第28話 異世界転生者。4/4


——けれど倒れ伏すカトレアの体を、彼は途中で抱きかかえない。


「……行ったか。これで一先ひとまずの憂いは消えたな」


「ああ……新しい憂いは増えた気もするが」


ただ二人のデュラハンは、悲劇の床で眠りについた騎士を他所に、次の思考へと脳を稼働かどうさせていて。カトレアを事細かに気遣っている余裕など些かもなかったのかもしれない。


何故ならば、

「ここで生まれたバンシーが何処に行ったか、か。貴様が何を考えておるかは薄々、解っておるよ」


赤き惨劇を生み出した部屋にて手に入れた情報が、彼や彼女の思考を虚構へと駆り立てていたのだから。


「貴様の他にも居た異世界転生者。ルーゼンビュフォア、レザリクス……そして姫を助けた時に敵を助けた仮面の女」


集まったパズルの欠片を並べ動かし、言葉にして共有する二人。



「ルーゼンビュフォアとの再会が想定したより早かったという事であろう」



「ああ。つなごうと思えば、思い付くのはロクでも無い事ばかりだ」


つむがれる結論は似かより、言語化は出来ずとも互いの中で既に構築されている。


「——……もし貴様が想像しておるのが事実であれば、我らの本当の敵は……やはりこの世界を管理する神、ミリスという事になるかもしれんな」


「まぁ……どのみち、もう動き出してんだ。お前の体は取り戻してやりたいし、掌の上だろうと乗ってやる以外の選択肢は今のところ無いさ」

「……」



やがて近いうちに語り合わねばならないだろう。無論、今こそ——語る機会であったかもしれない。けれどイミトはその事実現実じじつげんじつから忌避きひするように体を動かし始め、床で眠るカトレアのそばへと向かう。


故に、この場ではクレアが彼を追い詰めることは無かった。

きっと、それを追い詰めてしまえば追い詰められてしまうのだとクレア自身も危惧していたかもしれない。


彼女もまだ、イミトに対しさらせていない心の内の負い目があるのだから。


そうして彼女はおもんばかり、話題を変える事にする。

「——時に、タピオカのミルクティーとは何ぞ」


特に聞きたかったわけでは無いのだろう。ただ現在進行形でそれが一番手近にあった話題だっただけなのだろう。


しかし、

「あ? ああ……キャッサバって芋を原料に作ったタピオカパールを紅茶にミルクを混ぜた飲み物に入れた奴だな」


クレアから口からこぼれた意外な疑問に僅かにイミトは戸惑い、想定していなかった為に急場で如何に分かり易く伝えられるか、それを考えながらに言葉を組み立てて。


「謎過ぎて興味沸いたから勉強してたんだが、まだ俺も何だかんだと飲んだ事ないから味は知らね」

「モチモチしてるらしいぞ。まぁ芋で作った餅だから当たり前の話だが」


だが、如何せん彼自身、知識としてその存在を認知しているが食した事が無く、伝えられる情報も曖昧あいまい。本人もクレアの問いに的確に答えらたという実感も生まれずにほおを掻くばかりで。


すると、そんなイミトにクレアが言った。

「少し、完成形を想像してみよ、記憶から引きずり出すのだ」

 「あ? ああ……えっと、こんな感じ」


彼と彼女の特性である記憶共有。とはいえ、クレアのみの一方通行的な搾取さくしゅしか現段階では行われていない力を彼女らはもちいる。イミトはうながされるままに想像したのだ。


実際に実物を目撃した記憶からタピオカのミルクティーの姿を。


それを受けたクレアの感想はといえば、

「……何ぞ、泥水にかえるの卵を沈めたような見た目ではないか。気色の悪い」


関係各所に目も当てられないような酷い文言で。

更には——

「まぁ……なんでこれが流行ったのかは俺にも全く理解出来てないのが正直なところだよ。カロリーだって地味に高いし。俺ぁ和菓子と冷えた緑茶の方が好きだしな」



割かしとクレアの意見に同調したイミトの呟きもまた酷く。

それでも擁護ようごの言葉を並べれば彼らは知っているのだ。


「ふん。食うてみねば解らん事もあるだろうて」


未知なるものが想像をくつがえしていくことを。


そして、彼らは再び動き出す。止めていた足を未知多き未来に動かして、眠りにつくカトレア・バーニディッシュを片手で抱え上げて。


「そうですねっと。それじゃ——白馬さながらに運命の女騎士様を連れて馬車馬ばしゃうまの如く姫の所に運ぶとしますか」


「……白馬は貴様が解体したであろうて」

 「……いや、そだな。ここに姫が居なくて何よりだ」



異世界転生した世界で、何処で生きようと変わらぬ未知に挑むべく。

彼らは再び、歩き出していった。

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