ガニメテ恋情 5

「で、どこまですっぱ抜いてるの?」

「そこに書いてある通り、マリア――ンヌがマフィアのイロで、厄介事に巻き込まれたから脚抜けしたがってる事ぐらいまでだ」

「ふーんそう。どこから調べてくるのやら。気持ち悪い」

「そういうのを飯のタネにするのが本業なもんで」


 気持ち悪いとまで言われ、流石のメアも少し傷ついている様子で苦笑いを浮かべる。


「まあそれは置いておくとして、どこまでお節介焼けばいいのか教えてくれ」

「どこまでって、マフィア連中の息がかかってないところまでに決まってるでしょ」

「となると、金星宙域系のコロニー辺りが妥当なところだな」


 事前に得られた情報からすでに亡命先にあてがあり、メアはその先にもある程度話をつけている事を話した。


 マリアンヌが抜けようとしているマフィアは、単体ではそこまで大きくはないが、傘下の組織は水星と金星以外のエリアで太陽系中あちこちに存在する。


「ふうん、なかなかこのデカ女は使い道がありそうだな」

「でしょう?」


 最初はかなり疑ってかかっていたバーテンの男も、不躾な事を口走りつつもメアの凄まじい調査能力に舌を巻く。


「しかしなんでまた足抜けを? 手ひどい扱いされてる訳でもないんだろう?」


 バーテンの言い草にやや不愉快そうな顔を見せつつ、調べた限り不満を溜める要素を感じていないメアは、マリアンヌへ顔で気持ち悪がられながら訊く。


「人の腹を探る性癖のアンタみたいのには分からないでしょうけど、私はね、愛を見付けたの。それこそ太陽系よりも大きなね」

「ふぅん」


 マリアンヌはほんの先程とは打って変わって、うっとりとした表情で詩的な事を言い、メアはそこまで面白くもなさげに生返事を返す。


「私って男運も女運もないから、アンタと別れてから騙されたり、良い思いだけされて捨てられたりしてね。自暴自棄になっていた所を相談に乗ってくれたわけ」


 愛しのザクロちゃんの話しかしないアンタと違ってね、と当てこすりを交えつつ熱っぽい語りを続ける。


「行く当てがないって言ったら、マフィアの中立地帯のここを任せて貰えたの。経営はド素人だったけれど、ノウハウをしっかりたたき込んでもくれて。

 どうしてそんなに目を掛けてくれるの、って訊いたらね、恥ずかしそうに一目惚れして世話をしているうちに内面にも惚れたって言ったわけ。強面なのにピュアなギャップ! 堪らないわ」


