#0006 顔合わせの後に (2)
「さっきあたしら姉妹のこと褒めてもらったので葵さんのことも褒めてあげます。今まで出会った男の人の中でトップクラスで、不躾な目であたしらのこと見てこなかったです」
萌はおれの隣りに座って、小悪魔な表情ででおれを見つめている。
「紳士的で結構好感もてましたよ」
「……いろんな人から見られて大変だね」
「もう慣れました。あたしらの運命みたいなものです」
そこまで言うということはよほど好奇の目に晒されているんだろう。
……だろうなあ。
同年代の女の子からものすごい嫉妬を生みそうな発言だけど、目の前の美貌はとても説得力がある。
「あたしたちが心配しているのは、新しく家族になった男の人に襲われないかっていうことなんです」
「直球すぎる」
でも、知らない男が家族になるっていうんだから間違ってない。
そのために今回の会を開催したんだろう。
「葵さんはご自身でどう思います? あたしらと家族になって、絶対に手を出さないって言えます?」
近い距離で見つめながら尋ねられる。
明るい声色とは裏腹に目は笑っていなくて、おれのことを見極めようという意思が伝わってくる。
つり目ぎみの切れ長の瞳はとても蠱惑的だった。
その輝きにドキリとしつつ、おれは少し考えてから、答える。
「……できる、と思う」
「理由とか訊いてもいいですか?」
おれが返答するとすかさず質問を続ける萌。
真剣におれの表情を伺っていた。
おれは言葉を慎重に選んだ。
「やっぱり……いちばんの理由は父さんたちかな。最初の結婚で失敗してからひとりでおれのこと育ててくれたから、好きな人と幸せになってほしいって思う。おれの一時の欲望を満たすために、家族みんなの平穏を台無しにはしたくないよ」
「じゃあ葵さん的には、あたしらがひとつ屋根の下で暮らしてても全く問題ないってことですか?」
「……正直、きついと思う。こんな可愛い女の子たちと同居って、傍から見たら美味しすぎるシチュエーションだし」
「正直ですね」
おれの率直な表現に、口角が自然と上がって笑みを浮かべる萌。
肩の方に垂れているふたつ結びの髪束が、かすかに揺れていた。
さっきの"顔合わせ会"の時、おれは初対面だった女の子たちのあまりの美貌にほとんど呆然自失状態になっていた。
透明感があって清廉なオーラをまとった天使のような女の子の、綾さん。
好奇心旺盛で、つねに変化し続けるにぎやかな表情と太陽みたいな笑顔が男女関係なく魅了してしまう栞。
そして、いま目の前にいて年下と思えない小悪魔な魅力をおれに向けてくる萌。
三者三様だけど3人ともが信じられないくらい可愛い。
正直いまも、気を抜くと目の前の桃色のくちびるを奪ってしまいたくなるような衝動がくすぶっている。
だけど、おれが言わなければいけない答えはその逆だ。
「……正直きついけど、約束するよ。おれは、萌とか栞、綾さんのことも同意なく襲うなんて真似は絶対にしない」
一時の快楽は得られるかもしれないけど、お互いに不幸になってしまう。
それだけはダメだとさすがに理解している。
「……そんなただの口約束、どうやって信じさせてくれるんです?」
「そこは、おれの言葉を信じてもらうほかないよ。姉妹でゆっくり考えてみれば良いんじゃないかな」
おれは、考えられる限りの誠実な態度を心がけていた。
でも目の前にいる萌は未だ満足していないようだった。
「あたしはもっと判断材料がほしいんです」
「判断材料?」
「葵さんと一緒に暮らしても大丈夫か決めるために、証拠集めに協力してもらいます♪」
萌はおれの方にに身体ごと視線をむけたかと思うと、四つで這い寄るよ体勢でこちらに寄ってくる。
いつの間にか履いていた靴は床に脱ぎ捨てられていて、決して大きくはないソファーの面積を占めることで否応なしにお互いの距離が近づいてしまった。
後退しようにも、おれの背後には部屋の壁があった。
見下ろすと、口端を釣り上げた小悪魔の表情でこちらを見上げていて。
――ゾクリと背筋を悪寒が走る。
「葵さん、今からちょっとしたゲームをしましょう」
「……ゲーム」
「あたしが今から葵さんのことをゆーわくします。耐えきれずにあたしに手を出したら葵さんの負け。耐えきったら葵さんの勝ちです」
「まって、何を……」
距離をつめられただけで既に頭がオーバーヒート気味だったおれは、とっさの理解が追いつかなかった。
萌はお構いなしにおれとの距離をさらに縮めてくる。
「葵さんの理性に強めの負荷をかけてみて、それでも襲わずに耐えきれるならきっと同居も平気なはずです」
「……カラオケ屋にきた理由ははじめからこれを狙って」
「ふたりきりで密室じゃないと思う存分楽しめませんから」
「主張は分かった。だけど、そのゲームをやるとあまりにも萌の身体が危険すぎるよ」
もし仮におれが萌の色香に陥落してしまった最悪の場合。
……その意味は考えるまでもない。
それだけはいけないと頭では分かっていたけれど、すでに理性が限界に近づいている。
「あたし、ちゃんと処女なので安心してくださいね?」
よつん這いのポーズで上目遣いという、これだけでも反則級の破壊力なのに。
大きめのTシャツという格好のせいで、重力にしたがって大きく開いた胸元からのぞかれる、たわわすぎるくらいに実った二つの果実と深い深いスリットがとてつもない引力で視線を釘付けにしてしまう。
レースがあしらわれたごついピンク色の下着が、重そうなおっぱいを支えていて……
って、何を見ているんだ。なけなしの気力をフルに使って目線を逸らす。
「あはは、見ても良いんですよ? 葵さんも男の人なら仕方ないですよ」
「……同居しても問題ないって言った手前、沽券があるよ」
「いまはあたしと葵さんしかいないんですし、そのくらいなら全然気にしませんよ? 見えるものを見ただけじゃないですか」
悪魔のような誘惑を囁かれる。
胸元を見ないよう目線をあげて、至近距離で見つめあうしかなくなってしまう。
心臓に悪すぎる……!
