第7話 帰宅部をやめました
約束通り三人分の玉子サンドを作った。分厚い玉子のものだ。
柊さんに一度弁当を渡して以来、その喜ぶ表情に影響されて三人分を続けている。いつも申し訳なさそうに謝ってくるけど、食べている時は幸せそのものだった。その顔を見ているだけで充分だ。
昼休み、本来ならひとり旅だったはずなのに、今日も三人時間が続いていた。
「どうぞ」
ふたりに箱を渡すと、ふたりが同時に蓋を開ける。
「うわあ、分厚い」
「ふーん、まあまあかな」
正反対のリアクションだが、食べた時は同じリアクションだった。食べ終わるにはそう時間は掛からなかった。
「あー、美味しかった。ありがと」
「どういたしまして」
柊さんからすぐに礼を受け、返事を送る。
「購買のサンドと変わんないかなー」
「めっちゃ頬張ってたくせに」
「まあ、お食事製造機としては置いてあげても良いかなって」
どれだけ言われようと、今この時間が幸せだ。
「よく言うよ。昨日マジ泣き寸前で走ってったくせに」
「はあ!?」
僕らは聞き慣れたその響きはクラスメイトには珍しく、その様子に気付いた松葉さんが切り返す。
「はあーー、ビックリしちゃったあーー。美月~、変なこと言わないでよ~」
「痛ッ! ちょ」
見ると、机の下で、柊さんの太ももがつねられている。以前、柊さんが顔をゆがませていたのはコレだったのだろう。
「それじゃあ、お礼してあげよっかなー♪」
柊さんの席から立ちあがった松葉さんが近付いてくる。またあの悪魔の囁きをやるつもりだろう。
いつも通りにギュッとされ、胸の感触を背中で味わっていると、
「どーもー」
微かな声でそう言われた。てっきり罵りだと思っていたから意外だった。玉子サンドを気に入ってくれたらしい。
また放課後、いつもの部屋。
この『いつもの部屋』という呼び名が長過ぎるという松葉さんからの苦情で、部屋名を考えることになり、三人で考えた末に決まったのが『
東館の三階という位置に割り振られた教室名は『E310』だった。東――East――の三階の十番目の部屋という意味だ。それに松葉さんが『良い砂糖』という語呂を合わせ、『甘い部屋』を更に省略したらそうなった。
そのため今では何か部活に所属しているかのような気分になっている。
「ねえ、連絡先交換しない?」
柊さんから提案された。
「あたしパース」
「なんで? 藤ヶ谷くん、友達じゃん」
「あれー? いつ友達になったのー?」
「いやいや、友達以外ありえなくない?」
「んーー、まあいいとこ犬じゃないの?」
「最低ね」
松葉さんを無視するように、柊さんは「スマホ出して」と言ってきた。
「いえ、僕はスマホは持ってなくて。これなんです」
ポケットから長年愛用している黒のガラケーを取り出して見せた。
「うわっ、ダッサーい。原始じーーん」
「良いじゃん、ガラケー。あんま見掛けないし新鮮」
「どうも」
松葉さんのエレガンスな白のスマホ、柊さんの女性らしい赤のスマホ、相当見劣りするのだが。
僕のガラケーと柊さんのスマホを、柊さんがひとりで巧みに操作させている。
「愛莉の連絡先も送っとくよー」
「はあ!? やめてよ勝手に。マーキングしてくるじゃない!」
「もう送っちゃった♪」
「ちょ、そのケータイ貸して!」
「ダメーー」
「頻繁に掛けてきたら鬱陶しいからッ! 犬のモーニングコールとか吐き気するッ」
奪い取ろうとする松葉さんを避けて、ガラケーが手元に戻ってきた。
「嫌だったら消します。松葉さんが嫌がることはしたくないので」
取っ組み合うふたりの手が止まる。
「どうすんの、愛莉?」
「……勝手にすれば。非常用のドーベルマン警報みたいに使えるかもだし」
「そういうヤバいことに巻き込まれるようなことをやめたら?」
「藤ヶ谷くん♪ 襲われそうになったらコレで呼べばギャング相手のサンドバッグになってくれるんだよね♪」
「は、はぃ」
松葉さんのためならと思うが、非常に怖い。命の危険を感じる。
「まっ、そう言ってるけど、愛莉はホントにヤバいとこには踏み込まないから大丈夫だろうけど」
