32話 中野柚希 ⑯

 高2 文化祭 当日


 花を調整するのに、ちょっと手間取っていた。


「水 少なかったな……。でも、よし、これでOK!!」 

「あっ!いたいた!」

美紀と恵が走ってきた。

「ゆき!早く体育館行こ!」

「えっ?だって、9時半からだよね〜。

まだ、8時だよ」

「それがさ〜、お客さん並び過ぎちゃって、時間より早く入れ始めんだってよ!早めに行かないと観れなくなっちゃいそうだよ!」

美紀が早口で言った。

「えっ!ほんとに!?」

「とにかく、行こう!」

「あっ、うん!」


3人で走りながら、恵が

「矢沢くんが王子さまやるって、前評判高いらしいよ!!」

と言った。

「そうなの〜?」

なんか、複雑。


走って、体育館に行ってみると、座席を前から順番に詰めて入れていて、もう半分くらい埋まっていた。

列に並び、座ることができたけど、かなり後ろの方の端っこだった。

もっと、前の方の真ん中で観たかったのにな〜。

こんな所で、観えるかな……


9時には、もういっぱいだった。


「わ〜!立ち見も入れて、いっぱいいっぱいだねー!」

「この体育館にこんなに人いるの初めて見たわ!!」

「ほんと!ギューギュー詰めで、何か息苦しいくらいだね!えいちゃん大丈夫かな」

 

お客様もいっぱいなので、30分早いですが、開演しますとアナウンスが入った。


体育館のギャラリーの窓にカーテンが閉められ、薄暗くなった。


ステージにライトが照らされ、BGMが流れる中、1年の女の子がカワイイ村娘の衣装で楽しそうに出てきた。

そのあと、キャーー!!と言う歓声と共に、王子さまの格好をした、えいちゃんが出てきた。


出てきただけで、この歓声。

ちょっと、複雑……

やっぱり、かっこよかった!

本当に王子さまだった。

たぶん、私は、他のみんなもそうかもしれないけど、目がハートになっていたと思う。


話は、佳境に入って、王子が村娘に自分の思いを告白するという。

不思議な気持ちだった。

舞台の上で、えいちゃんが別の人を好きだと、愛していると言っている。


王子は、村娘を抱き寄せて、頬にキスをした。


ギャーーーーーーーーーーーー!!!!!!


悲鳴に近いような叫び声が、体育館中に響き渡った。

私は、ただ呆然とそれをみていた。


「ゆき、大丈夫?」

隣の恵が声をかけてくれた。

「うん……」


芝居は終わった。

大きな拍手と歓声。

ハッピーエンドの素敵な話だった。


「大丈夫?」

今度は、美紀が聞いてきた。

「うん!大丈夫だよ。お芝居だから しょうがないね。ちょっと やりすぎだけど」

「だよねー!ギャーってすごかったね!」

「ほんと、ほんと」

その時、不思議となにか他人事のような気がした。


体育館を出て歩きながら、いろいろな視線が私に向けられているのを感じた。

“どうなの? ショックなの?”

“怒ってんの? 平気なの?”

“泣かないの? 別れれば?”


そんな興味津々の視線の中、私は平然を装いながら、美紀と恵と別れ、華道部の展示をしている家庭科の教室へ行った。


「キレイ!これ、好きだな!こんなブーケ持って結婚式あげたいな!」

恋人同士なのか、彼と手を繋いだ彼女がそう言った。

私の作品の前だった。

ありがとう  そう言いたかったけど、お邪魔になるのでやめておいた。






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