ノー・ディスク・ア・コンピュータ 4

 ややあって。


 ジェイジェイからの返答を待つ間、ザクロとバンジは喫煙、ミヤコは今度から迷わない様に『南』区画の地図を見て頭にたたき込んでいた。


「そういやメアよ」

「なんでござるか」




 数年前。同じ喫煙所にて。


『この芸術家さん、見覚えがあるけれどザクロの知り合いだったのね』

『――オイッ! ザクロ! お前部外者の前でうっかり呼んでんじゃねえよッ』


 バンジことメアは、初対面の純地球人であるレイに向けて嫌悪感の強い、敵対的な視線を送って喧嘩煙管の切っ先を向けつつ睨む。


『大丈夫だ。コイツ口は堅えんだ。止めろって』

『私は〝コイツ〟じゃなくてレイよ』

『すまん』


 ザクロはその反応に、まあまあ、という様子でそれを押し下げ、ふくれ面のレイはマイペースにザクロへ訂正を求める。


『地上至上主義は大嫌いだから安心して頂戴』

『こう言ってっから、そんな目で見てやんな』

『言葉ではいくらでも言えらぁ』

『殺されかけた上に、依頼には安すぎるペラい金の延べ棒と、あのライドの私兵の追手付きでどう疑えと?』

『……疑り深いお前がそこまで言うなら、とりあえず信用はしてやるが……』

『で、ザクロの元パートナーだったりするのかしら?』

『――ッ!?』

『コイツはそんなんじゃねぇ。腐れ縁だ腐れ縁。な?』


 レイの単純な興味から来る直接的な質問に、煙を盛大に吐き出したメアは、少し顔をしかめて、おう、とやや抑えた声で言った。




「――てなことあったけどよ。お前、あの慌てたみてぇな反応なんだったんだ?」

「……。……別に深い意味無えよ」


 視線を上の方に動かして少し黙ったバンジは、しかめ面になってマズそうに煙草を吸う。


「そうか」

「なんだ今更」

「ちょっと気になっただけだ」

「ああそう」


 ザクロはそれ以上は興味を失った様子で、黙々と短い煙草を潰して新しいものに点火した。


 間もなく、ジェイジェイからの返答があって、ザクロとミヤコは一足先にソウルジャズ号へと戻っていった。


「――気付けよ馬鹿」


 1人残されたバンジは、天を仰いで紫煙と共にため息交じりの言葉を1つ吐いた。




『ごめんなさい。盗ったみたいになっちゃって』


 飲めないのに付き合いで酔い潰れたザクロが爆睡している中、帰路のゴンドラ車内で、レイがメアへ頭を下げながらそう切り出した。


『惨めになるからやめてくれ』

『ごめんなさい。――ね、ザクロのどの辺りが好きなのかしら?』

『どっちの意味かは置いとくが――。言葉に出来る様なもんじゃねえな』

『じゃあ、どこまで関係が行ってたの? ヤってたりするわけ?』

『……。……あんた、なんつうこと訊いてんだ』


 非常にシモな話が、その手の事を言いそうにないレイから飛び出してきて、リキッドパイプを口から発射したメアは顔をしかめる。


『――一応誘おうとは思ったけどな、アタシはそういう対象じゃ無えんだとよ』


 あくまで昔なじみで腐れ縁の友人までだ、と、目を閉じて言うメアは、手が震える程に自分の腕を強く抱いていた。




「嫌な事、思い出しちまった……」


 あまりに苦い思い出をかき消すように、バンジは火皿を下向きにした喧嘩煙管の先を灰捨ての縁にたたき付けて残った灰を捨てた。


 一方、先に出発したザクロたちが乗る、ガラガラのゴンドラにて。


「バンジ氏があんなに困ることを訊くなんてらしくないじゃあないか」


 進行方向と逆の窓から、パイプがのたくる『南』区画を眺めつつ、ミヤコは興味本位でそう訊いた。


「我ながら、別に掘り返すことでもねぇもんだと思うんだが……」


 リキッドパイプをくわえ、腕を組んでどっかりと座るザクロは、自分でも良く分かってなさそうに首を捻っていた。


「つっても、アイツがオレを恋愛対象として見てたのは知ってっけどな」

「そうなんだね」

「まあ、嬉しくはあったんだが、アイツとのが想像できねぇでな。アイツは勘が良いから、それとなく牽制して諦めさせたんだよ」


 ザクロは全部話し終えてから、すまん、聞かせる話でもねぇな、といたたまれなそうな顔のミヤコへ謝る。


「うん。そんな生々しい方向はボクも予想外だよ」

「いや、本当聞かせる話じゃねぇ」

「そういえばヨルは?」

「馬鹿お前、アイツこそそんなんじゃねぇよ」

「あ、いや。迎えにいかないといけないかな、と……」

「……。それはまあ、アイーシャに付き添い頼んである」


 紛らわしい事言ってごめんよ、と申し訳なさげなミヤコが振り返ると、ザクロは口をへの字に曲げた赤い顔を、ぷい、と逸らしてばつが悪そうにしていた。


「まあなんだ。お前、自分の出自知ってどうする?」

「うーん。そのときにならないと分からないね」


 小さくかぶりを振っているミヤコは、いつもの様に前のめりでも面白そうでもなかった。


「……世の中、知らねぇ方が良い事だってあんだぞ」

「そうだね」

「迷ってるなら引き返すのも手だぜ」


 冗談の色もなく真っ直ぐミヤコの目を見つめ、ザクロは重々しい口振りで問う。


「祖母から、知らない事を想像で片付ける様な人間になってはいけない、と教えられていてね」

「覚悟はあるってか」

「例えどんな結果でも、ね」


 基本的に朗らかな表情のミヤコだが、このときは引き締まったそれだった。


「お前のたどり着く真実ってやつが、残酷なだけじゃ終わらねぇよう願うぜ」

