ピエロ・イン・ガーベージ 3

 1つめの部屋で全くといって良いほど成果が無く、すでにやる気が損なわれてはいるが3人は次の部屋へと向かう。


「500クレジットじゃ天然煙草も買えねぇや。マジで割に合わねぇ」

「ですね……。あはは……」


 はがきサイズの絵画の模写1枚は唯一価値が付いたが、はした金も良い所で、ザクロは新しいリキッドパイプをくわえてぼやき、ヨルは苦笑いする。


流石さすがの流石に貴金属とかは、それなりに価値が付くものが多いんじゃないかな」

「だと良いんだがな。正直期待出来ねぇ」


 そう言ってトラックを動かすザクロは、まだ表情に期待の色が見えていたが、


「メッキと模造の偽物じゃねぇか! なんで分かんねぇんだよマジでさぁ」


 まだ多少価値は付いたものの、学生のアクセサリーレベルでしかなく、全部で9万クレジットにしかならずに完全に潰えた。


「希望的観測をするのは無意味だったみたいだね……」


 ハンディ成分分析装置をアタッシュケースにしまいながら、完全に諦めた様子でかぶりを振って流石のミヤコもそう言った。


 価値が付かなかったものはゴミ袋に詰めてラベルを貼り、次の陶磁器の隠し部屋へとトラックを進める。


 その部屋も偽物っぽいツボやら皿やらが、割と雑に山ほどしまわれていた。


「ロープレみたいに割ったらなんか出てこねぇかな?」

「いやあ、現実は非情だよ。止めよう」

「だよなぁ」


 おもむろにツボを頭上に掲げたザクロに、ミヤコが肩をすくめてやんわり止めると、彼女はスッとツボを胸の高さへ下げた。


「?」


 ヨルはそのやりとりの意味を把握出来ておらず、頭上に疑問符がいくつも並んだように不思議そうな顔をしていた。


「底の雅号とかもパクってんのかね」

「どうだろう」


 ザクロがふとそう思いついて、隣のミヤコに見えるようにツボをひっくり返した。その際、ポトッと中に入っていた物が落下した。


「なんか落ち――ひええええッ!」


 ザクロの正面にいるヨルは、視界の端に映ったそれを正視してしまい、この世の終わりみたいに絶叫して通路まで後ずさった。


「なんだなんだ」

「ビックリした」


 涙目でガタガタと震え上がるヨルを見る2人は、足元に落ちているそれにまだ気が付いていない。


「あばば……」

「ん? 俺らの足元がどうした」


 顔を床から逸らし気味のヨルが指さした先を2人は目で追う。


「げー、ゴキブリの死骸か。きったねぇな」

「いるもんだねぇ」


 だが、そう言って彼女達は怯える事も無く、ザクロがちょっと嫌な顔をしたが、ミヤコはその反応すらもなくさらっと流した。


「そんなに嫌かい? 別に動いてるわけでもないのに」

「死体でも見たいもんでもないだろゴキブリなんか」


 ザクロはツボをひっくり返したまま、素で分かってないミヤコにそう言い、チャバネゴキブリの死骸に被せて隠した。


「なるほど?」


 良く分かってはいないが、そんなものか、といった様子で頷いて納得はした。


「……ミヤ。お前も大概なんかズレてるな?」

「良く言われてたよ」


 ザクロは少々心配そうな顔をしているが、ミヤコはむしろ褒め言葉だと認識している様子であまり気にしていなかった。


 一応、陶磁器も1個1個確認していくが、その作業の間中、ヨルは生きているゴキブリが出てこないかとキョロキョロしていて非常に落ち着きが無かった。


 案の定、収蔵品に本物は1つも存在せず、悪質なコピー商品で売却もできなかった。


「あはは。まるで贋作商の気分だよ。これはひどいや」

「なんかお恥ずかしいです……」


 ミヤコは恥じ入るヨルへジョークを飛ばすが、もはやザクロは憮然ぶぜんとした顔で何も言わなかった。


 丁寧さのかけらもない雑な貼り方でラベルを貼り付け、最後の隠し部屋へとトラックを進める。


「もう開けなくて良いんじゃねぇの? その他とかもう多分ゴミしかねぇだろ」

「そうは思うけれど、まあ一応ね……」

「解体業者の方の手間になっちゃいますから……」

「しゃーねーか……」


 どんよりとした空気感の中、一行はその他カテゴリーの部屋へと足を踏み入れた。


 結果から言うと、その他の部屋がもっとも酷く、高級楽器の偽物や怪しげな情報商材、遥か昔にシェア戦争に敗れた記録媒体など、特に無価値なものがこれでもかと出てきた。


「……」

「……」

「帰るか……」

「はい……」

「うん……」


 尋常でない山積みのゴミ袋を目の前に、疲れきって虚無の表情をする3人は、トラックでソウルジャズ号がとめてある駐艦場まで向かう。


 荷台には倉庫で見付けた最新式船内用洗濯機の他には、アプリでは査定出来なかったガラクタが荷台の9割を占めていた。


「そういえば気になっていたんだけれど、ジェットで飛んだ方が速いんじゃないかい?」


 全員船外用のヘルメットを被っているが、通路を装輪でゆっくり走っているザクロへ、一応アフターバーナー無しのブルーテイル並の出力はあるよ、と、とんでもない事を言いつつ訊く。


