第4話

ステール・リフレクションズ 1

「地球に?」

「おう。つってもクソ田舎だがな」


 ガニメテ事務局に犯罪者を引き渡し、4割ほどピンハネされた賞金を受け取りソウルジャズ号に戻ったザクロは、非常に渋い顔でヨルにそう告げてエンジン始動作業をする。


 いつものグレーの船内服を着ているヨルは、ヘルメットを被って艦橋に上がってきた。


フライフィッシュⅡあいぼうどのの〝大砲〟が威力不足なんでござるな」


 くわえ煙草のザクロが座る運転席脇で、窓の手前にある手すりに腰掛けていたバンジは、煙管で煙草を吹かしながら確信めいた顔で訊いた。


「おう。多分エネルギー圧縮装置かなんかにガタが来てんだろうよ」


 戦闘中に敵艦の主砲を急降下砲撃で吹っ飛ばした際、船体がへし折れなかった様子で理由を察していた。


「火星とかでは直せないんです? ……あっ、すいませんっ、お任せしている方がいるんですねっ」


 助手席で作業を観察しつつ思った事を言ったヨルは、あわあわした様子で謝った。


「どっちも正解だ。フライフィッシュⅡアイツぁ、古すぎてもう熟練工しかいじれねぇんだ」

「なるほど……」

「ま、製造終了品とつき合う、というのはそういうことでござるな」

「製造終了ならまだいい。メアの喧嘩煙管けんかぎせるなんかもう作れるやつぁいねぇし」

「つい最近齢108でお亡くなりになられたそうでござるからな。拙者のこれが実質最期の品でござる」


 ぼやっと空に小さく浮かぶ地球の方に、南無、と言って手を合わせたバンジは、


「あっ、またしれっと拙者の真名まなをー」

「スマン。つい」


 流しかけたポイントに引っかかり、オーバーなふくれ面で抗議を入れた。


「ま、威力としちゃまだ行けるんだが、アリさんに顔見せに行くついでだ」

「行かなくても当分生きてそうでござるが」

「寂しがる人でもねぇしなぁ」

「そ、それは……」

「いや、心配しなくても行くから安心しろ」

「そうでしたか……」

「冗談でござるよ。本当良い子でござるなぁ」

「ど、どうも……」


 冗談めかして笑い合いつつ紫煙を吐き出した2人は、発言を本気にして焦るヨルに素早く訂正を入れて安心させた。


「の前に有機物ソース買いに行くぞ」

「ええっ、まだ買ってなかったでござるかっ?」

「人を虐待親みたいな目で見るんじゃねぇ。現物支給で貰ったヤツ使い切ったんだよ」

「なるほど」

「つか、テメエもウチのにたかってただろうが。ヤニで脳みそでもイかれたか貧乏エセ侍」

「誰がエセでござるか。魂が侍ならすなわち侍でござる」

「そこですか……? あっ、それに私から差し上げたものですから……」

「じゃあ不問だ。ちゃんとありがとう言っとけよ」

「ええ……」


 ヨルの言葉を聞いて、深く刻み込まれた眉間のシワが瞬時に無くなったザクロに、理不尽ではござらんか、とバンジは言いつつもヨルに感謝の意を述べた。


「じゃ、出航ずんぞ」

「はい」

「うむ」


 うだうだと喋っている内にエンジンの起動が完了し、ソウルジャズ号はガニメテ中央宇宙港から一路『NP-47』へと向かって行く。


「さぁて、今日は立ち上がりどうだ」

「あーッと! 打った瞬間左中間一直線! エース・ニシウラーッ! 初球からマエダに打たれましたァ! 先制点はベアーズ!」

「これは失投ですねぇ。すっぽ抜け気味のシュートが真ん中高めに行きましたねぇ」

「……」


 宇宙空間を航行し始めた頃、ちょうど試合が始まる時間になりオーディオのラジオを付けたが、その瞬間、初回初球先頭打者ホームランで47スターズは失点していた。


「相手って41ベアーズでござるよな。1部昇格組の」

「また殴り合いか。やれやれ、いっつもこのカード荒れるんだよなぁ」

「痛烈ゥー! 高めに浮いた球が弾丸ライナーでそのままレフトスタンドだーッ! ベアーズ2番モリウラも続いたッ! 2対0ーッ!」

「……」


 苦笑い交じりでバンジに話した直後、もう一発ホームランを被弾してしまった。


「……」


 だんだんとザクロの顔の渋み成分が濃くなる中、3番の選手に対してカウントが3球で3ボールになる。


「おうおう、どうした事でござるかな」

「んだよ。調子でも悪いか?」

「ストレートの四球フォアボールです」

「んー。ニシウラくんは生命線の高速スライダーが入りませんねぇ」

「そのようでござるな」

「うげぇ。今日負けたら引き分け挟んで27連敗だぞオイ」

「27って多いんですか?」

「うむ。絶賛リーグ記録更新中でござる」

「そんなに……」

「初球を打ってボテボテのゴロで1塁ア――いやオールセーフ! ファースト・スミスが捕球時に落球して1塁走者3塁まで打者走者2塁までそれぞれ進塁ッ!」

「スミスはこんな凡ミスする様な助っ人じゃないんですけどねぇ」


「ここまで57試合出場でエラー0でしたからねぇ。ノーアウト2塁3塁で左打席には5番指名打者・ルーキーのマツキが入ります」

「ほー。3割4分ちょうどの18ホーマーですか。絶好調ですねぇ」

「……」

「まあまあ、この後を抑えれば良いのでござるよ」


 明らかに顔がイラついているザクロに、バンジは新しい葉たばこを詰めながらポジティブな事を言う。

 

「簡単に言ってくれるじゃねぇの。ニシウラ、ドツボにはまったらどうなるか知らねぇわけでもなかろうに」

「火だるままで行くのは年1回ぐらいだけではござらんか」

「止めろバカッ。そんな事言ってるときに限ってろくでもない事になるんだよ」

「ジンクスを信じるとは、クロー殿も人の子でござ――」

「行ったーッ! 5番ルーキー・マツキッ! 鋭く振り抜いた打球がぐんぐんと伸びてバックスクリーン直撃ィ! 5対0ーッ!」

「いやー、打った瞬間でしたねぇ。新人離れした貫禄です」

「ここでたまらずニシウラはノックアウトッ!」

「あちゃぁ。こうなるとロング要員のレックス殿でござろうか」

「……」


 30分も経たないうちにボコボコにされ、ザクロは無言で中継を切った。

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