第7話 意地悪な男の子?

 今日は、市民フェスタの日。

 手伝いに行くだけなので、そんなにお金は必要ないけど、自分としては、何かいい物があったら買いたいなぁ。

 昨日、ママにその話をしたら、少しだけど、お小遣いをくれた。

 その時に、また児童館の本が無くなっていたらしいと話してくれた。

 私が持って行ったのは二週間前。

 でも私の家だけが寄付したわけではないので、どの本が無くなったのかは分からない。

 何だか腹立たしくて、吹奏楽部の手伝いが終わったら病院の方へ寄ってみよう。

 「白石さん、こっちよ。」

 七海先生に呼ばれて会場の側まで行くと、柑月中の手伝いの子達が数人固まっていた。その周りには吹奏楽部の人達がいる。

 手伝いの人達は、見た事はあっても、話した事がない人ばかりだ。

 「手伝いの生徒はこれで全員ね。部長、お願い。」

 七海先生が言うと、吹奏楽部の生徒達が整列し、一番右側にいた部長と呼ばれた人が一歩前に出て、私達に一礼した。

 「吹奏楽部の部長をしています、遠藤と言います。この度は手伝いをして下さるそうで、ありがとうございます。手伝いの内容は、この後、合同でする新光理科大付属中学校と手分けをしてやって頂きます。内容については、私から説明致します。今日一日、宜しくお願いします。」

 「宜しくお願いします。」

 吹奏楽部の全員に、最後はお願いされてしまった。それを茫然と見ていた私は、凄い、圧倒されてしまう。

 吹奏楽部は文化部なので、もっと大人しく動きのあまりないイメージがあったのだが、挨拶にしても動きにしてもきびきびとしていて、まるで、運動部のようだ。

 「では、手伝いの方は私と一緒に来ていただけますか?向こうで新光理科大付属中学校の手使いの方達と合流します。それから、説明しますので。」

 遠藤部長がテキパキと指示し、私達は彼女に言われるがままに着いて行く。

 舞台は仮設の舞台が作ってあり、その裏の公共の建物が舞台に出る人達の控えと、練習場所になっていて、教室二部屋分くらいの会議室みたいな場所に、新光理科大付属中学校の吹奏楽部の部員達と、手伝いの人達が談笑していた。

 「すいません、柑月女子中の吹部の部長をしている遠藤です。手伝いの人を連れて来ましたので、打ち合わせしたいのですが。」

 遠藤部長が声を掛けると、そこにいた男子達が一斉にこちらを向く。

 ある意味、圧巻と言うか怖いと言うか、日頃、女子しか見ていない自分達なので、これだけの人数の男子生徒に見られると、逆にどうしていいかの分からない。

 隣にいた女生徒など、顔が赤らんでいる。

 私もまた、じっと見られる恐怖から硬直してしまうのだ。

 それなのに、遠藤部長はそんなものはものともせず、相手学校の部長と話をしている。

 カッコいい。

 「ねぇ、君達、手伝いの人でしょう。俺達もそうだから、そうだな、紹介していく。名前も知らないようじゃ、一緒に手伝いに入る時、不便だし、おい、とも呼べないでから。俺は、桃田朔。基本はバスケ部だけど、今日は。」

