ステール・リフレクションズ 7

 一方その頃。


「シン! アンタはオートジャイロででも逃げな! お前ならもう、どこででもやっていけるだろう?」


 地下駐車場から空母の様なエレベーターで、地対空ミサイル誘導用のレーダー設備をまとめた最新式の車両を出しつつ、アリーシャはキャブにある無線で発射機を準備するシンに呼びかける。


「水くさいっすよ師匠。逃げるならこんな豆鉄砲ほっぽり出して、最初からアンタを殴ってでも引きずって逃げてるっす」

「豆鉄砲とか言うんじゃ無いよ! ……ヘッ、バカ弟子が粋がりよってからに」

「バカ師匠につき合ってやってんですからお互い様っす」

「言うじゃ無いか。後で見てろよ」

「うひー、こえーっす」


 2人とも妙にギラついた目をして、ニヤリと笑いながらそう言い合った。


 広報スピーカーからの警報とサイレンを無視し、師弟コンビはザクロからは焼け石に水、弟子自身が豆鉄砲呼ばわりした遺物を使う準備を整えた。


 アリーシャは後ろに移動すると、車体上部の前方についたレーダーでまずは落下してくる駆逐艦残骸を捕捉する。


 残骸が迫り来る速度と当てる位置を予測すると、シンは発射ボタンを押して3発あるうちのミサイルを1発放った。


 完全に時代遅れの一品を発射できるように、改造してまでわざわざ追加した誘導レーダーを稼働して、アリーシャはその残骸へ向けてミサイルを誘導する。


「いよっし、当たったね!」


 近接信管が残骸を捕捉してミサイルの弾頭が起爆したが、


「あー、やっぱ全然減速しないっすね」


 あちこちが融解している金属の塊は、軌道すらほとんど変えることはなかった。


「よーっし、もう2発いっぺんにぶっ放してやれ!」

「こうなりゃヤケクソっすね!」

「ヤケクソとか言うんじゃ無いよっ! こういうのは気合いで何とかなるかもしんないだろ!」

「ロボアニメの見過ぎっす」


 明らかに絶望的な状態だったが2人はむしろ笑顔まで浮かべ、今度は2発同時に発射したがやはり全く減速する様子はない。


「あっはっは、こりゃダメだね! やっぱり無理だったか」

「だから言ったじゃないっすか! ほら逃げるっすよ」

「逃げるってお前」

「大丈夫っす。お客さんのものは全部トレーラーに積んどいたっす」


 シンは万が一隕鉄が落下してきたときに備え、アリーシャが起きてくる前から、駆逐艦残骸とは関係なく修理が済んだものを積み、先程レーダー車でアリーシャが準備している間に、残っていた2つのビーム砲を乗せていた。


「ハッ。本当に生意気な弟子だ」

「まだ師匠に教えて貰う事いっぱいあるもんでね」


 目視出来るまで接近した残骸をバックに、師弟が超大型トレーラーに乗り込んで尻尾巻いて逃げようとしたそのとき、


「まだ生きてるな!」


 艦橋下の固定式ギガクラスビーム砲をチャージするソウルジャズ号が、ザクロの嬉しそうな無線の声と共に工房の上空を通過した。


「ワシらが殺される前に死ぬ様なアホだとでも思ってるのかい?」

「こんな緊急時にロケット花火で遊ぶバカだとは思わなかったがな!」


 ザクロはいつもの様にアリーシャと軽口を飛ばし合い、フルチャージしたビーム弾を残骸に向けて放った。


 白く輝くビーム弾はミサイルとは桁違いの火力で残骸に襲いかかり、それを減速させて数十キロ遠くに輝く海へと落下させた。


「やっぱ科学の進歩ってすげーっすね師匠」

「はっはっは、長生きはやっぱりするもんだねぇ!」


 その痛快な様子を目撃し、発射の衝撃波を存分に体感した師弟は、フロントガラスが割れたトレーラーから降りて肩を組み、工房の駐艦場へと向かってくるソウルジャズ号へ喝采を送った。



                    *



「うるさいねぇ! 消し飛んでたよりゃマシだろが! バッチリ直してやっからもうちょい待て! 多少追加料金は取るけどな」

「そりゃないだろ!」

「嫌なら取りに来れば良かったんだ! こっちだって商売でやってんだぜ?」

「そりゃそう……、いやただの横暴じゃねえか!」

「納得しかけたね? その分良いオイル入れといてやるからそれで手を打て」

「ま、まあそれなら……」


 避難した住民が帰ってきて、自分の愛機のパーツを確認しに来て、衝撃波ですっかり破損してしまっていて文句を言ったが、アリーシャに丸め込まれて追い返されていた。


「色々と巻き込んでしまって申し訳ない。じゃあボクはこれで」


 ミヤコは横倒しにしたワイヤードラムのテーブルで食事中のヨル、バンジ、シンにそう告げ、ありがとう、と続けて荒野の道を去って行こうとする。


「ちょっと待て。お前、行くアテとかあんのか?」


 先にホットドッグを食べ終え、外のベンチで野球中継をお供に一服中だったザクロは、裏口に立ち塞がって彼女が出て行く事を邪魔する。


 ちなみにベアーズとスターズの試合は、開始から4時間経ってもまだ7回表で、19対21の両軍併せてヒット32本・12エラー・13本塁打という地獄の泥仕合と化していた。