 ちなみに、無しでも大気圏内では最大時速800キロほどまで出る。


「もうちょい小さいの積めバカ。別に急ぐ用事もねぇから良いんだよ」


 やたらオーバースペックなことに呆れつつ、


「……おめえらに怪我させらんねぇだろ」


 少し照れくさそうにぼそりと言った。


 その声は、シートの真ん中に座っている、スペースの関係上ザクロと密着するヨルにも聞こえていなかった。


「しっかしまあ、あのゴミとかって廃棄料の方がかかってんじゃねぇのか?」

「計算してみたけど、ちょっとだけ売値の方が高いよ」

「ほー」

「2クレジットほどだけれど」

「少ねぇなオイ……」


 ほぼ徒労じゃねぇか、と心底ゲンナリした様子でザクロはため息を吐いた。


 ソウルジャズ号に着くと、ザクロはヨルとミヤコを降ろしてから、トラックをジェット噴射で垂直離陸させ、船体最上部にある艦橋の後ろの甲板へ着地させた。


 その間に2人は艦の横にある足場を昇って、2階層にある入り口からソウルジャズ号へと乗り込み艦橋に上がった。


 ヨルは艦長席の前に立ってパネルを操作し、ソウルジャズ号のエンジンを始動させる。


 荷台のシャッターを閉めたザクロが、艦橋後部にある中へに入るガラス扉をノックすると、ミヤコが操作してそれを開けた。


「おや、洗濯機は入れないのかい? ボク免許あるから設置できるよ」

「運ぶのが面倒だからな。業者にやらす」

「そうかい?」


 ヘルメットを脱いでそう言ったザクロへ、ミヤコは残念そうな顔をしつつ2階層のリビングへと降りていった。


「ふう……」

「お、サンキュー」

「ふえっ!?」


 無事に始動させたことで気を抜いていたヨルは、ひょっこりと操縦席正面のモニターをザクロが覗き込んだせいで、至近距離に彼女の顔が現われたことに驚いて操縦席に座ってしまった。


「すすす、すいませんっ」


 慌てて立ち上がったヨルがその事に対して謝るが、


「元より何席に座るかなんざ気にしてねぇよ。それより、1等航宙士免許取りたてにしては早いじゃねぇの?」

「ありがとうございますっ」


 ザクロは気にしている素振りも特にはなく、フッと笑って彼女を褒めた。


「じゃ、出発すんぞ」


 ヨルのヘルメットのバイザーを下げてから、そう言った彼女は空いた操縦席に座るとロングの紙巻き煙草に火を着けた。


「はいっ」

「了解ー」


 副操縦席に座ったヨルと、リビングから無線でしたミヤコの返事を聞き、ザクロは気密不良といった異常アラートが付いていないことを確認して艦を発進させた。


「ヨルがやってくれるなら、オレぁ乗ってるだけになるかもな」

「く、クローさんのふねですし流石にそれは……」

「オレぁ構わねえぜ副艦長? 火星第4市まで頼む」


 恐縮しているヨルへ、ザクロは目を細めながら紫煙を燻らせて冗談を言う。


「副艦長なんてそんな……。私は代理で十分ですので……」

「そこは気ぃ遣わなくても良いんだぜ」

「いえ。そういうわけでは無いんですが……」

「オレが良いって言ってもか?」

「お、お気持ちだけいただきます……っ」

「まあ、そこまで言うなら無理強いはしねぇけど……」


 厚意を拒否しているという罪悪感からか、ヨルの顔色が悪くなってきたので、ザクロは少し目を丸くしながら仕方なく折れた。


 2時間ほどかけてトロヤ群を脱出し、ガイドブイのある航路までソウルジャズ号が出ると、


「なんかあったら遠慮無く呼べよ」


 と言って、ザクロはリビングへの階段を降り、降りきった所にある扉から、艦橋の下に位置するフライフィッシュⅡの格納庫へ入っていった。


「や」


 それと入れ替わるようにミヤコが上がってきて、ヨルに小さく手を挙げて挨拶すると副操縦席の横にある窓際の段差に座った。


「純粋な興味なんだけれど、あそこまでヨルが強情張るなんて珍しいじゃないか」


 端末を艦のシステムに繋いで、レーダー観測を代行しつつミヤコは訊ねる。


「まあその、純粋に荷が重いっていうのがあるんですが……」

「ふんふん」

「本来、ここに座るべき方がいますし、それを奪うみたいなのは嫌だなって……」

「なるほど。レイさんだっけね」

「あ、はい。私はその……、代わりみたいなものですから」

「クローはそうは思ってないんじゃないかな?」

「どうなんでしょうか……?」

「あくまでボクはそうじゃないかな、と思うよ。彼女の言動を鑑みるにね」


 まあ、本人に訊いてみないと予想でしかないけれど、と言って、ミヤコは観測の片手間で火星の管理局の賞金首情報サイトを覗きはじめた。

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