ロング・ランニング・エランズ 4

                    *



 翌朝。ジェイジェイから後5分でソウルジャズ号の駐艦ちゆうかんする19-98ブロックに到着する、と連絡を受けて、ザクロとヨルは彼の到着を艦の外で待っていた。


「――てなわけだ。別にコロニーで待ってても良いぞ」

「いえ、ご一緒します。〝勝手〟に」


 ザクロが今日の仕事を説明してどうするかを訊いたヨルは、全く悩む様子も無く楽しげなドヤ顔でそう言い、


「はっきり言うようになったじゃねえの」


 ザクロをニヤリとさせた。


「――ですけれど、なんだかすいません。私のせいでお手数をおかけしてしまって……」

「別にお前は悪かねえよ。仕事になってんだから結果オーライだ」


 反省した様子で俯くヨルの肩に手を回したザクロは、リキッドパイプをくわえながらそう言って気遣う。


「おめえさんにしちゃあ、随分あめぇんでねえの?」

「うっせーぞロッキー!」


 それを聞いていたロッキーがひょこっと顔を出して、いつも通りの高音ボイスでザクロをからかい、おお恐、と言って去っていった。


「へーい、持ってきたぜ姐さん……」

「時間ピッタリだな――って、そんだけかよ」


 それと入れ違いで、ジェイジェイが輸送用クーラーボックスを持ってきたが、ひと抱えサイズのそれ1つだけだった。


「まあ、1人分しかねえからこのサイズなわけだ」

「はー、そりゃ贅沢な事で。……『OG-2』? おいおいクソ遠いじゃねーか」


 ジェイジェイから荷札データを預かってその送り先を確認したザクロは、心底面倒くさそうな声を上げて彼を睨む。


 そのコロニーが浮かんでいる地点は小惑星帯の内側の縁辺りで、木星観光の拠点として開発され、そのまま廃れた老朽コロニーだけが複数残っているエリアだ。


「おうよ。燃料代だけでマイナスになっちまう」

「輸送費その分だけ増やせばいいだろ」

「もうその額で受けちまったんだよ」

「じゃあ断れよ」

「そうはいかねえんだ。大手なら出来るだろうがこちとら個人経営ですぜ」

「普段から安請け合いしてるからだぞ」

「反論の余地も無えや」


 輸送者登録を追加した事を確認すると、そんじゃ頼む、と言って、ジェイジェイは忙しそうに駐艦場から撤収していった。


 ザクロとヨルはソウルジャズ号の艦橋に移動して出発する準備に入る。


「そんなに遠いんですか?」

「おう、位置としちゃ真逆の小惑星帯しようわくせいたいだぜ」

「結構ありますね……」

「だろ? 速くて6時間コースだ」

「そんなに」

「まあそっち方向は短えワープゲート1つしかねえし」


 艦のエンジンを起動しているザクロからそれを聞かされ、隣に座るヨルは目をしばたかせる。


「だから待っててもいいと……」

「そういうこった」

「あっ、お供はしますよっ」

「あいよ」


 ザクロから確認されるより前にそう言った、ヨルの慌て顔を彼女のヘルメットのバイザー越しに見て、分かってる、という苦笑いをザクロは見せた。


「あ、ザクロさん。1つ言い忘れてた事があってですねっ」

「おやつか?」

「へっ?」

「……いや、スマン。続けてくれ」


 作業の手を止めないまま、ザクロは軽くジョークを挟んだが、ヨルが意味を考えてフリーズしたので申し訳なさげに言ってそう促す。


「あっはい。ええっと……これっ、見てください!」


 ヨルは船内服の右太股のポケットから、形状記憶合金製のカードを取り出した。


「お、3等航宙士免許か。最近ちょこちょこいねえと思ったら」


 それは宇宙船を動かすための免許で、右上にはヨル・クサカベという名前が、表情カッチカチな彼女の顔写真の横に刻印されている。


「はいっ。これで少しはクローさんの……、その、お手を煩わす機会が減るかと」

「それは良いけどよ。3等だと飛ばせるのコロニー周辺と一般航路だけだぞ。知っての通りオレぁ太陽系のどこへでも行くぜ?」

「あっ」


 カードの下の方にある該当欄を確認して、ヨルはやっとそれに気が付いた。


「なるほど、だから実技であまり遠くに行かなかったんですね……」

「まあ、追々1等取ればいいじゃねえの? 少なくとも無駄じゃねえだろ」

「はい……。ありがとうございます……」


 エンジンを起動させてチェックを終わらせたザクロは、すっかり意気消沈のヨルをそう言って慰める。


「ま、別に役に立とうとなんてしなくても良いぜ? いたけりゃいればいいさ」


 オレぁ割かし、来る者は拒まねえ方だからよ、と操縦桿を握ったザクロに流し目の笑みで言われ、ドキッとした様にヨルは身体を小さく震わせた。


 エアロック区画で外のゲートが開く時間待ち中、


「ふふ。なんだか久しぶりにこうやって2人で外に出ましたねぇ」


 ヨルはほくほくした顔を見せてそう言い、上機嫌でゆらゆらと左右に揺れていた。


「そんなウキウキするもんかね」

「はいっ。クローさんの操縦している様子が拝見できますからー」

「オレの? 変わってんな」


 やたらとキラキラしている表情をヨルに向けられ、ザクロはまんざらでもなさげにそう言った。




『好きなのよね。あなたが動かす船に乗ってるのって』

『別にそんな特別な事ァしてねぇぞ』

『そういうのが、よ』

『レイは本当よく分かんねえな』




「クローさん、ゲート開きましたよ」

「……おっ、サンキュー」


 ぼんやりしていたザクロはヨルの声で気づき、他の艦船から遅れてカタパルトで発進した。


 外地球を左手に見る方向に伸びる航路に並ぶ、定期的に光るブイに沿ってソウルジャズ号は航行を開始する。


 それからだいたい6時間後。ソウルジャズ号は『OG-2』の浮かぶ宙域にやって来た――はずだった。


「あ? 無えじゃねえか!」


 しかし、指定された座標には全く何も浮かんでいなかった。


「ふえっ!?」

「あ、スマン」


 3時間までは元気に喋っていたが、流石に言う事が無くなって爆睡していたヨルは、そのザクロのキレ声に跳ね起きた。

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