第24話 死の象徴。4/4


 そうして彼らは語り合い始める。


 打ち立てた仮説に肉付けをする為であり、これから予想される真実の姿を探求する為に。会談場所を馬車の一階に移した後、まず初めにただよっていた重苦しい空気を言葉で裂いたのはクレアの声であった。


「——レザリクスの下に病弱な娘が生まれたと、かつて小耳に挟んだ事がある。恐らくはその娘が、真なる我が体と結合し、生き永らえておるのだろう」


 こうなってしまえば致し方あるまいと、イミトの傍らで目を閉じながら渋々と語るクレアの言葉をイミトと御者台に居るデュエラ以外の誰もが真剣な表情で聞いていた。


「確かに……リオネル聖教の最高司祭である……レザリクス様には鎧聖女と呼ばれる、かなり名の知れた娘が居ります。私は拝見した事はありませんが」


「しかし——そのような話が本当に……」


 そしてレザリクスの名を声にする事をクレアの手前で少しはばかりつつ、疑義を示すカトレア。国の内情を知るがゆえに、殊更に信じ難いというカトレアの言い分は至極真っ当な物なのかもしれない。


 だが、

「ほぼ確定だろ。鎧聖女なんて呼ばれてる所が特に怪しい。如何にも戦場を駆け回って居そうだしな」


 異世界から来たる故か、平和な世で多くの物語に触れた由縁ゆえんか、さしてレザリクスに対して好意や嫌悪の偏見の無いイミトは先入観も無く、仮説に対する確信を強めていく。


 それでもカトレアは食い下がった。


「姫様、姫様はメイクティス・バーティガル様をお見かけした事は?」

 「……幾度か。ですが、彼女はイミト……様の仰る通り、常に戦場にその身を浸して居るらしく、言葉を交わしたことまでは」


 高位の王族として内政に深く関わるマリルティアンジュにうかがいを立て、仮説の否定に尽力したのだが、得られた根拠は特に無く、それどころか不信が増す事実が漏れ出でくる始末。


 そんな袋小路の暗雲が立ちこめようとした折の事、


「つまり、そのメイクティスという人は不完全なデュラハンとの結合を維持する為に戦場で、敵や味方の兵士の死体から魔力を吸収している、という事?」


 ここまで中立に話を聞いていたセティスが、見識を深めるべく声を上げる。それは流浪るろうの魔女である彼女にとっても他人事ではない話。


 話の中に現れたメイクティスの為にレザリクスの部下が彼女の師匠であるマーゼン・クレックを殺し、己に呪いを掛けたというのなら尚更にであったのだろう。


 呪いの解けた面差しに揺らめく瞳のきらめきがそう語っていて。


 すると、

「恐らくは、そうなのであろう」

 「それでもクレアの封印が弱まった所為せいか、吸収していた魔力で抑えていた体の維持が出来なくなってきた」


 二人のデュラハンはそんなセティスに応えるように瞼を閉じながら頷き、傍らのもう一人が補足するように言葉を返していくのである。


「だからアルバランとの和平調印を決裂させて大規模な戦争に持ち込もうって訳だ」


 そんなイミトが結んだ仮説に対し、


「そして——レザリクスの企みに気付ける人間の一人である師匠を邪魔に思い、殺した」


 グッと太ももの上に置いていた覆面を握り締めるセティス。

 彼女の静かなる悔恨と憎悪は、その場に居た誰もが察していた事だろう。


 しかし、しかしである。


「……だが待て。いや待ってくれ、クレア殿は既に復活しておられる。その復活が近づき体の維持が出来なくなり、凶行に走り始めたというイミト殿の推察は矛盾しないか」


 それでも、セティスの憎悪に気付いてはいてもそれを早々に納得し、飲み込む訳には行かないと、カトレア・バーニディッシュは懇願こんがんするように言った。


 彼女が胸の前で握り締めたネックレスは、紛れもなくリオネル聖教の信仰者の証なのだろう事は明白で。決して信じたくは無かったのだろう。


 自身が守る姫の命を狙う者たちが、自分と同じ神の教義を信仰している者たちであるなどとは、国を裏切る無法者などとは決して信じたくは無かったのだろう。



 けれども——

「……それは俺の介入があったからじゃねぇかと思ってる。クレアが俺の魂や肉体と結合してしまったから、クレア本来の体に対する影響力が薄くなったと考えれば一応、話の筋は通ると思うんだが」