「ああ。ありがとう」



                    *



「あっ。クローさんお帰りなさいっ」

「あら、お早いお着きで」

「メ……じゃなかった。バンジさんは一緒じゃなかったんですね」

「あとで来るってよ。片づけでもしてんだろ」

「なるほど……」


 2人がソウルジャズ号へ戻ると、一足先に帰っていたヨルが、艦の横にガーデンチェアとテーブルを出して、アイーシャと優雅にティータイム中だった。


「その調子だと具合は良さそうだな」

「はいっ。ついでに健康診断もして貰ったんですが、健康そのものだそうですっ」


 ぱたぱたと小走りでザクロの目の前へ来たヨルは、両腕を上に曲げて輝いているかの様な笑みを向けてアピールする。


「そりゃ良かった」

「ヨル。その、改めて本当に申し訳ない」

「いいえいいえ。私の方こそ、興味本位な行動でご迷惑をかけて申し訳ないですっ」


 改めて謝罪したミヤコへ、ヨルは怒るどころか逆に謝りまでして、


「いやいや、そんな。――彼女、余りにも善良過ぎやしないかい……?」

「――オレもそう思うぜ……」

「?」


 ザクロとミヤコは彼女のその余りにもな善性に、心配そうな表情を向け合っていた。


「じゃ、約束の天然ものビール、有りがたく頂くわね」

「おう。また頼むぜ」


 役目を終えたアイーシャは、ザクロの端末から地球産天然素材ビールの半ダース券を貰い、上機嫌で帰っていった。


「アイーシャさんが良く飲んでいらっしゃるビールって、美味しいんですか?」

「オレぁたしなまねぇから知らん」

「ボクも飲んで1%台だし、同じく」

「なるほど。ロッキーさんは痛風になっても止められないそうですが……」

「ロッキーのじいさん、医者に飲むなって言われてんのにりねえなぁ……」

「分かっちゃいるけど止められねえんだわ」

「盗み聞きしてんじゃねぇよこのアル中」


 通路への出入口から、ロッキーことケンゾウ・イワキが顔を覗かせて舌を出してそう言い、ザクロに猫でも追い払うような雑さで追い返された。


「よーよー! お疲れさん! 皆さん!」

「アァン!?」

「ひいッ」


 機嫌がやや悪いところで、癇に障る声で入ってきてしまったため、作業着にジャラジャラ金ネックレス姿ジェイジェイは、ザクロにすごい顔でにらまれ引っくり返った。


「何の……じゃねぇ、荷物か。ご苦労」

「酷いっすよクローの姐さん……」

「スマン」


 手刀を顔の前で作って謝ったザクロにビクビクしているジェイジェイは、電子受け取り書と依頼書にサインを貰うと、出入口と逆のシャッターを半分ほど開いた。


 外に待機していた、彼の妻バーバラ・フルハシが運転するトラック型宇宙船から、木星宙域環境対応コンテナが下ろされた。


 ジェイジェイも手伝って、それはソウルジャズ号の甲板に固定された。


「ジェイ? 色目使ってないでしょうね?」

「かーちゃん勘弁してよ。誓って無いからー……」

「コイツにゃ使われたくねぇわ」

「あんだって? クローちゃんはウチの旦那が魅力的じゃないとでも?」

「あっ、すんません」


 助手席の若いがかなり気が強そうな彼女に、ジェイジェイは恐縮しきりで、ザクロすら背筋が伸びるほどの迫力があった。


 へこへこしているジェイジェイと、難しそうな顔をしているバーバラだが、どこか楽しそうな夫妻は上の方へと移動していった。


「仲がお悪い訳では無いんですね?」

「おう。あれでいてな」

「俗に言う、尻に敷かれてるタイプだね」


 なるほど、といって何度か頷いたヨルは、記者か何かの様に自分の端末へメモをとっていた。


「それにしても、バンジさん遅いですね」


 その際、時計を見たヨルは、ザクロが戻ってきて30分ほどが経過している事に気付き、出入口の方を見やった。


「うん。どうもゴンドラが乗客トラブルで止まってるね」

「――お前ハッキングしてねぇだろな?」

「あ、要らないね。ついクセで」

「おいおいおい」


 すぐに交通情報を調べたミヤコが、環状線で遅延が発生していることを突き止めた。


「しゃーねぇ。茶でも飲んで待つか」

「そうですねぇ。あっ! アイーシャさんからお母様のクッキー頂いたんですけど、それ食べますか?」

「アリさんのはうめぇんだよなぁ。別に全部食ってても良かったんだぜ」

「あんなに美味しいもの、独り占めなんて出来ませんよ」


 ほんわかと笑ってそう言ったヨルは、保存容器からチョコチップクッキーを出して、テーブルの皿に並べていく。


 ややあって。


 バンジが大分遅れた事を謝りつつやって来て、ソウルジャス号は火星のニュートウキョウ国へと出港した。


「結局、何のトラブルだったんだ?」

「どうも噂に聞くところでは、不審者が大騒ぎしたせいだそうでござる」

「止めるほどの不審者ってなんだよ」

「ううむ。テロリストでないと良いでござるが」

「それ以外は何事も無くて良かったですねっ」

「お、えらい機嫌良いじゃねぇの」

「はいっ。生まれたところがどんな所か――」

「ん? ああ、気にしないでおくれ。ボク個人の問題を押しつけたくはないからね」


 途中までウキウキだったヨルが、ハッとテンションを抑えてミヤコを見やると、ボクも里帰りみたいなものだから気にしないでおくれ、と返して笑った。

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