「どこからが萌のいう、手を出したということになるの?」
「んー、あんま決めてなかったんですけど。キス以上をアウトにしましょうか。ボディタッチとかはセーフで」
「気を許しすぎじゃない? 今日あったばかりだよね?」
「あたしが葵さんのこと気に入ったからやってるんです。なんなら、葵さんにだったら最後までいっても良いと思ってますよ?」
含み笑いを浮かべながら、とんでもないことを口にする萌。
その表情からは嘘か本当かは分からないけど、訊いただけで思考がぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。
「もし葵さんが我慢できずにあたしにキスかそれ以上しちゃったら、あたし葵さんの彼女になってあげます」
「はあああ!?」
比べ物にならない爆弾を投下してくる。
「言ったじゃないですか、葵さんのこと気に入ったって。それに、葵さんが負けるってことは、あたしのファーストキスとか処女とか、諸々ささげちゃうことになるので責任とるべきです♪」
「…………!」
「そのかわりあたしらと家族になる話は破棄、ですけど」
完全におれを挑発する不敵な表情。
とんでもない小悪魔だ!
「ちなみに、参加に拒否権はないですよ。あとあたしのゆーわくを躱したり抵抗しても負けです。その場合はあたしと付き合う権利も無くなると思ってください」
「いくらなんでも無茶苦茶すぎるよ!」
「あたしたちと同居するためには、そのくらいの無茶はやってもらわないと」
まだ始まっていない段階なのに既に理性が劣情に抗っている状態だ。
これは、かなりまずい勝負になるぞ……
「……拒否権、ないの」
「ないです♪」
「…………」
「あはは、観念しましたね。ゲームなんだから楽しまないと。っんん♪」
「まって、いきなりなにを……っ!」
萌は身体を起こすといきなりおれのひざの上に座ってきた!
「ふふ、まずは小手しらべですっ♪」
おれはソファに深めに腰をおろしていたのだけど、おれに背を向ける向きに乗っかってきた萌はそのまま背をあずけてくる。
太ももからお尻、背中までが服越しとはいえおれの身体と密着していて、女の子特有の柔らかい身体の感触が萌の全体重ぶんはっきりと伝わってくる。
ありえないくらいの刺激の強さに、脳内の理性が全開で警鐘を鳴らしまくる。
控えめに言ってやばすぎる……!!
「もしかしてもうツラいですか? この調子だと同居は到底できないですよ」
笑い交じりのおかしそうな声色で煽ってくる萌。
おれは耐えるのに必死でまともに返答すらできなかった。
萌は攻めの手を緩めない。
「大変なところひじょーに申し訳ないんですが、女の子がひざの上に乗ったら後ろから抱きしめるくらいのことはしてもらいます♪ ひざの上って案外不安定なんですよ?」
あろうことか萌はおれの両手を掴んで自分のおなか回りに抱きしめさせる。
おれに抵抗する暇なんて無く、そもそも抵抗は禁じられているからされるがままを受け入れるしかない。
ストロベリーの甘い匂いがダイレクトに鼻孔をくすぐる。それだけでもうクラクラしてしまう……!
いくら触覚をシャットアウトしようと努力しても、萌の感触はそれをあざ笑うようにこじ開けて理性をゆさぶってくる。
萌のおなかまわりはやわらかいながらも適度に引き締まっていて、何より信じられないくらい細くて。
逆に、肩越し見下ろすと尚わかってしまう発育。
いまおれがウエストのあたりを抱きしめていて、その大きさが一層強調されてしまう。
一体どんな、サイズなんだ……!?
