恋は名目――③

 花火大会の会場は、はたして人で埋め尽くされていた。

 屋台の前にはぎっしりと人が詰め込まれ、まともに身動きすら取れない。かき氷の屋台を見つけた美織がもがもがと手足を動かしても、人混みに飲まれるだけで望みの方向へは一歩も近づけない。


「すっごい人の量だね……」


 隣で小さくなっている美織がささやく。ちなみに逆サイドには樋上くん。おいなんでだ。ポジション逆だろ。

 ……この期に及んで、まだ怯えている美織だった。気持ちは分かるけど。多分わたしも、告白する側となったらこんな風に縮こまってしまうだろう。

 そもそも告白とは、一定以上の関係を築いたうえで行われるはずだ。たまに一目惚れとかで出会った二秒後に告りだす阿呆もいるらしいが、相手の内面を知らないで好きになるなどわたしの中ではあり得ないのでこの場合は例外とする。

 閑話休題。ともかく告白をするには、相手と友人と呼ばれる関係になり、何が好きで何が嫌いとか、どういうタイミングで喜ぶのか、はたまた怒るのか。休みの日はどう過ごしてるかとか、あるいはちょっと気が合うからとか、そういう細かいことの積み重ねがあった後で起こり得るイベントなのだ。

 であれば、告白とはその関係をリセットする行為に他ならない。彼氏彼女とは「友人」とはベクトルの違う仲を指すし、それを断られた場合、一部の例を除いて今まで作り上げてきた関係は一気に崩れ去る。その関係が深ければ深いほど、崩壊した際のダメージも比例して大きくなることも、想像に難くない。


 美織と樋上くんは幼なじみだ。小さいころから一緒にいて、高校生になった今でもそれが続いている。もしもそれが瓦解してしまえば、きっと二度と修復なんてできないし、美織は立ち直れなくなる可能性だってある。


 それほどまでに深い仲なのだから、一緒に夏祭りにきたことよりも恐怖が頭を占領してしまうことも、仕方がないのだろう。


 しかし、それが何だって言うんだ。

 そんな恐怖、乗り越えて人類は繁殖してきたのだから。美織だって、その恐怖の向こう側で生まれたのだから。来るべき時が来てしまったのだから、美織も勝たなければならない。恐怖に。

 ……その恐怖に不戦敗をもらっているわたしが言うべきことでは、絶対にないけれども。

 ともかく美織には、樋上くんと幸せになってほしいのだ。わたしの分まで。醜いかぎりのエゴではあるが、それでもエゴをぶつけていないと、とてもやりきれなかった。


 それにしても、舐めていた。夏祭りを。考えてみれば、この地域で一番大きなイベントなのだから、人が集まるのは必然も必然なのだが。

 人が多いからイベントの規模が大きくなるのだし。

 果たしてこの状態で、花火が見えるのか。わたしのように一般的な女子高生くらいの身長しかないと、周りの頭で何も見えなくなってしまう気がする。

 ……どうでもいいけど。

 問題は、わたしの身長で花火が見えるのかどうかではなくて、その状態で声が聞こえるかどうかだ。

 夏の終わりも近い今日、花火大会。散っていく花々はロマンチックの固まりといっていいだろう。


 だから今日という日は、ぴったしなのだ。

 彼女が告白するのに。


 花火がうち上がるまで、あと40分ほど。それまでは屋台を巡りながらゆったりと過ごす予定だったが、それも無理そうだし。仕方ない、早々に戦線を離脱するとしよう。


「──あっ」


 わざとらしく呟いて、わたしは人の波にさらわれたふりをする。そのまま流されていき、人混みからはずれた屋台裏の、木々の中へと逃げ隠れた。


 これであの二人の間に邪魔者はいなくなった。あとは遠目から見守るだけである。見守ろうにも、人が多すぎて姿が見あたらないけども。

 もう少し先に目を向けると、少しずつ渋滞が緩和していっている。フランクフルトの屋台あたりで待機していれば、美織たちを見つけることができるだろう。

 とり急ぎ、発破だけかけておこうかな。

 充電がわずかなスマホをとりだし、美織にメッセージを送る。


『先のほうで待ってるから、二人きりのうちに樋上くんにアッタクしなよ!』

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