恋は名目――②

 わたしが着させられたのは、青の布地に白いアネモネが描かれたものだった。

 無駄に長い髪はかんざしでまとめられ(浴衣と同様に美織のものだ)、鏡に写るわたしは……、いつもとは、別人に見えた。

 赤く染まった頬は、化粧の色なのか、それとも。

 まさか浴衣を着るのが、こんなにも照れるものだとは。胸が大きいと浴衣は映えないらしいが、存外いけるぞ、わたしでも。よもやEカップが大きいのうちに入らないはずもないし。

 いやまあ、美織の化粧技術もあるのだろうが。目鼻立ちがもはや夢宮星火とは別人である。

 なにこの白い肌。白日の下にさらされる機会こそ少ないが、日焼け止めも塗らなければスキンケアに力を入れることもないわたしは日焼けをして白からはほど遠い色になっているはずなのだが。

 なにこのぱっちり二重。わたし、一重なんだけど。世の中には一重や奥二重をこのような二重にしてしまえる魔法があるらしいが(ただのアイプチ)、どうやら美織は魔法使いだったようだ。

 

 当然、着付けなんてできないのですべて美織にやってもらった訳だが、その間べたべたと美織に身体を触られることになるので、煩悩を追い払うのに多大な苦労を払ったわたしである。


 ……閑話休題、樋上くんとの待ち合わせまで、あと十分ほどだ。


「そろそろ行く?」


 時計に目線をやりながら言うと、美織の表情がわずかにひきつった。


「えっと……まだ行かなくていいんじゃない? 十分後くらいに出よ?」

「告白直前の待ち合わせで遅刻しようとしないで」


 緊張する気持ちはわかるが……なにせ、告白とは今まで気づいてきた関係を粉々に砕くためにあるものだから。美織の場合、成功率は非常に高いだろうが、それでも振られた時のことを考えれば不安になるのも仕方がないだろう。

 どうあがいても、一度言葉にしてしまえば、決して告白する前の関係には戻れないのだから。


「ええ……、ほ、ほんとにするの……?」

「今更怖じ気づいてどうすんの。昨日あれだけ励ましてあげたのに」


 この女、昨日の夜に電話をかけてきて、いかに告白するのが怖いかを五時間かけて喋り尽くした女である。そしてそれをなだめるのに三時間を要した。おかげで今日は寝不足だ。

 ……まったく。好きな人にほかの人が好きだという話を延々と聞かされる身にもなってほしい。切実に。本当に。マジで。お願いだから。もうやめて?

 付き合ったら付き合ったで、おそらく初デートの前日などにはまたこうした相談をされるのだろう。『友達』である以上、それに付き合わないわけにもいかないんだけど。

 それに、わたしも彼女にとってそういう存在であると決めた。

 友達として、一番近くにいると。そのためなら、この気持ちを飲み込んで見せる、と。

 この一ヶ月、何度も何度も自分に言い聞かせてきたことだ。そうでないと、決心が揺らいでしまいそうだったから。

 ひたすらに書き殴ったあのノートのページたちも無駄にしたくないし。


「美織」


 渋々といった様子で玄関へ向かう美織を、呼び止めた。

 振り向いた彼女に、わたしはふっと微笑んで見せる。今までで一番の笑顔で。いつよりも綺麗な彼女に送る、わたしの精一杯の懺悔で、告白を。


「頑張って。応援してる」


 それはきっと、紛れもなくわたしの本心から出た言葉であったと、信じたい。

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