#0019 第二反省会 (3)【萌視点】




 最初は立って話していたあたしたちだけど、話が長くなるにつれて麗以外の3人はみんな床に座って話をしていた。


「……そろそろ話を戻してもいい?」


 ベッドの上から(主に)栞姉を見下ろし、冷めた口調で尋ねる麗。

 あたしたちは綾姉と葵さんのデートの経過報告を聞いていたのだった。



「あたしも、葵さんがどうやって綾姉をプリクラに連れ込んだのか早く知りたい」

「連れっ、あ、葵くんはそんなふしだらな男の子じゃないよっ! むしろ、わたしが葵くんにお願いして撮ってもらったの!」

「……え、綾姉が撮りたいって言ったの?」

「うん……」


 麗のベッド横の床にぺたりと座り込んでいる綾姉は照れくさそうにうなずくけど、あたしは綾姉の正気を疑っていた。


 いままでどんな男子の告白にも決して首を縦に振らなかった綾姉。

 その綾姉が、自分からプリクラを一緒に撮ってほしいなんて言うなんて。


 ……そんなこと学校の人にバレたら、綾姉のこと"天使"とか"聖女"とか言って崇めてる男子が戦争を起こしかねない。



「綾姉、大丈夫? どういう心境の変化なのか教えてよ」

「わ、わたしもあの時はちょっとどうかしてたかもしれないの。でも、あの時は……」


 あたしが綾姉に問い詰めると、綾姉はその時のことを教えてくれた。


 綾姉の言い分はこうだ。

 葵さんに服を買ってもらった綾姉は、流れでゲームセンターで遊んでたらしい。


 ……いや、その前にスイーツ食べたりヒーローショーみたり、どんだけデート楽しむんだよってくらい楽しんでたらしいけど。

 葵さんと綾姉は考えられる限り、映画館以外のほぼ全てを遊びつくしてる。


 ……カップルの理想的デートそのものだった。



 まあともかく、ふたりはゲームセンターにたどり着いたと。

 その時、綾姉はようやく麗の要望――「葵さんの写真を撮ってくる」というタスクを思い出したらしい。


「いや綾姉、どんだけ忘れてるの……」

「い、色々あったからっ! 葵くんといっぱいお話してるうちに忘れちゃって……」



 それで、葵さんにお願いを打ち明けると問題なく葵さんは承諾してくれて。

 ……その時、綾姉はゲーセンの一角を占めるプリクラコーナーが目について。


「――それで、葵さんに"あれやってみたい"って言ったの」

「いやいや、なんでそうなるの……」


 ベッドの上の麗が冷静にツッコむ。

 あたしも同じ気持ちだ。



「わたしも今思い返せば、なんであんなこと言っちゃったんだろうって思うの。……でも、一度でいいからやってみたくて」

「あたしに言ってくれればいつでも綾姉と撮ってあげるのに」

「……誰かとゲームセンター行って、初めてこんなに面白かったの。だから自然と、葵くんと撮りたいって言っちゃってた」

「それで、撮ったのがコレ」

「うぅ、恥ずかしいから見ないで……」


 あたしが綾姉の手の中にあるソレを覗き込むと、綾姉は隠そうとする。

 けれど、麗の「私に見せるための写真なんでしょ?」という再度の指摘には綾姉も観念して、ようやく差し出してくれた。

 綾姉、涙目になってる。



 撮った写真は全部で5枚だ。

 初めての割には、どの写真も違うポーズで撮れている。


 1枚目は葵さんと正面を向いてピース。

 綾姉の初々しい表情がとても微笑ましい。


 やっぱり綾姉みたいな正統派美少女は、余計なこと何もしないでいた方が可愛いさが映えるんだなと思ってしまう。

 "はじめて撮りました 恥ずかしいです……"という落書きの筆跡は綾姉のものだ。

 律儀に日付まで書いてあるのが、おっかしい……


 2枚目はウサギさんのポーズ、3枚目はお互いのほっぺをつんつん。

 どちらも普通にカップルっぽい。

 きっと慣れてない綾姉たちは機械からの声にそのまましたがっていたんだろう。



「……問題はこの4枚目! なんで葵と綾がこんな、抱き合ってなんかいるんだ!」


