行っていたセティスは皮手袋を外しながら場所に辿たどり着き、声を漏らす。


「では、やはり……噂に聞くバンシーの仕業なのでしょうか」

 「分からない。バンシーは情報が少ない魔物、だから」


 マリルティアンジュ姫がせめてものねぎらいにと差し出した飲み水を受け取り、彼女は被っていた覆面を片手でがし、会話を重ねるのである。


 ——その時、馬車の屋根にて、囲からの敵の襲来を警戒していたデュエラの顔布が揺れた。


「あ、イミト様ガタが帰って来られたようで御座います、です‼」


 廃の隠村の奧深くで別れて調査と事を進めていたイミト達の姿を遠方まで見渡せる視界でとらえたのである。



 すると、そんなデュエラの先んじた報告に、

「——カトレアは⁉ カトレアは無事なのですか?」


 マリルティアンジュは心が言葉を押し出すように慌てて馬車の屋根に振り向き、尋ねる。カトレアの生死がかかった離別から暫く、気が気でない様子で体をうずかせて待ちかねていた彼女の帰還を心より祈る両手は強く握られている。



「うーん……良く分かりませんのです。カトレア様は意識を失ってるみたいなので」


 そして馬車の屋根から遠くを眺めるような仕草のデュエラがそう呟けば、


「カトレア‼」

 これ以上は待てないと一心不乱にマリルティアンジュはドレスをなびかせて、走りづらさもお構いなしに廃の隠村の奧へと走り出す。



「あ、姫様‼ 勝手に動いたら危ないので御座いますよー‼」


 そんなマリルティアンジュの突発的な行動に彼女の護衛を任されていたデュエラは驚き、彼女を追った。



「……周辺に魔力の変化は感じない。バンシーは居なかったのかな」


 馬車に残されたセティスだけが、穏やか長閑のどかな空の下、軽く辺りを見渡して器の水をいこうように静かにすする。



 ——。


 そして、

「って事があった訳だ……で、そっちはどうだったよ?」



 「……なんの状況説明もしてないのに、そう言われても」


 なんだかんだと合流した一行は、村の入り口付近に陣取り、互いに持ち合わせた情報を会話にて共有する時間をもうけていた。けれど、微塵みじんのやる気も感じさせないイミトの腕組みに、セティスは嘆く。


「こちらに敵は出てこなかったので御座いますよ、イミト様。それから、外で死んでいた村人サマたちも埋葬まいそうの為に一か所に集めておいたので御座います、です‼」


 一方、傍らに居たデュエラがセティスの代わりに事後報告をするとイミトは彼女にクレアを手渡しつつ言葉を返して動き始めて。



「そうか。後で埋めてやらなきゃな……取り敢えず、カトレアさんの方は無事に成功って感じだとは思うが……本人が目覚めない事には判断の仕様が無い」


 見下げたのは地面に横たわらせた女騎士。未だ眠りから覚めないカトレアの様子に、頭を掻いて悩ましげ。


「あ、あの——‼ 早くカトレアの傷の手当てを……頭から血が……服も血だらけ……」


 マリルティアンジュに至っては彼女の異常に気が気ではなく、ドレスが汚れる事もいとわずに地面に膝を落とし、まるで彼女の痛みが己の痛みであるかのように訴えかける。


 そんなマリルティアンジュに息を吐いたのはデュエラの胸下に納まったクレアであった。



「安心せよ、服の血の殆んどは、そやつの血では無い。頭の傷は、この阿呆が手を滑らしてソヤツを落とした時に出来たかすり傷であろう、つばでも付けておけばよい」


 「ばっ‼ テメぇばらすんじゃねぇよ……」


 クレアが暴露するカトレアの負傷の原因。思わぬクレアの発言に戸惑ったイミトは、頭を抱え、チラリと指の隙間から、それが聞こえていなかった事を祈りながら周囲の人間に目をくばる。



 だが、やはりイミトの予想通り、浴びせかけられているのは冷たい視線。

「「「……」」」



 「片手が塞がってんのに鎧を着た女を運ぶコッチの身にもなって欲しいもんだよ。ケツは軽くても鎧は重いんだ」


 漏洩してしまった失態に、バツが悪そうにその事について弁明しながら頬を掻くイミト。しかし、心中では——



『絶対に剣で腹を突き刺したとか言うなよ、クレア』


『分かっておるわ、そちらの傷はふさがっておるし問題あるまい。セティスよ、この会話が聞こえておるなら貴様も黙っておれよ』


 クレアと念話による会話を交わし、これ以上、面倒な騒動に発展しないように釘を刺していた。クレアもまた、そこはわきまえていると言葉を返すと共に念話の会話を解析できるセティスにも念を押す気配り具合である。


「——とにかく傷の手当は私がする。見せて」


「はい……お願いします」


 クレアやイミトのその念が伝わったのか伝わらなかったのか、セティスは態度に表しこそしなかったが、不安がるマリルティアンジュに歩み寄り、眠りに着いたままのカトレアの容態を確かめ始めて。


「……じゃあ俺とクレアは昼飯の支度でもしてくるかな……デュエラは周辺の警戒を続けてくれるか? この村の近くをグルっと一周してくる感じで様子を見てきてくれ」


 その様子をかんがみみ、気分を新たにイミトも自らがつとめるべき行動を開始する。


「はいなのです‼ イミト様、お昼ご飯は何を作るので御座いますか?」


 そんなデュエラの問いに対しては、

「小麦粉もあるし、麵料理かね……干物から出汁を取ってみて、うどんを作るか……卵を使って何かのパスタでも作るか。どっちも今ある食材じゃ自信が無いな」


 脳裏で食料庫の扉を開くような面差しで目を斜めに落とし、差し出した左腕でデュエラからクレアの頭部を取り戻しつつ、自分の中で選択肢を増やそうとしながら答えていく。



 その時、クレアがある提案をしたのだ。


「ふむ。村の中で使える物があるのではないか?」


「お。そうだな、少し村の中を回って探してみるか」


 するとイミトは思い出したように声色を明るくし、先程まで居た廃の隠村の中へ再び顔を向けた。彼は、クレアにそれを言われるまで失念していたのである。



「分かりました。ではワタクシサマも果物とか食べられるものが無いか探しながら周りの状況を調べてくるのですよ。ゴハン、楽しみにしているので御座います、です‼」


「ああ、頼む。悪いな、走らせてばっかりで」


 「ふふっ、美味しいゴハンの為なのです。では——‼」


 ひと息ついて、素直に自分の指示に従うデュエラに眉をハの字に申し訳なさそうに語るイミト。そんなイミトにデュエラは微笑みを返し、自らの役割を果たすべく跳んで飛び去っていった。



「……さて、じゃあセティス。そいつらの事は頼む」


 去り際に残された信頼にむず痒く首の後ろに右手を当てたイミトは、次にカトレアの診察をして応急手当てをしているセティスに目を向けて。


「了解した。一応、気を付けて」


「……」


 そして憂いの瞳を帯びるマリルティアンジュを尻目に、彼らは再び静寂を極める廃の隠村へと向かっていくのだった。


 ——。

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