恋は名目――⑦

***


『6/21 くもり


 最近、心臓がおかしい――』


『6/23 晴れのちくもり


 わたしの昼休みはぼっちで弁当を食べるだけだと思っていた諸君、残念ながらその予想は大外れだ――』


『6/24 雨


 雨の日というのは気が滅入るものだ――』


『6/25 くもりのち雨


 昨日に引き続き、今日も窓の外には雨雲が広がっている――』


『6/28 くもり


「夢宮」


 名前を呼ばれた瞬間、肩が跳ねる――』


『6/29 晴れ


 連日続いた曇り空から一転、その日は一歩動けば汗の流れるほどの快晴となった――』


『7/5 晴れ


 今更のように語るけれど、そしてわたしの自賛も含んでしまうので語るべきではないのだけれど、我が校は結構な進学校である――』


『7/7 曇り


 生憎の曇天に包まれた今日は、七夕だ――』


『7/8 晴れ 樋上くんの誕生日


 時間の流れというのは早いもので、気を抜けばあっと言う間に一日が終わっている。今日なんかは特にそうだった――』


『7/10 晴れ


 土曜日。学校は午前中だけで終わるので、いつもなら午後の全てを部屋に籠って読書やら昼寝やらに費やしているところだ――』


『7/11 晴れ


 高校生であるわたしたちは、基本的に保護者の管理下にある――』


『7/12 くもり


 同性婚を認めないことが、違憲か否かというやり取りが、昨今の日本ではちらほらと散見される――』


『7/26 晴れ


 夏である――』


『7/27 くもり


「…………」


 冷房の風に当てられながら、わたしは半ば引っ掻くように、ノートにシャーペンを走らせた――』


『7/28 晴れ


「…………」


 息をのむ――』


『7/29 雨


 喪失感。

 家に帰ってから、いや、美織の家を出た直後からずっと、胸の中を空白が占めている――』


***


 そこに綴られていたのは、他でもない、わたしの想いだった。

 どこまでも純粋な、恋心。それでしかなかった。

 あやふやで、曖昧で、けれども胸が苦しくなって。一日のはじめに会えたら嬉しくて。一日でも喋れなかったら悲しくて。そんな思いが日ごとに描かれた、甘酸っぱくてほろ苦い、わたしの一夏の、恋物語でしかなかった。

 夏の始まりに始まって、夏の終わりに終わった、恋の記録。日記をつける習慣は、小学生の時からのものなので、たまたまそうなっただけだけれど。それでもここにあるのは、わたしが確かに恋をしていた、確固たる証拠なのだから。

 だったら。だったら、さ。

 わたしには、その記録を終わらせる義務がある。

 記録は結果を書き切って、初めて意味が生まれるから。今からわたし自身の手で、終わらせなければならない。

 ここで投げ出してしまったら、それこそ今までの恋をしてきたわたしへの冒涜に、他ならないから。

 わたしがしなければならないのは、泣かないことじゃない。泣いてでも、泣きじゃくってでも、この思いをしっかりと終わらせることだ。自分の手で、描ききることだ。

 ぽたぽたと零れ落ちる液体も気にせず、わたしは一本のペンを取り出して、日記に書き込み始めた。


『8/21 晴れ 失恋記念日 柚月と樋上くんの交際開始日


 今日は待ちに待った、花火大会だった。

 普段、人が多いところは避けているわたしだけれど、しかし今日は避けるわけには

逃げるわけにはいかない理由があった。

 美織である。今日、美織はようやく、樋上くんに告白するのだ。

 思えばここまでの道のりは果てしなく長かった。花火大会の日に告白すると決めてからの一カ月、美織はことあるごとに連絡してきて、どれだけ怖いかとこれでもかと語られたし。ここに美織を諦めたわたしがいるのだから、諦めてさっさと幸せになってほしいものだ――』


 それからわたしは、十数ページに渡る思いの丈を書きなぐった。

 どれだけ美織が好きだったのかとか、そういうの。たまに樋上くんへの恨み言も入っちゃっているけど、それも仕方がない。それも含めて、多分「恋」だったから。


 日記を閉じようとして――思い直して、再び開く。


 そして最初のページに、こう付け加えた。


『夏が恋の季節だと言うのならば、その終わりはきっと、恋の終わりなのだろう。』


 日記の中にもあった、美織の言っていた一言を思い出したのだ。「夏は恋の季節」という一言を。


『だから――これは。』


 これは、この日記は。


『わたしの恋が終わるまでの、その記録だ。』


 わたしの恋の記録であり、思い出。その記録であり、その終わり。


 それだけ書き終えると、わたしは今度こそ日記を閉じ、本棚の奥へとしまった。

 ここにあったら、そのうち家を出て自立する時にでも、目に入るだろうから。

 その時のわたしに、この日記を読んでほしいから。


 いつかわたしが、この日記を見返したとき――そう、


 いつか君が思い出になったら、その時にでも。


 昔のことだって、笑い話にできるように。


 わたしは今、この気持ちを。この夏を。この恋を。

 終わらせたのだ。

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