 栞姉のご指摘はごもっともだ。


 4枚目、あろうことか綾姉と葵さんはアツい抱擁をしている。

 ふたりは横向きのアングルで映っていて、小柄な綾姉は葵さんの胸元に完全に顔をうずめている。

 葵さんも男らしく綾姉のことしっかり抱きしめていて、何もしらない人が見たら完全にカップルにしか見えないだろう。


 こんなものを見せられた栞姉の心境はいかばかりか。

 ……さすがに、少し同情してしまう。



「なんでって言われても、わたしもよく分かんないよ……」

「あー。ポーズの指示に従っちゃったんだよね?」

「そう! そうなの。"ハグ!"って言われてどうしたらいいか分からなくて……」


 まあ予想通り、とっさの機転が利かなかった綾姉の暴走だ。

 ……いや、葵さんとプリクラ撮ってる時点ですでにだいぶ暴走だけどさ。



「ぷっ、あはははは!」


 ……だめだ、あたしはもう笑いがこみ上げて抑えられない。


「萌! 笑わないでくれ!」

「そ、そうだよ、恥ずかしいんだから……」

「だってさ、いくら言われたからって、こんないちゃらぶなハグする? 普通さ!」

「もう! だって突然だったから、そうするしかなかったんだもん」

「くっ、なんでボクだけこんなみじめな気持ちにならないといけないんだ……!」

「……」


 笑い転げるあたしに、耳まで赤く染めて弁解する綾姉。

 栞姉はなんだかムシャクシャを抑えきれてないし、麗は冷たすぎる目線で静観しているし。


 控えめに言ってカオスだ。

 収集つかない状態になっていた。



「それでさ、葵さんに抱きしめられてどうだった?」

「え、えっと……」

「そんなこと訊かなくていい!」


 あたしは、やっぱりそのプリクラに映ってる綾姉がおかしくて、ついつい綾姉に余計なことを訊いてしまう。

 綾姉はたぶん、あたしの質問で葵さんの胸の中の感触を思い出してるんだと思うけど、どんどん顔というか全身が火照っていってるのが目に見えてわかる。

 ……綾姉の反応が面白すぎる。



「葵さん、抱きしめる力強くなかった?」

「……うん。ぎゅーって感じだった」

「だよねー。葵さん背も高いし、強く抱きしめられると葵さんのものにされちゃった感じで、キュンってするよね」

「…………っ!」


 ああ、ついに恥ずかしさに耐えきれなくなった綾姉が、手で顔を覆ってしまった!

 姉ながらなんて可愛い反応……!

 あたしが男だったら悶絶して失神ものの可愛さだ。



「それだけ? 葵さんに抱きしめられた感想はもっとあるでしょ?」


 可愛い綾姉のこと、さらに問い詰めてみたくなるよね!


「綾姉の口から聞かせてよ」

「えっと……、抱きしめられたときの葵くんの匂いがカステラみたいに甘くてふんわりしてて、ドキドキするんだけどすごい落ち着くっていうか……」

「だってさ、栞姉」

「なっ、なんでボクに振るんだ!」

「いやー、この間あんだけ威勢よく"ボクは葵の恋人にしてもらう!"って宣言してたから、どんな気持ちかなーって」

「くやしいに決まってるじゃないか! なんで萌だけじゃなくて綾まで葵に抱きしめてもらってるんだ、そんなの意味不明だよっ!」

「綾姉、葵さんに抱きしめられてドキドキした?」

「……うん、すごいドキドキしたよ」

「綾も律儀に答えるのはやめてくれ!!」


 涙目で訴える栞姉のHPはもう瀕死状態だ。

 あー可愛い。



「栞姉も葵さんとデートしちゃえば? あたしらに先越されてそんなに悔しいならさ?」

「ああそうするさ! 言われなくてもそうさせてもらうね! だいたい、なんでボクだけコンサートの準備なんてやらないといけないんだ……!」

「まあ、ドンマイ?」

「……絶対、綾や萌よりも葵と仲良しになってみせる」

「ぷっ……」


 栞姉の台詞にあたしはまた吹き出してしまう。

 ……栞姉、初恋をますます変な方向に拗らせてない?


