第26話 廃の隠村。5/5


「……いいね。そういう解釈は嫌いじゃないな、環境に慣れてきたらしい」


 彼女の強い眼差しに、ようやく土俵に上がってきたかと不敵に笑う、減らず口。



「最悪とおっしゃいましたが、それは……どの程度の可能性なのでしょう」


 しかし早々、マリルティアンジュはクレアに視線を動かしイミトを無視した。

 その事についても、クレアからは高い評価を得たようだ。


「我がイミトから聞いた話の印象によれば、八割といった所か」

「八割……」


 これまでは弱者とは口も利きたくないと言った雰囲気だったクレアも、現在のマリルティアンジュに対しては静かに瞼を閉じて彼女の問いに答える。


「待ってください‼ 私はハイリ・クプ・ラピニカを完全に抑え込めています」

 「戦いの中にらぬ現状であれば、な」

「——⁉」


 しかしながらカトレアはそれどころでは無かった。自身の意志の介在しない自身についての意思決定に異を唱えずには居られない。けれどクレアの一言は、あまりにも強烈に現実を突きつける。



 ——彼女はもう、幾つもの意味合いで一人の体ではないのである。


「本当は、姫がトイレにでも行っている間にカトレアさんと話をして算段をと思ってたんだ」


「今の内に決着を付けといた方が良いし、姫に騒がれても面倒だと思ってね。正直、姫様を舐め切ってたよ」


「どのみち、これから道を進んで行けば浸食が強まっていく。その時になってからでは遅いというのは子供でない貴様には分かるであろうが」


「……っ‼」


 心の奥底でよどむ不吉に胸がうずく。彼女も分かっているのである。

 身の内に赤い瞳をたぎらせて隙をうかがっている己ではない【】の存在を。



「具体的に何をするつもり、なの? 封印、とか?」


 そんな中、他人の一大事に水を差さないかと気を遣い、静観に務めていたセティスが袋小路におちいりそうな状況を憂い、必要な情報を二人のデュラハンに問う。


「……その思惑が成功すれば、より安全に内なる魔物の脅威からカトレアを守れるのですよね?」


 続けてマリルティアンジュが補足の問いを重ね、一同は答えを待つ構え。

 そして彼らはそれぞれに答えを放った。



「そこは保証できるんじゃねぇかな。成功すればの話だけど、少なくとも暫くは大丈夫だと思うよ、副産物のオマケ付きでな」


「セティスの問いに答えれば、我らはカトレアと共にこの場から少し離れ、ハイリ・クプ・ラピニカと交渉をするのだ」


「魔物と……交渉だと⁉」


 イミトはマリルティアンジュの問いを、クレアはセティスの問いを担当し、当事者であるカトレアを愕然がくぜんとさせるのだ。騎士が対峙すべきものである魔物と、これまでの人生で考えもしなかった文言の組み合わせに狼狽うろたえる。


 そんな事が、出来るはずも無い、と。


 しかし、

「——皆様ぁ、村に着いたので御座います、です‼」


「さぁ、選ぶ時間だ。アンタが来るならデュエラとセティスを姫様の護衛に当てて、この場所で待機。俺達は村で楽しいお散歩」

「もちろん先送りにしてもいい事なのかもしれないが、敵が出る可能性がある以上、カトレアさん自身が剣を抜く可能性も否定できない」


「どうする?」


 時は彼女の心の整理など待ちはしない。同じ時を生きながら己を急かす人波ひとなみを体現するようなイミトの言葉に、カトレアはうつむいて。


「……」

「カトレア。貴様は先に魔物と交渉と驚いたが忘れるな。デュラハンたる我も、また魔物ぞ」


「——そ、それは……そうですが……申し訳ない」


 酷く冷静なクレアの忠告に動揺を隠し切れずに戸惑うばかり。

 そんな彼女を見かねてか、或いは救いを望む為か。


 マリルティアンジュは、キュッと唇を噛み、ドレスのすそを握り締める。

 そして、彼女は決断した。


「——行って、カトレア。アナタの体に危険があるのなら、その不安は早めに対処しておくべきだと思います」

「しかし、姫‼」


 己に忠誠を尽くしてくれる騎士に対し、冷酷な選択をせまる優しい一幕。


「……もちろん、イミト様やクレア様たちを心より信用する事が出来ないのは事実です」

「しかし、私が信じているのはアナタです、私の騎士カトレア・バーニディッシュ」



「だから必ず、何があろうと必ず——必ず戻って来て」

「姫……」


 揺るがぬと決意した強い眼差し。

 今にも震えだしそうなカトレアの手の甲をそっと包む慕情ぼじょう


「——じゃあ決まりだ。さっさと行くぞ……早い方が良い」

「?」


 それを受け、立ちあがったのはイミトだった。有無を言わさずにクレアを抱え上げ、何処か淡白に馬車の外に繋がる扉に体を向ける。


「ああ。だが少し待ってくれ……姫、私は必ず貴女の下へ帰って参ります」

「……」


 動きを止めた馬車。扉を開けるイミトを他所にカトレアは姫に心を押された決意を口にする。どうやら、イミトの言葉の通り、だったのだろう。


「あ、着いたで御座いますよ、イミト様」

「おお、見れば分かる」


 そうしてイミトが扉の外、廃の隠村の入り口付近の地面に降り立つと、丁度そこにはデュエラが皆を呼ぼうと待ち構えていて。


「……? どうかしたので御座いますですか?」


 彼女もまた、イミトの異変を察するに至る。

 けれどイミトはそんなデュエラの、顔を覗き込もうとする問い掛けを拒絶し、彼女の頭に右手を乗せた。



「いや。俺達とカトレアは少し村の奧に行ってくる。お前らは、ここで待っていてくれ」

「ふみゅ……イミト様?」


 ワシャワシャとデュエラの頭を軽く撫でる男の手。

 彼は、全てを置き去りに逃げるように廃の隠村へと向かう。


 その最中、彼が抱えるクレア・デュラニウスは瞼を閉じて呆れの吐息。


「貴様も人間よな、イミト」

「……少し、羨ましいと思っただけで、お前もそう思うのか?」



「——ふん。どうだかな。どちらにせよ、くだらぬ問答であった」


「化け物が人間に憧れるなんて、よくある話だと思うぜ」

「気に入らん話よ。化け物には化け物の矜持きょうじがあろうて」



「はは……違いねぇ」


 背後にあるカトレアとマリルティアンジュの絆。

 晴天の空からの微風は虚しく、息遣いの感じない滅びた村は寂しく、クレアの指摘を際立たせる。


「だけど俺は化け物じゃねぇ。どこに居ようと不良品さ」

「帰る場所も行く当てもない……リサイクル工場から逃げてるだけの玩具だからな」



「……」

 嗤った顔は、いつものように白々しく、

 けれども、これから向かう廃れた村には相応しかったのかもしれない。

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