 言っている途中で、頭にゴツンと拳骨が落ちた。そのまま、桃田くんは頭を抱え、しゃがんでしまう。

 「お前、何、軽くナンパしてんだ。俺が頼んだのは手伝い。恥ずかしいからやめろ。君達も気にしないでいいから、名前なんて知らなくても、出来るから。」

 「青葉、何言ってんだよ。一緒にやるなら、呼ばないといけない時だってあるだろう。だいたい俺、違う中学校なのに手伝いに来てるんだ、これくらいいいだろ。」

 「お前が暇だ暇だって言うからだろ。ちょうど人数足りなかったから、入れただけだ。嫌なら今すぐ帰れ。」

 「仕方ないじゃん。今、足捻挫してて、バスケ出来ないんだから。それに、俺、お前の許可で手伝いに来てるわけじゃねぇ、部長がいいって言ったからここにいるの。」

 「では、その部長から言わせてもらう。朔、青葉、静かにしようね。朔、特にお前は、お前の兄貴と俺が同級で友達だから、青葉に言われた時に、他校だけど人数足りなかったからオッケーしたわけ。暇で死にそうなんで、こき使ってくれていいから、そう兄貴にも言われてね。柑月女子中の皆さんに迷惑をかけないように、既に引き気味なんだけど、気にしないで下さい。だけど、朔の意見も確かになんで、苗字だけ、お互いに紹介しようか。俺は、新光理科大付属中学校三年で部長をしている、中塚大地。で、こいつが、桃田 朔、関東私立渚中学校一年、俺の友達の弟だ。そして、もう一人が、倉崎青葉、新光理科大付属中学校一年で吹奏楽部。」

 中塚部長から紹介されるとペコリ、二人共お辞儀をした。

 私はと言うと、体が強ばり、若干顔が青ざめてきたのか、血の気が引いてきた。

 「では、手伝いの人、苗字だけでいいから順番に言ってくれる。まず、うちの学校から。朔と青葉はもういい、俺が紹介したから。」

 相手校の手伝いの人の挨拶が済むと、こちらの番だとばかりに、遠藤部長が愛想よく自分達を見てきた。

 私の番は、三番目。

 でも、何だかとっても、気分が悪い。

 「ねぇ、君、顔色悪いけど大丈夫?」

 中塚部長が少ししゃがみ込み、顔を覗きこんでくる。

 多分、少し涙目になっていたかもしれない。軽く大丈夫だと、頷くと、私の番になっていた。

 「なら、本当に駄目そうな時は言って。」

 肩をポンポンと軽く叩き、一歩後ろに下がった。

 「白石と言います。一年生です、宜しくお願いします。」

 蚊の鳴くような声とは良く言ったもので、今の自分の状態がまさにそれだった。

 遠藤先輩が、こちらをチラリと見てくるのだが、じっと下を向く。とにかく、今の私に誰も触れないでほしい、のに、

 「あれ、どうした、白石瞳子。古典研究部だと、先輩にも意見を言う程、元気だって、如月が言っていたけど、今日は体調が悪いのかい?」

 担任で吹奏楽部の顧問、七海先生がひょこり入って来て、爆弾を落としてきた。

 私はと言うと、顔が本当に青ざめてきた。

 七海先生、何てことを!

 どうか気づきませんように、祈るような気持ちは無残にも砕かれた。

 「白石瞳子って、俺、小学生の時、一緒だったような。」

 目の前の男子が、ぶつぶつ言うのが聞こえる。

 「なぁ、俺の事、憶えてるか、俺は憶えてる、確か親父に・・・。」

 そのまま、喉が詰まったように次の言葉が出てこない。

 なにせ、私は思いっ切り、切れ長の目で睨んでしまったから。

 弟がよく、お姉ちゃんを怒らしたら、目がとっても怖いの、と失礼なことを言うほど、目力があるらしい。

 そのまま自己紹介が終わると、中塚部長と遠藤部長、七海先生から指示をもらい、私はピアノの譜めくりの係りになった。

 ピアノを習っている事もあるし、七海先生の、白石はしっかり者だから、その一言で決まってしまった。

 私としては、とっても嬉しい役回りだ。

 弾くのは、相手校の男子で、三年生の佐藤だと名乗った。

 背は、一八〇センチくらいあり、ほっそりとした色白さんで、手の指がとっても長くてしなやかだ。眼鏡をかけている分、童顔が隠れているけど、外したらカワイイ系の優しい顔立ちだと思う。

 凄い、ピアノがとってもよく似合う。

 私も弾くけど、弾いていると段々顔が強張ってくるらしい。自分では自覚は無いのだが、ピアノの先生からよく、眉間に皺が寄ってるわよ、ほらもっと楽しく、優しく、余裕をもって、そしたら顔に力も入らないから、そう言われる。