 まあいいや。栞姉可愛いから。



「……でさ、この最後の5枚目はなんで塗りつぶしてあるの?」

「こ、これはね……」


 綾姉と葵さんが撮った5枚目は、なぜか落書きのペンで大部分が塗りつぶされていた。

 その下に綾姉の筆跡で「見ないでください!!」って書いてある。


 そして、顔を覆ったまま言い淀む綾姉。

 綾姉はあまりの恥ずかしさに身体中が火照っているのが見ただけでわかる。

 ……何があったかだいたい想像はつく。


「綾姉、もしかして葵さんとキスしたの?」

「してない! そんなことしてないからっ!」

「そんなあからさまに強く否定されると、余計あやしいんだけど」

「してないってば!」


 塗り残してる部分から察するに、葵さんと綾姉は4枚目と同じように横向きで抱き合っている。

 心なしか綾姉が背伸びして葵さんに顔を近づけているように見える。


 キスしててもおかしくない構図だ。

 してないにしても、キス寸前の距離で見つめあっているんだろう。


 ……どちらにしろ綾姉には刺激強すぎたのか。

 塗りつぶして見えなくしちゃうわけだ。



「綾姉が男の子相手にこんな大胆なことするなんてすごいじゃん。見せてくれればよかったのに」

「……だから、あのときのわたしはどうかしてたの!」

「あのさ、葵さんとは恋愛禁止じゃなかったの?」


 ベッドの上で冷めた様子の麗が釘をさすように訊いてくる。


「葵さんと家族になるなら禁止。だけど、普段男っ気がまったくない綾姉がこんなに大胆になれたんだから、やったって思うじゃん。葵さんも、綾姉を連れ出してこんなにデート楽しんじゃうとかやっぱり特別だよ」

「……男みんな死んでほしい」

「わー、すごい男性嫌悪」


 あたしらの話の上でしか葵さんのことを知らない麗は、とんだ女たらし野郎だと思ってるのかな?

 ……実際、女の子キラーかもしれないけどさ。



「でも、綾姉のお洋服買ってくれたり麗のことも協力してくれるって言うし、すごい良い人ってのは間違いないよ。見た目だってさ、普通にかっこいいじゃん」

「……こんなプリクラで見せられても」

「ごめんね、やっぱりこんなのじゃ葵くんの見た目分からないよね……葵くんに謝って、また撮らせてもらわないと」


 綾姉がしおらしく麗にごめんしているけど、麗はむすっとしたままだ。

 そんな麗ももちろん可愛い。


 だけど、葵さんが良い人っていうところは否定しないあたり、あながち悪印象でもないんだと思う。


 さっきの一言は、素直じゃない麗だから出た言葉だよきっと。うん。



 ……あたしがそう納得していたとき、



「あのさ、この間の反省会の後で気づいてたんだけど、綾姉さんがわざわざ出向かなくても今この場で葵さんに自撮り送ってもらえばそれで済む話じゃん」



「「「あ……」」」



 麗以外の3人の誰も気づかない盲点に、あたしたちは固まるしかなかった。



「他にも綾姉さんが葵さんに話す用事があったから、ついでに撮ってきてもらえばいいやって思ってあえて指摘はしなかったんだけど」


 ――姉さんたち3人とも気づかなかったの?

 暗にそう言われている気がした。



 その手があったか……











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