「「「……」」」

 何一つとして反論することが出来ない。些末な逃げ道は、既にイミトによって防がれ、残酷な現実が真実であるかのように存在感を放つのだ。筋立てられた虚構な仮説の精度に声を失い、力なく腰を落として心の動揺で首を項垂れさせられるカトレア。


「ま、あくまでも推測だ。目的もわからねぇ奴の思考を読むのは難しいからな、色々と今の内に想定しとこうって話だ」


「——貴様が言っておった皿の話……我らの戦いの決着を付けるに相応しい舞台とは、和平調印式の場という事か」


「前菜……オードブルって感じだけどな。嫌いな食材があるなら、今の内に聞いとくぞ」

「「「……」」」


 仮説の解説を一段落終えて沈黙の空気にともるデュラハン達の怪しい会話。


「よい。好きに料理して見せるが良いわ」


 意味深く笑うクレアの瞳にたぎる好奇の感情は先の激しいいくさ見据みすえた物なのであろうと誰もが感じ取る。


 ——デュラハン。戦中に生まれる人型の魔物、死の象徴。



 紛れもなく彼女もまたそれなのであると改めて再認識する一行。


 ——その時であった。

「——クレア様ぁ、このオウマ様はどうやって止めればよいので御座います、ですか?」


「まだ先なのですが、行く先に大っきな崖が見えてきたので御座います、ですが」


 唐突に孤独と退屈に飽き飽きとしているような声色で御者台の方からデュエラの気の抜けた声が飛ぶ。


「——は?」

 その声が紡いだ言葉をんで、イミトは不意に首を御者台へと通じる扉の方向に向けて。


 そして——、

「そういえば止め方を教えておらんかったな。構わぬ、そのまま突っ込むが良い」

「「「「「……へ?」」」」」


 すべからく一行は——ボソリと不吉を予感させる言葉を呟き、凶兆を想起させる命令を言い放ったクレアに視線を落とした。



「待て‼ まさかもう大平原を抜けるというのか‼」

「……馬車で一日と少しは掛かる、距離のはず」


 各々に緊急事態と馬車内の四方にある小窓の景色を確認し始めると、外の景色は閑散とした平原から木々の生えそろう林が点在していて。


「いやそれより突っ込むって言った事に突っ込めよ」


 いつの間にか通常の通路であった沿道えんどうを外れ、草原を颯爽さっそうと駆けていく。



「問題ない。我が力の片鱗を与えられた馬ならば垂直すいちょくな崖とて平地の如く進むであろう。その証拠に僅かに浮遊しながら進んでおって、さして振動も感じないであろうが」


「使っておるのは、デュエラが使う空歩に似た走法だ。安心するが良い」


「……そうだとしても、壁をい上がる時は馬車の中がエライ事になるだろ」

「——‼ 姫様‼ 何処かにお捕まり下さい‼」


 相談もなく事を密かに進めていたクレアに呆れ果てるイミトの言葉に、カトレアは焦る。常識的に考えれば、壁に突っ込んで生まれる結果は衝突と衝撃と粉砕。


 慌てて守るべき姫に意識を向け、カトレアはマリルティアンジュの体をかばうように両肩に手を置いて。


 そして、セティス。

「セティス、お前もそこら辺に捕まっとけ、俺は上の階の下処理中の食材を守る」


 イミトがその存在を思い出して視線を送ると、カトレアとは対照的に彼女は実に冷静であったのである。


「——私は、ほうきに乗って外から見とく」

 「あ、テメ、一人だけ逃げる気か‼」


 馬車の左右にある出入り口の扉を開き、いつの間にか覆面を被っていた魔女は片手に箒を持って風を浴びていた。彼女は空を飛べるのだ、わざわざ危険な馬車の旅路に付き合う道理もなく、

 颯爽と馬車の外へ、躊躇ためらいも無く飛び立っていって。


 そんな事を露とも知らず今度は御者台のデュエラが叫ぶ。


「く、クレア様ぁ‼ どどど。どうすれば止まるので御座いますか、と、止め方を早く教えて欲しいのですます‼」


「要らん心配だというておろう、全く……きもわり方の足らん事よ」


 一転して暗雲の漂っていた沈黙の車内が慌ただしく喧騒を見せる中、クレアは小さな息を吐き、瞼を閉じる。



 ——あたかも死の象徴であるように。


 馬車の中から逃げ出した覆面の魔女セティスの後を追うが如く、彼女が拓いた扉から風の気流に乗った黒い紙の群れと数羽の歪な折り鶴が、改めてその威を示していた。


 ——。

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