 だから、見た目からして羨ましいと思ってしまう。

 ほーっと、見とれていたら、佐藤さんが話しかけてくれた。

 「白石さんもピアノを習ってるんだって、ピアノが好きな人に譜めくりしてもらえるのは嬉しいよ。今日は宜しくね。」

 そう言って、ニッコリ笑ってくれる。

 「今日は宜しくお願いします。私の場合はどちらかと言うと惰性なんです。レッスンが好きって言うより、辞めるって言えないというか、でも、ピアノは好きなんです。鍵盤を押すと連動してハンマーが弦を押してくれる。そして、キレイな音を奏でる。強弱も出来るし、七オクターブの音域もある。凄い楽器だなぁって弾きながら思っちゃうんですよね。だから、自分が弾くより、上手な人が弾いてるのを聞いてる方が、実は好きなんです。」

 「そうなんだね、クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ、弱い音と強い音が出るチェンバロ。チェンバロは音の強弱は出来なかったから、ピアノは画期的だっただろうね。だけど、僕が上手いかどうかは別だよ。がっかりされないように、頑張って弾いてはみるけど。」

 満面の笑顔でガッツポーズをしてくれた。

 いいなぁ、何かいい感じの人だ。

 一人で、心の中がほんわかしている時に、

 「白石瞳子、俺の時とは態度が違い過ぎないか。」

 後ろを振り向くと、腕組をしてこちらを見ている、倉崎青葉がいた。

 せっかく、佐藤さんに癒されていた自分としては、とても不本意だ。

 「お前、絶対、俺の事憶えてるだろ。でないと、あんな恐ろしい目で睨まない。マジで心臓が止まるかと思った。」

 心底怖かったのか、話終えた後、身震いしている。 

 相変らず、失礼極まりない。

 「お久しぶり、倉崎君。では、御機嫌よう。」

 そそくさと逃げようとすると、進まない。二の腕を掴まれ、顔の近くまで引き寄せられた。

 近い、近いし。

 それに、嫌味なくらい相変らずカッコいい。

 顔全体が整っていて、目元が爽やかで吸い寄せられそうだ。髪の毛も私より柔らかそうで、天パーがあるのか、ふわっとした髪は、小顔でキリッとした顔によく似合っている。

 今も、モテるんだろうな。

 「お前、逃げるな。俺は睨まれた理由が分かるまで離さないからな。小学生の時も、同じような事があった。女子から睨まれるって、へこむんだからな。」

 それはモテ男で、そんな女子が、たまたまいなかったからでしょう。

 「別に、理由なんてない。睨んだって言うけど、もともと愛想のない目なの。手伝いに戻りたいから、手を離してくれる。」

 精一杯、相手の顔を見て言う。

 私だって、親父って言われて、とっても辛かったんだ。

 さっきも、それで私を思い出したような感じだったし、それがどれ程、嫌な事か男子には分からないんだ。

 だからって、ここで蒸し返したって、もっと嫌な気分になるだけだ。

 「あっそう、でも俺は納得してないからな。理由も分からないで睨まれるのは、さすがに気分が悪い。今度、同じ事があったら、とことん聞くからな。」

 そう言うと、自分の持ち場に帰って行った。

 私はと言うと、少しみじめ。

 確かに、理由はあるけど、言いたくない。

 自分のコンプレックスをくだらないと言われればそれまでだけど、でも自分にとっては大きな傷なのだ。 

 どうせ、もう会う事ないもの。

 「青葉が女子に絡むの、初めて見たな。君の事、気になるんだろうね。」

 横で、佐藤さんが手を口にあてて、少し笑っている。

 はぁ、そりゃ気になるでしょう、さすがにさっきの態度は無かったもの。

 自分でも分かっている。私って可愛くない。可愛い女子になりたいのに、性格も見た目も可愛くないのだ。

 何だか自己嫌悪。

 「白石さん、今日は宜しくね。」

 優しい笑顔で握手を求められ、いったん佐藤さんとは別れた。

 あー、自分もあんな風に、もっと笑顔で、包み込むように人と接する事が出来たらいいのに。

 そしたら、友達も出来る気がする。

 取り敢えず、今日を頑張ろう。

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