第28話 異世界転生者。1/4
ひとしきりの仕打ちを終えて、カトレアの腹に
「はぁ……はぁ……なんで、何で私ばっかりこんな目に——」
四つん這いに疲労の息を吐き尽くす兎は嘆くようにそう言った。
「さぁな。前世に余程、悪い事でもしたんじゃねぇか?」
そんな兎に対し首を傾げたイミト。彼からすれば、想定していたより楽に事が運んで上機嫌なのだろう。背後で燭台の炎に照らされる黒みがかった赤い魔法陣が彼と共に無表情に淡白に
彼が左腕で抱える頭部、さしものクレア・デュラニウスもそんな状況に些かの同情を感じた様子で彼女は
そして、
「兎に転生させられた異世界人か、どこの神がその判断を下したのだか」
「——ルーゼンビュフォア・アルマーレン。ピョン‼」
その差し伸べられた無自覚な悪魔のような言葉を跳ね
とても、聞き覚えのある名前であったそうだ。
「忘れもしない……あの女神、あの女神、あの女神‼ 絶対に許さない‼」
しかし、しかしだ——。
彼女は、ようやく思い至る。
「——……あれ? なんで私が異世界から転生したって知ってるピョン?」
怒りを吐き出して吐き出して吐き出して、記憶を
するとイミトは指を鳴らした勢いそのまま、人差し指で彼女を指し示す。
「ドン、ピシャリ。気分が良いくらいに大正解だったな」
「貴様の勘の良さには、ほとほと呆れる」
先ほどの非情な振る舞いの数々が嘘であったかの如く白々しく、ニカリと笑うその表情にクレアは茶番を嘆くように言葉を吐いて。
「ははは、お前のデス・ゾーンのおかげだよ、クレア。アレは良いヒントだった」
「っ‼ その事については二度と口にするなと申したろうが馬鹿者‼」
「なに……何の話をしてるピョン、いったい……」
そして彼女には知る
そう、それは確かに【デス・ゾーン】のおかげだったのだ。
イミトが彼女の存在に違和感を持たせた
「ああ、悪いな。アンタが最初にカトレアさんの体を乗っ取った時に使った技があったろ? 記憶にあるか?」
「……使った技。ピョンか? 【
先ほどこそ凄惨たる結果となってしまったが、昨日も彼女らは戦っていた。
今は身の内で眠るカトレア・バーニディッシュの今後の行方を賭けて。
その際に——彼女は言葉を使っていた。
「よく考えろ。この世界の基本言語はツアレス文字だ。技や魔法の名前も、ツアレスの言葉が使われてる」
「クレアに確認を取ったが、氷柱はツアレス言語で【ロヒューリ】らしい、それに加えて【つらら】なんて言葉は少なくとも知らないんだそうだ」
この世界で使われていないはずの言語。それをイミトの前で用いたのは世界の
故に、彼は疑念を持った。イミトが厨二病と
「た、確かに……私の技の名前は全部、日本語——そういえば今も日本語で話してるピョン、まさか‼」
「アナタ達も異世界転生者、ピョン⁉」
そしてハイリ・クプ・ラピニカにも気付かせる。
誰にも語らないと決めていた秘密を兎の魔物に代わりに吐かせる、その為に。
「クレアは違うし、俺はアンタとは少し
「……我らの話を真面目に聞く気になったか」
すると二人は二人だけの世界で通じる会話から意識を外に向け、兎の魔物に言葉を浴びせる。きっと、右手に宿る黒い魔力の渦はクレアが出した物であろう。
「ひっ‼ 聞くピョン、聞くピョンから剣はもう出さないで欲しいピョン‼」
「暴力はその辺で良いぞクレア。別に脅しに来たわけじゃないんだから」
ここまでに体感させた狂気の効果を遺憾なく発揮し始めた頃合いではあったが、イミトは一転して仕事明けの労働から解放されたような声で肩の力を抜き去り、クレアが右手に浮かべた黒い魔力の
「何を言うておる。脅して吐かせるのが速かろうが」
「お前に怯えて話が円滑に進まねぇんだよ……ったく。事前打ち合わせで決めてた役割分担も、もう良いっての。素でやってそうな所が怖いわ」
そんなイミトの態度に
「あー、兎に角だ。俺達は基本的にアンタと戦う気は無い。ちょっとした交渉をして協力をして欲しいだけだ」
辟易と、クレアが平和に
すると、目の前の恐怖に顔を両腕で覆っていた兎は、赤に染まる怯えの
「……協力、ピョンか?」
「——その前に……その語尾、何とか出来ないか。気になってしょうがない」
「これは、普通の兎だった時代の名残ピョン……
「そうか……まぁコスプレ喫茶にでも来てるとでも思えば」
イミトの言った事前の打ち合わせでの役割分担とは、恐らく
クレアが厳しく兎を追い詰め、イミトが姑息に歩み寄る事。
げに恐ろしく
「まず自己紹介から始めるか。俺は相馬意味人って名前で、元の世界じゃ料理屋で板前の修行なんかしながらバイトしてた。歳は誕生日の数日前に死んでコッチに来たから、まだギリギリで十八歳って所だ」
正義も悪も、聖も邪も織り交ぜられた十八の年月を重ねた若者。以前の世界ならば賛否別れる
けれど、
「……お前は?」
「私の名前は……——」
彼女の名前を知りたいと思った事だけは、紛れもない現実なのである。
——。
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