第17話 誕生日プレゼントはお揃いで
ゴールデンウィークに入り、何の予定もなく日は過ぎた。
今日は五月三日。
例年、明日の五月四日は父とふたりで誕生日会をやっていたのだが、今年はどうしても外せない出張が入ってしまい、今日の夕食時にプレゼントを渡された。
黒の革製腕時計。
それが十時を示している夜に、ニヤニヤしながらプレゼントを自室で眺めていた。誕生日会は無くなったが、これは嬉しい。
大事にしようと考えていたら、急に電話が鳴った。
画面表示には松葉さんの文字。連絡先を交換してから電話は初めてとなる。
「もしもし?」
『明日の十時、時計台集合、それじゃ』
「ちょ、ちょっと待ってください!」
『なによ! あたし電話嫌いなのよ! 録音されるかもだし』
「いや、操作もままならない僕じゃあ無理ですよ」
『明日あんた誕生日でしょ? だから何か買って?』
「ええぇっ!?」
誕生日にプレゼントを買わされるなんて聞いたことがない。
『勘違いするかもだから言っとくけど、美月が誕生日会やりたいっていうから三人で出掛けるだけだから。あたしは渋々だから』
「はあ」
『それじゃ――あ、それと絶対眼鏡掛けて来なさいよね? コンタクトNG』
「はい」
そうして電話は切られた。そんなに素顔が変なのかとガッカリしたが、そんなことより占い師に告げた時の誕生日を記憶してくれていたことが嬉しかった。相性抜群というあの占い結果が当たってくれれば良いけど、まあ無いな。
※※※
次の日、十時に時計台にいる。
すると前から、パンツスタイルとロングスカートの麗しきふたりの女の子が腕を組みながら歩いてきた。とても絵になるが、あれが僕の知り合いであることが驚きだ。
「チャオ~」
ベンチに座る僕の近くにふたりが立つと、周りの視線を一点に受ける。
「どうも」
「ねえ、愛莉はなんでまたロング? わたしと遊ぶ時はミニが多いじゃん」
黒ブラウスに赤ロングスカート。派手だが清楚、そんな感じだ。柊さんはいつも通りのジーンズ姿。制服以外でスカートを見たことがない。
「犬には肌見せ厳禁だから。いつ舐められるか分かんないし」
「そ、そんなことしませんから」
そう言えば、柊さんと計画したあの日は松葉さんはミニスカートだった。
「んじゃ、何買ってもらおっかな~♪」
「いやいや、主役は藤ヶ谷くんだから」
「好きな子にプレゼントあげるのがプレゼントなんじゃないのぉ♪」
「違うって。藤ヶ谷くん、何か欲しいものないの?」
「そうですねえ」
松葉さんが欲しい、と言ったら殺されるだろうし、腕時計はもらったし。
「どんだけ誕生日に苦悩してんのよ」
「いやしかし、なかなか」
「それじゃあ、色々見て良いのがあったら、って感じで」
「そうですね」
並木道を歩いて移動する。
「ここなんて良いんじゃない?」
松葉さんが指差すのは本屋。
「プレゼントに本とかないでしょ?」
「え~、記念に残ると思うよぉ、初お宝本」
「ええぇっ!?」
「ダメだって。藤ヶ谷くんは紳士なんだから」
「変態紳士ってのもいるけどぉ~」
「次行くよ!」
またしばらく歩くと、今度は柊さんが提案する。
「ここ良いじゃん」
男性向けのシルバーアクセサリー専門店。
「チャラ男にしてどうすんのよ?」
「あ、そっか」
「あ! でもでも~、首輪は必要かも~、飼い主に忠実になるヤツ」
「そんなもの付けませんよ」
何故か僕たちのそばで真っ赤になる柊さん。
「首輪の話題やめて」
「え? どしたの、美月?」
「今のお父さんが、お母さんに付けられてんの見たことあるから」
「引くわーー」
「やめて。そっとしておいてあげて」
仲が良いらしいが、少し風変わりな夫婦関係なのかもしれない。
またしばらくして松葉さんが言ってくる。
「あ、ちょっと待って、あたし、ここ寄ってく~」
「ええぇっ!?」
そこは派手なランジェリーショップ。その多くが布面積は少なく、女性客が多い。カップルもいるが、男性で入店できるとは肝っ玉が据わっている。
「ちょ、やめなよ、愛莉」
「でもでも~、犬の好みが知れるかも~♪」