「触っても良いんですよ? スキンシップはセーフなので」
こちらを見返してくる萌はからかうような笑みで、それでいて嬉しそうな口ぶりでもあって。
というか、再び至近距離で萌の美貌を直視してしまってそれだけで鼓動が暴走状態になってしまう。
長くて綺麗なまつ毛を瞬かせてこちらを見上げてくる。
ひざの上にのせてるのになお上目遣いという小柄さも男の征服欲をかき立てる。
というかどんだけ腰高なんだこの子……!
「あー、でも葵さんがどうなっちゃうんでしょう。ドコとは言いませんけど、随分と窮屈そうですし♪」
「……ッ!」
おれのカラダのある一部分は既に、ちょっと口に出すのも憚られるくらいの状態になっていた。
おたがいの身体が触れ合ってる状態だからもちろん相手に伝わってるんだろうけど、スルーせずわざわざ指摘されて、正直もう泣きそうだった。
「いや……触らない」
うしろから抱きしめただけでこんなにヤバい感触なのに、そのたわわな実に触れたら……、とか。
抱きしめている手を少し上に移動するだけでおっぱいに到達できてしまうとか。
本能で思考を埋め尽くされつつあった。
これ以上踏み込んだら絶対にダメだ。
さもなくば、完全に我を忘れて欲望のまま萌のことを貪りつくしてしまいそうだった。
「その割にはあたしを抱きしめる力つよすぎません?」
「……それだけ耐えてる、から」
「あはは、頑張りすぎですよ。こんなチャンスうちのクラスの男子だったら喉から手が出るほど欲しがるのに」
「一旦逆らうのをやめてしまうと、それ以上歯止めをかけられる自信がない」
「でも、あたしと付き合えるんだから全然悪くなくないですか? 個人的にはそっちの方がおススメなんですけど」
「……どうしてそこまでおれのことをそんなに買いかぶれるんだ?」
(半分は気を紛らわすためだけど)さっきから疑問だったことを訊く。
さっきは、おれのことを気に入ったから許せると言っていたけれど。
おれ、何か特別なことしただろうか。
少なくとも萌はひざの上に乗って後ろからハグされてもなんともなくて、さらにそれ以上もまんざらでもないような台詞を言っている。
おれの何が萌の琴線に触れているのだろう。そこが分からなかった。
萌はあっけらかんとしていた。
「葵さんがあたしの好みのタイプだからに決まってるじゃないですか」
「……嘘、でしょ?」
「本当ですよ。じゃあ具体的に言ってあげますけど、まず年上ってのがあたしの中の絶対条件なんです。何より振る舞いが大人っぽくて落ち着いているのが良いです。それでいてすごく話しやすいですし」
「それは……そんな人たくさんいると思うけど」
「いえ、少なくともあたしの周りには葵さんみたいな人はいないですね。みんな子供ばっかりです」
なんとなんく気恥ずかしい思いで目をそらしてしまう。
「それに、見た目だって全然悪くないですし。清潔感あって姿勢が良いので、普通にかっこいいですよ」
「……そんな特別なことはしてないつもりだけど。着てるのもただの制服だし」
「その分シンプルに素材の良さが引き立ってるんですよ」
にわかには信じられない。
こんなにストレートに好意を示されたことなんて初めてで、なんて返答するべきか分からなくなってしまう。
「それからこれが一番大事なんですけど、あたしのこと、というかあたしたちのこと全然カラダ目当てに見てないじゃないですか。それでいてこうして刺激するとちゃんと"反応"してくれるのが嬉しいんです。あたしのことちゃんと魅力的に思ってくれてるんだなって……あたしはこの状況かなり楽しんでるんですよ? 葵さんに後ろから抱きしめられてキュンキュンしちゃってるんです。――ココとか」
「っ……!!」
そう言ってウエストのあたりを抱きしめていたおれの手をそっと下に滑らせて、ちょうどおへその下らへんを触れさせる。
Tシャツの薄い生地越しにやわらかくてあたたかい手触りが伝わってくる。
……意味なんて考えてはいけない。
ソコがちょうど萌の何があるかとか絶対に考えてはいけない!
「それから、さっきからドキドキして鼓動も早くなってるんですよ……♪」
おれの片手を握って今度はゆっくりと上の方向へと滑らせて……
って、これ以上は本気でまずい!
おれはとっさに手を引き抜こうとする。が、
「だめですよ葵さん、抵抗したら負けって言いませんでしたっけ?」
もう一度こちらを振りかえって指摘される。
引き抜こうとした腕は萌のもう一方の手で抑え込まれてしまった。
大きな宝石みたいな瞳で射貫かれて、ニコニコしながら責めるような強い眼差しを向けられる。
絶体絶命だった。
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