恋は名目――④

 数分して、有象無象の紛れた樋上くんの頭が見えた。

 こういう時、身長が高いのは便利である。他の人から頭半個分高いと、非常に見つけやすい。

 その隣にいる女の子は、周りと同じくらいの身長のため、姿は見えても表情は伺えなかったが。

 二人の間には、拳一つ分の距離。時折、美織が押された風を装って肩を近づけるが、それもすぐに離れてしまう。

 人の流れが少し進んで、ようやくちらりと見つかった美織の横顔は、酷く紅潮していた。祭りの熱気に当てられたのか、恋の熱気に当てられたのか。どのみち夏によってもたらされたものなのだろう。

 そういえば、先日泊まりに行ったとき、美織は「夏は恋の季節」と言っていた。美織が言わずとも、わたしとて何度も聞いたことのある表現ではあるが、考えてみればなるほど理にかなっている。

 まず、春。別れの、もしくは出会いの季節。別れの方は思いを伝えるのに適当に思えるが、もし仮にめでたくカップル成立したとしても、その先に待っているのは別れてしかない。交際一日で遠距離恋愛。わたしなら普通に嫌だ。出会ってすぐなら、それこそ一目惚れでないと告白なんて起きないし、恋の季節には程遠い。

 夏を飛ばして、秋。文化祭や体育祭などの行事ごとが多くあるので(夏にあるところも存在するらしいが、わたしの通う高校では秋に行う)、距離は近くなりやすいだろう。だが、決定的なイベントがない。別れだったり、祭りだったりの、好意を伝えるのに最適なイベントが。よって却下。

 冬。雪の積もったクリスマスツリーはさぞかし素敵だろうし、肌寒い日は人肌も恋しくなるだろう。一見すると恋の季節にふさわしいように思えるが、ちょっと待ってほしい。秋と違ってクリスマスは告白に適しているが、そもそもクリスマスに出かける約束を取り付けられる時点で、ほとんど両思いのようなものである。それはもう、恋ではなくて愛だ、愛。一方通行じゃなくて、双方から思いを寄せ合う。S極とN極のように、引きつけ合っているのだから。恋ではなく、こう言うべきだろう。『愛の季節』と。


 最後に夏。照りつける日差し、たらりと汗の流れた首筋のなんと美しいこと……おっと。別に私が美織をそんな目で見てるってわけじゃないからね? あくまで一般論として、だ。照れながら水着姿を見せてくれる様も可愛いし、薄着なので肌の露出面積も増える。この時点でまず夏は最高。ずっと夏のままでいい。あとは気温と湿度さえもう少し控えめなら……! それだと薄着の必要もなくなるので、難しいところだが。

 おまけに夏祭りというイベントもある。花火大会。何度も何度もしつこいくらいに言うように、告白にこれほど適したイベントもない。むしろ告白するならここしかない。お互いに開放的になり、頬の暑さが太陽によるものか隣の彼or彼女によるものか、分からなくなる。恋が始まる条件も揃っているし、散っていく花火の中、思いを伝え合うというロマンチックなこともできてしまう。最高では?


 さて。夏が恋の季節──恋をするに最適な季節だという証明をQEDしてしまったところで、美織と樋上くんは辺りを見渡し始めた。いけないけない。そういえばわたしは、先の方で待ってるから、と言ってあったのだった。次なる一手を打たねば、二人の関係は進まない。


 木の影に隠れて(浴衣が傷つかないように気をつけながらだ)、美織とのLINEを開く。


『ごめん! お父さんが事故にあって入院することになったから、今日は帰る! ほんとごめん!』


 すまん、父よ。

 心の中で詫びながら平然と嘘を書き連ね、送信ボタンをタップする。人が多いせいなのか数秒のラグがあってから、無事に届いたメッセージに、すぐさま既読がついた。


『全然いいよ〜おだいじにね』


 現実の美織の方を見ると、面白いくらいに狼狽えていた。これからずっと二人きりという状況に。


『頑張って! 応援してる!』


 返事をして、わたしはスマホの電源を落とした。

 美織からLINEがくると、どうしても反応してしまうから。今すぐに返信して、実際に喋っているかのようなラリーを楽しみたくなってしまうから。

 だが今それをしてしまうと、不自然になってしまうだろう。普通の人なら、親が事故にあったらスマホを気にする余裕なんてないはずだ。だから今は、事故のことが嘘とはいえ、スマホが気にならないように電源を落とすしかなかった。美織からの返信が見れないのは辛いけど。


 さて。これで本格的に美織と樋上くんは二人きりだ。事前に美織には、二人きりになったらガンガン押していけと強めに言ってあるので、頑張ってくれるはず。きっと。多分。

 帰り道で告白する計画を立てていた美織だけれど、もし万が一わたしがはぐれて二人きりになったら、その時に告白してもOKとも言ってある。花火の前での告白の有用性についても熱弁しておいた。ピースは揃っている。


 花火が打ち上がるまで、あと数十分。

 それはきっと美織の恋の終わり。恋が終わって、愛が始まる瞬間だ。

 同時に、その時刻は。

 わたしの恋が消えて無くなる、タイムリミットでもあるけれど。

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