急に柊さんの動きが止まる。
「折角の誕生日だし、選んでもらっちゃおっかな~」
「ええぇっ!?」
柊さんまで暴走し始めた。
「ささ、カモ~ン♪」
そう言って松葉さんが僕の腕を引っ張り、それにつられて柊さんも残った方の腕を引っ張る。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「ぷふふ、あはは」
「ぷふふ、ウケる~、童貞乙~」
ふたりは爆笑。そして何故か僕も笑う。いや、何故かじゃない、幸せだからだ。
またしばらく歩いていると、今度は僕の目が留まった。
「コレ……」
僕が立ち止まったことで、ふたりが近寄ってくる。
土産物店のような店の外に販売中の、ある物に魅入られていた。
「なにこれ?」
松葉さんが不思議そうに言った。
それは白い角砂糖の立体模型が先っぽに付いたキーホルダー。
「コレ、三人で付けませんか?」
「これって角砂糖だよね?」
柊さんが手に取って眺めている。
「はい。僕たちの部活――甘部を象徴してるみたいで」
「誕生日プレゼント、こんなんで良いの?」
白けた表情で松葉さんが言う。
「はい! 三人お揃いっていうのが嬉しくて」
「わたしも嬉しいかも」
「あたしは嬉しくないかもぉ」
「んじゃあ、わたしら二人で付けるよ。愛莉は仲間外れね?」
「……付けないとは言ってないから」
「よーっし、決まり! じゃあ、愛莉、半分お金」
そう言うと、三人分のキーホルダーをふたりが割り勘で購入してくれた。
購入してすぐ付けるつもりなのか、袋のないまま柊さんが持って来た。
「じゃあ、それぞれカギに付けよぉー」
それぞれが鞄から鍵を取り出す。
「あんまこっち見ないでくれますぅ~? 目でスペアキー作成されたら困るんで~」
「そんなこと出来ませんから」
全員が付け終わる。
「見せて見せて」
柊さんの指示で、手に載せた鍵を見せ合う。絆が深まった気がした。
それから随分時間が経った。
洋食屋で昼を食べ、公園をぶらぶらして、テイクアウトのデザートと飲み物を外のベンチで食べて。
本当に幸せな誕生日だ。
そんな夕暮れ、柊さんの電話が鳴り、その相手と話し終えてから告げられた。
「ごめん。お母さんから呼ばれた。わたし、先帰る」
「えー、犬とふたりきり危険なんですけど」
「そんなタイプじゃないこと知ってるくせに。じゃあね」
そう言って手を振って走って帰っていった。
「ねえ、ホテル行こっか♪」
「ええぇっ!?」
「冗談だっつーの。あたしも帰るわ」
「はい。今日は本当にありがとうございました」
お礼を言ってすぐ、
「あーー、待ってーー!」
突然叫び声が聞こえてきて、見てみると一匹の犬が走ってくるのが見える。
「え、え、なになに!?」
一心不乱に突き進んできた犬は松葉さんの足に必死にしがみ付いていた。
向こうから走ってくる親子に見覚えがある。
「おねーちゃん、ありがとー」
「あっ、あの時の」
少女はまだ気付いていなかったが、母親が先に僕の顔に気付き、そう言ってきた。
「どうも」
「だれ?」
挨拶をすると、すかさず松葉さんが聞いてくる。
「前に話した子犬の引き取り主です」
「え!?」
聞いてすぐに松葉さんが視線を足元に落とし、子犬を見やる。
「この子、先輩ちゃんと仲良くしてますよ。あれから少し大きくなったでしょ?」
「はい。幸せそうです」
激しく尻尾を振る様子に、松葉さんがしゃがみ込む。
「そっか。幸せか。よかったじゃん」
そう言いながら優しく抱き上げていた。
笑顔で手を振る親子と別れ、
「子犬、松葉さんのこと覚えてましたね?」
「そんなわけないじゃん」
「でも、こんなに沢山ひとがいる中で、真っ直ぐに松葉さんを目指した。ありがとうと言いたかったんでしょう」
すると、僕に背中を向けて少しだけ松葉さんが上を向いた。
「んじゃ、帰るわ。誕生日おめー」
松葉さんは後ろ手を振りながら帰っていった。最後の言葉、心なしか声が震えていた気がした。
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