第3話

はぐれ狼のアリア 1

「おいおい、まだコイツ誰も捕まえてねぇのかよ」

「そうなんでござる。もう賞金上がってから4ヶ月でござるな」


 『南』区画最果てにある喫煙所で、ザクロとバンジはホログラムの端末画面に映る、賞金首情報を見ながら入って右の壁際に並んでたばこを吹かしていた。


 ロングタイプを吸うザクロに対して、バンジは重厚な作りの喧嘩煙管けんかぎせるで煙草を吸っていた。


 彼女らが見ている賞金首は、ユノ・オギノメという女性宇宙海賊で、コロニー破壊罪など多数の組織犯罪を主導した容疑により、あらゆる警察組織から追われているため莫大ばくだいな懸賞金がかけられている。


「……」


 そのちょうど反対側のベンチで、煙を吸わない様に、と座らされているヨルはちょっと不満そうに口をとがらせていた。


 バンジ・サンダーストラックは、ザクロより背丈が10センチほど高いがひょろりとした体格で、生成りのターバンを頭に巻き、長方形の布を縫い合わせた足先丈の貫頭衣、濃い色のゴーグルタイプサングラスを身につけ、手と口元以外は全て覆い隠していた。


「で、コイツがなんだよメア」

「クロー殿ー? まーたその名前を出したでござるなー?」

「あ、スマンスマン。ちいと油断してた」


 何の気なしに言った名前に、バンジはひょろ長い身体を曲げて、やや顔を斜めにしてザクロにガンつけし、彼女は小さく手刀を切って謝った。


 バンジ云々、という冗談みたいな名前は偽名で、彼女の本名はメア・フジエダである。


「まあ、結論だけ申せば、彼奴きゃつの潜伏先の情報を掴んだのでござるよ」

「ほー、そいつぁご機嫌だ。いつもどっから引っ張ってくるんだ?」

「それは企業秘密でござるよ。いくらクロー殿とはいえ、無料までが拙者のサービスの限度でござる」

「おう、そうなのか。じゃあいつもわりぃな」

「良いでござるよぉ。クロー殿と小生との仲ではござらんかー」

「で、どこなんだよ」

「いやあ、そこは、よせやい、とかいう所でござろう……」


 にんまりと笑って肘を押しつけるバンジだが、それを軽く手で払いのけたザクロは、彼女が服のどこからかとりだした紙のメモにのみ視線を注いでいた。


「いや、オレぁ手前とそんな関係性だった覚えはねぇんだが?」

「んもー、クロー殿ったらツンデレさんでござるなぁ」

「誰がだ。誰が」


 グネグネと動いてあおる様な動きと声を出すバンジに、ザクロは半笑いのしかめ面で返した。


「……あんな表情、私へはしないのに……」


 完全に蚊帳の外に置かれているヨルはむくれ顔で、そんな2人の様子を見てヤキモチを焼いていた。


 だがその嫉妬心にはたと気が付いた様子で、ヨルはザクロに見られていないかどうかを慌てて確認し、目を泳がせつつそうでは無い事に安堵あんどのため息を吐いた。


「じゃあいつも通り賞金山分けって事で良いな?」

「然り。でも今回はご一緒つかまつろう」

「あ? 何でまた」

「インスピレーションを得に行くのでござる。このところスランプでござってな」

「スランプって3日ぐらいだろどうぜ?」

「ご名答でござる。しかし、拙者にとって3日筆が動かないというのは重大な非常事態でござる」

「そいつぁご苦労なこったな。止まったら死ぬとか回遊魚かなんかか?」

「まあ性質として、小生にとって描くという行為は、当たらずとも遠からず、でござるなー」

「で、どこなんだよ。メア」

「そう急くではないでござる。――って、またー!」

「おっ、スマン」


 あまりにもさらっと言うので、流しかけたバンジは先程と同じ格好で抗議をいれた。

 

「クロー殿は『RW-99』というコロニーをご存じかな?」

「あのやたらジジバハばっかりのだな。ガニメテ上空にある」

「正確には6割がご老人でござるな。まあそこに、ある1人の女性が突然移住してきたわけでござる」

「お、そいつが件のオギノメか」

「然り。彼女は整形手術で顔を変え、偽名のマキ・ハギワラと名乗っているでござるが、そのカリスマであっという間に若者のリーダー格に上り詰めたのでござるよ」

「ほーん。で、暴虐の限りを尽くしているわけだな」

「ところがどっこい。非常に平和的な手法で頭が固い老いた為政者たちと渡り合い、穏やかに強かに若者達の権利を訴えているのでござるよ」

「お? そいつぁたまげたな」

「でござろう。おかげでコロニーは治安も良く、住民も全員が食うに困らないそうでござるよ」

「なるほどな。とっ捕まえるのに骨が折れそうだが、その分見返りがデカいってわけだ」

「とはいえ、元手が少ない割には随分と楽な博打ばくちでござるな」

「ちげぇねぇ」


 2人はニヤッと笑ってそう言うと、同じタイミングで紫煙を口から吐きだすと、ザクロは短くなった煙草を灰皿に潰し、バンジは雁首を縁にたたき付けて火皿の灰を捨てた。


「クローさんっ」

「おう、なんだヨル」


 ザクロに近づけるその機を逃さん、と、すっくと立ち上がったヨルは、船内服の黒いレーススカートの装飾に隠してある小型拳銃をホルスターごと抜いてザクロへ渡した。


「おー、所持免許とったのか」

「そうなんですっ」


 そこに収まっている小型ビーム拳銃クサカベ『CS-3』を見て、ザクロは得意げに免許証を見せるヨルへ感心した様子で言う。


「えらく頑張るじゃねえの」

「はいっ。自分の身は自分で守れる様になろうかとっ」

「んな事までしなくて良いんだぜ? そういう役割はオレの領分だからよ。おめえ人殺しなんか出来ねえだろうが」


 と、言ってヨルに拳銃を返したザクロは、頭にポンと触れてその努力を労いつつも、ほんの僅かの間作り笑いを浮かべてやんわりと忠告をくわえた。


「はい……」

「ほーう。クロー殿が他人の心配されるとは、珍しい事もあるでござるな」

「うるせえ」

「痛いでござるよー」


 明らかにニヤついているバンジへ、ザクロは照れ隠しとばかりに彼女の脚に軽く蹴手繰けたぐりを入れた。


「そりゃまあするだろ。コイツ割と危なっかしいし」

「……そうなんです?」

「他人のゴタゴタにあんな頭突っこんでるのを忘れたとは言わせねぇぞ」

「……。すいません……」


 腕を組んで少し考える素振りをしたヨルは、それを解くと同時に気まずそうな様子でサッと頭を下げた。


「まあ別に、たまには儲け話に繋がるから悪ぃた言わねえよ。お前だって悪気はねぇだろ」


 かなりの具合でしゅん、としたヨルを見て、ザクロは視線を彷徨さまよわせつつしっかりフォローを入れた。


 そんな不器用さが丸出しのザクロへ、バンジはまたニヤリと冷やかす顔を見せるが、ぐるっと視線を向けてきたザクロの睨み顔を見て慌てて真顔を作る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る