「ある、と言えば嘘になるね。母は早くに亡くなってしまったし、父は行方知れずだ。あるのはこの身1つと、祖母の残した何に使うか分からない発明品のデータだけかな?」

「そんなんでよくもまあ、おさらばしようとしたもんだなおめえ……」


 要するに全くの素寒貧である、と聞かされて、ザクロは呆れた様子でカラリと笑うミヤコへ言った。


「中古の車か宇宙航空機か何かあればなんとかなるさ」

「ならねぇよ。武器すら持ってねぇお前がぶらつきゃ、すぐにろくな死に方しねぇぞ」

「クロー殿の言うとおりでござるな。言うまでも無く、喧嘩けんかはズブの素人でござろう?」


 遅れて食べ終わり、小型の煙草たばこぼんを片手にやって来たバンジも、当てもなく彷徨さまよおうとしているミヤコを止めにかかる。


「そうか。困ったね、アリーシャさんの工房もそんなに余裕はないそうだし」


 どうしようか、と半分他人事の様な笑みと言い方で、ミヤコはお手上げのジェスチャーを見せた。




『勢い余ってここまで来たけれど、これからどうしましょうか』

『ノープランだったのかよ』

『見ず知らずの『ロウニン』さんに全財産を渡す程には、ね』

『働く手段があればどうにでもなるのがここだけどよ。なんかあるか?』

『無いわね。精々身体的な若さかしら』

『……おい待て。おめえは自分の年を考えろ。まだ早ぇだろが』

『困ったわね、これじゃ出世払いも出来ないわ。詐欺ででも警察に突き出して貰える?』

『斬新な脅しをかけんじゃねぇよ! ……しゃあねぇ、とりあえずオレの艦に乗れ。艦の操縦ぐらいは教えてやんよ』

『そうさせて貰うわ。――あなたって悪ぶってるけれど、根っこは優しいわよね』

『……。そんなんじゃねぇよ――』




「――そんじゃ、オレの艦にメカニックとして乗れ」

「どうしたでござるかザクロ殿。いつものケチさとツンデレはいずこへ?」

「喧嘩売ってんのか……?」

「ひえっ」


 ザクロはすかさず茶化してきたバンジににらみをきかせて、それ以上の事を言わせなくした。


「そこのアホのれ言は無視してくれ。で、どうするよ」

「……腎臓1つだけで――」

「1つでも要らねぇよ!」


 ペタペタと自身の手で触れている腹部を見やったミヤコへ、ザクロは呆れた様子で鋭くそう言って再度拒否した。


「あなたがそういうならボクに拒否権はないね」


 よろしく、と顔をほころばせたミヤコがザクロへそう言った後、


「そういうわけだけれど、お2人さんはどう思っているのかな?」


 くるっと振り返り、バンジと食事を中断してまでやって来たヨルへも訊く。


「ま、クロー殿が言うならば、拙者に反対する道理はあるまいよ」

「同じくです。それに私も乗せて貰っている立場なので……。はい……」

「満場一致だね。というわけで今後ともよろしく」


 全員に確認がとれたミヤコは、少し気恥ずかしそうなザクロ、それを見て心底楽しそうなバンジ、歓迎はしているがおっかなびっくりなヨルへ順に握手をした。


「ところで、お腹が減って倒れそうなんだけれど、昼食を頂いても良いかな船長?」

「食いたいもん食え。ちょうど町から謝礼金貰ったしな」

「なぬ? では拙者ももう少しおかわりいただいても良いですかな?」

「まあ……、いいか」

「何故に2つ返事ではないのでござるかーっ」


 釈然としない様子でおどけるバンジと、それを見てくすりと笑ったミヤコは、連れだってシンと顧客対応終わりのアリーシャがいるテーブルへと向かう。


「ヨル、こっち来るか?」

「あっ、はいっ」


 人見知りのせいでおどおどしているヨルへ、ザクロは残り少ない煙草をベンチ横の灰皿に潰しながら誘うと、彼女はテーブルに残っている冷製パスタを取りに行った。


 一足先にベンチへとどっかり腰掛け、リキッドパイプをくわえたザクロは、


「――なあレイ。随分とにぎやかにしちまってすまねぇな……」


 無駄に真っ青な空を見てそう小さく独りごち、言葉とは裏腹に穏やかな目をして深々と1つ息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る