ロング・ランニング・エランズ 5

「ジェイジェイの野郎、適当言いやがったか?」


 少し声を小さくしてそうつぶやいたザクロは、くわえていた残り短い煙草を吸引式の灰皿に潰した。


「おっ、すまねえ。1個言い忘れてたけどよ、そのコロニーお偉方の思いつきであっちこっち決まった所に移動する事があんだよ」

「そういうことは先に言えこの野郎!」

「ひぃ」


 見計らったかの用にジェイジェイが、てへ、という顔で通信を送ると、それを受けたザクロの眉間に凄まじく深いシワが作られた。


「座標リスト送るから勘弁してくれよクロー」

「へいへい。おら、早く送ってこい」


 ほいよ、と言ってジェイジェイがメールで送ってきたものは、100近い座標が延々と刻まれた表のファイルだった。

 右上の方にどこにいるかわからない、という注意書きが付いている。


「よくもまあこんなフラフラと」

「これトロヤ群もありますね……」

「なるほど。こりゃ確かに燃料ガス代かかって仕方がねえな……」

 

 心底面倒くさそうに顔をしかめるザクロは、ぼやきながらもそのデータをソウルジャズ号のコンピューターに取り込んだ。


「まだ当分かかりそうだな。メシ食うか」

「はいー」


 船体を近くにあった小惑星にアンカーを打ち込んで固定し、ザクロはヨルと共に居住スペースの方に階段で下りた。





 食事の後、ザクロはひとまず現在地から近い順に、『OG-2』の位置の捜索を始めた。


 とにかく行って確認するローラー作戦と並行して、他の『ロウニン』達やコロニー宙域保安組織や輸送船といった船乗り達からも情報収集を行っていた。


 ある輸送船乗りから、有力情報を受けた2人は小惑星帯の外縁部にある、とある大型小惑星の座標へとやって来たが、レーダーにもそれらしいものは見当たらなかった。


「そっちの方にドーナツ型みたいなそれっぽいもんねぇか?」

「ありませんね……。衝突防止ランプも見えませんし……」

「うーん、そうか」


 双眼鏡まで使って目視確認したが、それらしいものは全く見つけられなかった。


「しゃーねぇな、もうちょい探すか……」


 すでにちょっとイラついている様子で、ザクロは目を細めてしかめ面をしていた。


 次に、惑星直列のパワーを受信する、などと主張する教団が儀式をする宙域と被っている座標があり、そこで見たという情報も入ったため、ザクロはその周辺に向かった。


 しかし、目的の識別信号を発しているコロニーは、集まっていた17のそれにはなかった。


「いねえ上に、なんだこの、クソとクソを混ぜたみてえなクソパンクロックっぽいクソは……」


 それだけでなく、音程が全て狂っているその教団歌が、通常の通信に使われる全周波数を使って流されていたため、ザクロはもうイラつきを全く隠せない様子でぼやく。


「クローさん……。私、頭が痛いです……」

「そうか。ええいチクショウめ……」


 ヨルが数分で体調不良を訴えたため、ザクロは即座にその宙域から離れた。


 その後さらに1時間ほどかけて3つほどローラーしたところで、


「なんで戦闘艦でもねえのにんなもん塗ってんだよ」

「なんか気分だってさ」

「は?」

「ええ……」


 最近取引をしたという知り合いの貿易船から、『OG-2』は無駄に真っ黒のステルス塗装がされ、衝突防止ランプが付いていなかった事を知らされた。


「そこの艦長、宇宙一のバカなんじゃねえの?」

「もう少し手心くわえてやれよ……」


 さらに知り合いの貿易商の彼が、リストの57番目の座標に移動する、と関係者から聞かされたというさらに有力な座標情報を得たザクロはそこへ急いだ。


「ここもハズレかクソが……」


 しかし、そこにもそれらしいものは発見できず、気持ちを落ち着かせようと2本同時に煙草を吸って、ブルドッグみたいな顔で小さくぼやく。


 ちなみに、先程の歌のせいで疲弊したヨルは、座席を倒して2度目の昼寝タイムに入っていた。


 そんなこんなで右往左往して出発から半日が経った頃、ついさっき出てきた、というジャンク品仕入れ業者船長の証言を得て、やっと目的のコロニーにたどり着いた。


 『OG-2』は直径数キロのトーラスで構成されたドーナツ型コロニーで、重力発生装置を用いていないため旧世代型と呼ばれる。


「あー……。とっとと帰って酒かっくらいてぇ……」

「お疲れさまですー」


 コロニー港湾施設からの捕捉ビームで誘導されながら、エアロック区画へと向かう船内では安堵あんどの空気が漂っていた。


「……おい、じいさん。もう1時間は待ってんだが」


 だが、ザクロはあまりにも待たされ、検査ブース内にいる入国審査官の高齢男性・ムラカワにそう詰め寄った。


 ちなみに荷物の検疫装置が5世代前のもので、1時間経っても51%までしか進行していなかった。


「イヤー、どうも機械が古くてナァ。もう少しまってくれ」


 特に申し訳なさそうにする訳でも無く、ムラカワはそう言って、カウンター奥のガラス張りのスペースに入っていった。


「全く……、コンテナ用ならともかく、手荷物用の検疫装置なんかそんな高ぇもんでもねぇだろうに……」


 ブツブツとぼやきながら、施設内の自販機で買ったお菓子を美味しそうに食べているヨルの隣にどっかり座った。


「どうぞ」

「ん、小魚チップスか。まだ在庫残ってたんだなここのメーカーの」


 すかさず彼女から、紙のライク品製の黄色い袋の口を向けられ、ザクロはは2~3枚ほどつまんで口に放り込む。


 小魚チップスのパッケージの表面には、完全養殖カタクチイワシ100%、と書いてあり、その下には、海洋生物保護活動に売上げの一部を寄付しています、と書かれていた。


「イラついてるときに良いんだよなこれ。うめぇし」

「でも倒産されてしまったんですよね、確か」

「まあただでさえ零細企業だったのに、工場燃やされちゃどうにもな……」

「せめて犯人が捕まるといいですね」

「おう。どっかのネジがぶっ飛んだ愛護団体だか保護団体だかがやった、みてぇなうわさも聞くが――」

「おうい、お嬢さん方」

「なんだじいさん」

「うっかり掃除機と間違えて機械の線抜いちゃってナァ。最初からやり直すからもう少し待っててな」

「……。はあッ!? テメ――」

「まあまあまあっ、クローさんっ」


 ガタッと立ち上がって掴みかかりかけたザクロは、すかさずヨルにチップスを口に入れられ、毒気を抜かれた様子で深く座り直した。

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