第6話 食における試練

 今日は早朝四時起きだった。

 昨日の帰り際、松葉さんから挑戦状を叩きつけられた。「放課後のつまみ作ってきて。それもあたしが持って来るものに合うヤツ。何かは教えな~い」ということだったのだが、持ってくるものというのが食べ物なのか飲み物なのかすらも分からない。更には和食、中華、洋食のどれなのかも判別できない。

 悩む帰宅道で立ち寄った本屋で、ある本と出会った。『フランスの食』というものだったが、記憶にない母を感じたようだった。その本の中ほどに『リエット』というものがあった。ペースト状の料理だが、パンやクラッカーなどに付けると美味らしい。これなら食べ物、飲み物関係なく適応可能だと思い、半ばヤケ気味にレシピだけを記憶した。

 そして無事に完成したのだが、不安ばかりだ。松葉さんは僕を拒絶するために注文したはずだろうから、奇抜なものを持参してくるだろう。洋菓子ならまだしも、お汁粉や抹茶などだったら終わりだな。

 つまみが洋風なので、弁当はいつも通り和食にしておいた。




 それから時間が過ぎた放課後。またいつもの部屋に三人が集う。


「作ってきた~?」

「はい、一応」


 松葉さんの鞄の横に小ぶりな茶袋が置いてある。おそらくアレが持参品だろう。


「言い忘れたんだけど、もし合わない場合、二度とあたしに関わらないでね♪」

「え!?」

「愛莉! ズル過ぎ!」


 呆然とする僕の横で柊さんが怒りを露にさせていた。


「あとあと~、今からNG食材言いま~す♪ もしちょっとでも入ってたらアウト~♪」

「あんた、いつも後出しばっかじゃん!」


 非常にマズい。

 NG料理ならまだしも、NG食材なら入っている可能性が相当に高い。ベースになるような調味料などを提示されたら一巻の終わりだ。


「発表しまーす!…………た・ま・ご♪」

「はあ!? そんなの無理に――」

「入ってません!」


 最初、卵を使ったつまみも頭に描いた。オムレツなどの卵料理好きだと聞いていたから。だけど、それ以上にフランスのそれに魅了されたから避けられた。神様、ありがとうございます。


「チッ、あっそ」

「藤ヶ谷くん、グッジョブ!」


 キレる松葉さんと、親指を立てる柊さん。


「でもでも~、持って来たものに合うかな~? 藤ヶ谷くん、和が多いし~」


 茶の袋を持ち上げてアピールさせてくる。今の言い方だと洋物なのか。和を避けて良かったのかもしれない。


「じゃーん! ラスク~♪ 砂糖びっしりの甘々だから佃煮とかじゃあ合わな~い」


 いけるかもしれない。

 僕は鞄の中から瓶に詰めた物を取り出して机の上に置いた。


「なにコレ?」

「リエットという豚肉などを煮てペースト状にしたものです。パンに塗ったりするフランス料理です」

「はあ!?」

「あっ! 愛莉の持ってるソレ、フランスの国旗付いてるじゃん!」


 ラスクの袋のフランスマークを必死に隠す松葉さん。


「こんな時だけフランス人出してんじゃないっつーの!」

「すみません」

「負け、認めたら?」

「は? ルール聞いてた? あたしが合うかどうか判断するの」

「ズル! あんた、なに食べても合わない言うつもりでしょ」

「あれ~、よく聞こえな~い」


 瓶の蓋を開けて、持って来た銀のバタースプレッダーを手渡した。

 袋から取り出したラスクの先端に軽く松葉さんが載せる。

 さくりと音を立てて松葉さんがひと噛みした時だった。


「んふッ!」


 目を見開き、この世の終わりみたいな顔をしている。味見したはずだけど、合わなかったらしい。


「愛莉、どう?」

「へっ? んーー」


 戦いに負けたつもりだったのだが、なかなか判定が下らない。その様子を見ていた柊さんが、松葉さんの持つ袋からラスクを一枚取り出して、同じようにして食べていた。


「うわっ! なにこれ! 美味しっ!」


 いつも平静な柊さんがはしゃいでいる。


「結果はっぴょーう。…………合いま……せーーん!」

「はあ!? あんた美味しそうにしてたじゃん」

「チャオ~、モブ~♪」


 やっぱりダメだった。どれだけ寄り添おうとしても最初から好感度はゼロ、いやマイナス。素直に諦めようと思い、鞄を手に取って最後の会話をしてみる。


「分かりました。もうここへは来ません。教室でも関わらないようにします。すみませんでした」

「藤ヶ谷くん……っ。ねえ、あんたこれで良いのッ? あんたのこと理解してくれるひとなんて二度と現れないかもよッ?」

「さーて、合コン合コン♪」

「あんた、ホントバカッ! ずっとそうやって男と遊んで、捨てられてりゃあ良いわッ!」

「松葉さんは間違ってないです」

「え!?」


 僕が制止したことが信じられないというそんな顔を柊さんが示した。


「僕もお金の大切さを理解してますし、幸せはひとそれぞれですから。だけど……」


 そう言って真っ直ぐに松葉さんを見つめると、その時だけスマホから目を背け、僕の瞳を見てくれた。


「松葉さんと柊さんと過ごした時間、僕は幸せでした」


 もう涙が落ちそうだったから、僕は急いでふたりに背中を向けて部屋を出た。

 暗い廊下を歩きながら思う。新しい世界を一瞬だけふたりが教えてくれただけ。また以前のひとり旅に戻るだけだ。


「玉子サンドッ!!」

「――ッ!」


 急に怒鳴り声が背中に響き、ビクつきながら振り返った。


「明日のお弁当ッ! 分厚い玉子のサンドイッチッ! 作れんのッ?」


 走ってきたのか少しだけ肩が上下している松葉さんがそこに居た。


「はい、作ってきます」

「男がピーピー泣いてんじゃないわよ!」

「すみません。嬉しくて」


 そのまま背中を向けた松葉さんが言ってきた。


「また明日ッ!」


 走り去っていく背中を見て、またあの笑顔を明日も見られるのだと感じていた。

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