 長々と語ったマリアンヌは、顔の高さまで上げた左手薬指にはまった指輪を見つめ艶やかに笑った。


「で、その幹部と逃避行というわけか」

「ロマンチックでしょう? 現実主義のアンタとは大違い」


 彼女は手を下ろしながらそう言って、嘲笑の表情でメアの顔を右手で指さした。


「そうちょいちょい傷つける事言うの止めてくれないか?」

「ああ、早く来て下さらないかしら」


 あんまりにもしつこいため流石に抗議の声をあげたが、マリアンヌはまるで聞かずにくるりと回った。


 ややあって。


 逃避行を企てる幹部の男が、一見すれば浮浪者に見えるみすぼらしい姿をして、1人ひっそりと店にやって来た。


 予定にないメアを見て幹部は銃を抜こうとしたが、マリアンヌから用心棒だという事を聞かされて銃を下ろした。


「ついにこの日が来たよマリア」

「ええジョージ。やっとこんな所からおさらばできるわ」


 銃を収めた瞬間から、幹部はかなり格好を付けた声を出し、マリアンヌは猫なで声の様な甘い声で応え、舌を絡ませる長いキスを交わした。


「……」

「……」


 バーテンもメアもその様子を見て、面白くなさそうな渋面を浮かべていた。


 しばらく一通りイチャついた後、幹部はマリアンヌが注いだ酒を1杯引っかけてから、今のボロく加工した船内外服の上にボロ布を被った。


 ほかの3人も似たような格好になると、店の裏口から脱出用の船舶が隠されている小さな港を目指して出発する。


 あくまで浮浪者が歩いているだけという体にするため、4人はある程度バラバラになって細い路地を進んでいく。


「……もう気付いたか?」


 〝海〟が正面に見える坂道を下っていると、横道から出てきた明らかに堅気ではない黒服の集団とすれ違った。


 殿のメアがボロボロの元店舗の窓に反射させてこっそり後ろを見ると、1番後ろを歩いていた女組員がチラチラとこちらを見ていた。


 メアが咳払いをすると、事前に取り決めていた通り1本細い路地へと5人は入る。


「確証はないだろうが、多分警戒されていた」

「うむ。では大通りをというのは止めておくとしよう」

「歩く距離が伸びちゃうわね」

「苦難があるほど愛は強くなるものさ」

「うふふ」


 そうやっていちいちイチャつく様子に、メアは少し冷ややかな目を向けて着いていき、バーテンは先頭で面白くなさそうな顔をしていた。


 念には念をと、枝道のさらに枝道を通って大通りを迂回うかいしつつ、ジワジワと目的地に近づいていく。


 かつて観賞目的で作られた、水が流れていない溝川脇の階段道を下っていると、


「……」


 道ばたに座り込んでいた浮浪者が、深く被った帽子の奥から鋭い眼光を飛ばして4人を観察しはじめた。


「で、競艇でいくら当てたんだっけ?」

「お前集ろうとしてるだろ」

「良いじゃねーの。オレとお前との仲だろ」


 それに気付いたメアが欠伸のフリをすると、幹部とバーテンがさりげなく目線を逸らし、まるでギャンブルに興じる人間の様な会話をする。


 浮浪者のフリをした組員は、まさか幹部がそんな事を話すとは考えなかったようで、あっさりと目線を切ってしまった。


「実はね、ああやって組織は債務者を監視していたんだ」

「あれって、そういう人員なのね。こわーい」

「怖いだけじゃないさ。あの彼には君みたいな存在を守る役割もあるんだ」


 階段を降りきって、建物と建物の間の狭い通路に入ったところで一端休憩となり、幹部は得意げに自らが受け持っていた業務について説明をしつつ、マリアンヌの肩を抱いた。


 しゃがみ込んで無駄に話し込む2人から少し離れて、メアはいつもの煙管ではなく紙巻き煙草にライターで火を付けて吸う。


「おや、君は喫煙者か。火を貸しては貰えないか?」

「構わないが……」

「煙草なら私は問題ないわ」

「彼女は僕からする煙草の臭いが好きなんだよ。なあ?」

「ええ」

「……。そうか」


 困惑しながらもメアは、幹部が箱から口にくわえた、ザクロが愛煙する物より更に高級な天然物の先に火を付けた。


「……」


 蓋を閉じて火を消したメアは、マリアンヌから余計な事を言うな、と言いたげな睨みを幹部には見えない様に受ける。


 マリアンヌは煙草の臭いが非常に嫌いと言っていて、メアは彼女とデートするときはリキッドパイプだけしか許されていなかった。


 メアが元の位置まで戻って、ため息を紫煙と同時に吐き出したところで、こちらに近づいてくる足音を察知した。


 コンコン、と踵を鳴らして合図を送ったメアは、壁に寄りかかってぐったりと座り込み、ある特殊な臭いがするお香を焚いた。


「おい」

「――まて、時間の無駄だ。こいつら〝ネムリグサ〟やってやがる」

「ゲッ」


 それは無害だが、地球圏では違法とされている成分の臭いに近いもので、メアに話しかけた黒服男と制止した黒服女は、眉間にしわを寄せて退散していった。


「ほう、用意が良いじゃないか」

「売るのはいいが吸うのは勘弁だろうからな」

「違いない」


 流しているのはマフィアだったが、肩をすくめる幹部の顔には罪悪感が一切無かった。


「ここまで明確に探しているとすると、急いだ方がいいかも知れないな」

「地下水道坑、使いますか?」

「やむを得ないだろう。済まないが我慢してくれ」

「仕方ないわ。その先にあるジョージとの生活のためだもの」

「ふふふ。そうかい」


 また2人は舌を絡ませてキスをしはじめ、もう何度目か分からない行為にメアとバーテンは辟易へきえきした様子を見せる。


 バーテンが言った地下水道抗は、上下水道を流す管ほかインフラを通す地下トンネルではあるが、内部は清掃ロボットが故障し、資金難でそれっきりのため非常に不衛生な環境になっている。


 そこに入ると聞いて、煙草を携帯灰皿に潰したメアは、用意してきたマスクを腰のポーチから取り出した。


「ふう。で一番近くの入り口は?」

「この道を出て西にいくらか進んだところです。アホが作った勝手口があるのでそこを使います」

「よし、では一刻も早く向かおう」

「ええ。早く案内してもらえる?」


 自分達のせいでかなりタイムロスになっている事に対しては、2人とも微塵みじんも悪いと思っていない様子で立ち上がってバーテンを急かす。


 4人が歩き始めたところで、2番目を歩くマリアンヌは真顔で口だけに笑みを浮かべた。

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