「でもでも~、コレの安心感でタガが外れるかも~」
怖いけど、ひとの不幸は見たくない。松葉さんだけじゃなく、柊さんが襲われたとしても助けたい。友達のために捨てられるなら生きた命の使い方かもしれないし。
「約束します! ふたりが危険な目に遭ったら必ず駆けつけます。友達のためなら命は惜しくないので」
呆気に取られたようにふたりが僕を見る。なぜかどちらも頬の色が徐々に変わっていった。
「マジメ過ぎッ! 冗談だっつーのッ!」
「藤ヶ谷くん、どーもね」
連絡先を交換してから数分後、松葉さんから提案される。
「ねえ犬~、アレ運べる?」
指の先を目で追うと、そこには革製の長いソファが置かれていた。応接室の備品だろうか、相当重そうだ。それに周りにも上にも荷物が置かれ、運ぶのは骨が折れそうだ。
「あぁアレね。わたしも良いなーとは思ってたんだけど、女子ふたりじゃ無理だし」
「分かりました。やってみます」
「わあ、さすが男の子だあ。椅子引け、ワンワン♪」
頼られているのか馬鹿にされているのか判断が定かではないが、やってみよう。
ひとまず周りの荷物を退けていく。柊さんも持てそうなものを必死に運んでくれている。松葉さんはスマホ中。
随分と周りが開けたので、一旦箒と塵取りを使って掃除を始める。柊さんもゴミ箱を手に駆けつけて、僕の塵取りのゴミを受けてくれていた。松葉さんはスマホ中。
ようやくたどり着いたソファ。目立つ埃を取り払い、引っ張ってみる。少しばかり動いた。片側で柊さんが必死に引っ張っていたが動いていない。柊さんは赤い顔で額に汗を浮かべていた。恐らくは僕もだろう。松葉さんはスマホ中。額に汗は皆無である。
「あんたねえッ! 手伝いなさいよッ!」
「なんで美月が手伝ってんのか、こっちが聞きたいんだけど?」
「藤ヶ谷くんひとりで出来るわけないでしょ!」
「え~~、男の子なのに非力~~。やっぱお相手候補脱落~~」
「あんたね――ッ!!」
叱りに行こうとした柊さんがソファの近くに置かれた荷物に足を取られ、バランスを崩した。
「危ないッ!!」
咄嗟に抱き合う形で受け止めた。
「あ、ありがと」
どうにか倒れなくて本当によかった。
「なーにラブロマンスやってんのよ」
「はあ!? ち、違うから!」
すぐに柊さんが僕から離れて距離を取った。
「やだ~、美月真っ赤じゃ~ん♪」
「これは暑いからッ! さっきから汗流して作業してんの!」
「はいはい、いーから早くしてよ」
「愛莉も手伝ってよ!」
「手伝う義理ないんだけどー」
「友達でしょ? お願い」
そう言われて視線をスマホから外した松葉さんが溜息をついた。
そのあと、スマホを机に置いて、ようやくその重い腰をあげてくれた。
「じゃあ僕がこっちを引っ張るので、おふたりはそちらを」
「じゃあ、せーので行くよ?」
一斉に掛け声をして引っ張るが、
「ああん、ネイルが」
そのピンクに光る麗しいネイルを松葉さんが気にしている。
「ちょっと! 今ソファに触れてなかったじゃん!」
「あたし、お箸より重い物持てなくて」
「スマホ持ってたよね?」
気を取り直して、もう一度掛け声と同時に引っ張ると意外にもすんなりと移動していった。ソファがスムーズに移動していったこと以上に、柊さんよりも松葉さんの方が力強かったことが意外だった。
「最初からその怪力出しなさいよ」
「えーー、何のことーー。乙女わかんなーーい」
「愛莉は昔っから運動の成績も良いからね」
そこは確実に負けている。僕は運動音痴だから。
「神様に愛されちゃったあ♪」
「その天性の武器を悪用して、今じゃあ悪魔化してるけど」
「それじゃあ天使ちゃん、ファースト眠り行きまーーす!」
そう言うと松葉さんが黒の革ソファに仰向けで横になった。
「まあまあかな」
「代わってよ」
「すーすー」
「愛莉ッ! 嘘寝ッ!」
最後は和やかになったが、肉体的には相当つらかった。明日、筋肉痛だろうな。
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