恋は寓目――⑪

「ううっ、酷い目にあった……」


 生暖かい風に吹かれながら、わたしは泣き言を漏らした。


「ごめんごめん、星火の反応が面白くって、つい」


 あはは、と笑いながら言う美織の言葉には、申し訳ないという感情は込められていなさそうだ。反省の色も汗と一緒に洗い流してしまったらしい。


「それにしても、星火ってほんと癖毛だよね」


 言いながら、生乾きのわたしの髪を指で梳く美織。

 あの後ーーお風呂場で美織の胸いじりから逃れられずにのぼせてぶっ倒れた後、お詫びなのか別の理由があってなのか、わたしの髪は美織によって乾かされていた。


「美織みたいなストレートが羨ましいよ。わたし、ヘアアイロンとかで頑張ってみても全然まっすぐにならないし」


 髪が乾くに連れ、鏡の中のわたしが表面積を増していく。


「うちは代々直毛の家系だからねー」


 わたしよりも先に髪を乾かした美織(わたしが気を失っている間に乾かしたらしい)のシルエットは、体型通りすらりとしていて、はねも縮れ毛も見あたらない、つやつやのまっすぐだ。

 普段はツインアップにしている美織だが、お風呂上がりということもあり今は髪を下ろしている。いつもとのギャップに胸がどきどきするし、好きな人に髪を乾かしてもらうという理想の状況に、先ほどから頬の火照りが止まない。

 今がお風呂上がりでよかった。

 顔の赤さを、誤魔化せるから。


「ねね、ちょっと遊んでみてもいい?」


 あらかた髪を乾かし終えたあたりで、美織は目をキラキラさせながら言った。


「遊ぶって、なにで?」

「星火の髪。いろんな髪型にしてみたいなって」


 ……もしかして今日、わたしの命日だったりする?

 髪を乾かしてもらうだけで僥倖も僥倖だというのに、あまつさえこれ以上にぺたぺた触られるだって? そんなの、迷う余地もないだろう。


「いーー」


 ーーいけど、と続けようとして、思いとどまる。

 迷う余地がない? 本当に?

 よく考えろ、わたし。確かに美織に触れられるというのは幸せなことだが、鏡に写る自分のゆるみにゆるんだ表情を見ろ。なんだこの不自然なまでの赤さは。今はまだ、お風呂を出てからそう時間も経っていないが、これ以上この紅潮が止まなければ、美織も不審に思うだろう。

 そうなれば、恐れていた事態に陥る可能性がある。


 好きバレ。である。


 だめだ……どう考えても顔の火照りを冷ますビジョンが見えない……ここは断べきか……?

 しかし美織に髪をいじってもらえる、この先の人生で二度とない機会であることもまた事実。


 一長一短、メリットとデメリットがせめぎ合っていた。

 どちらを選ぶのが正解か、あと数秒で決めなければならない。これ以上黙りこくっているのは、それこそ不審に思われかねない。

 うーむ、どうすればいいんだ……?


「…………………………………………い、いいよ?」


 さんざん迷った挙げ句、わたしは絞り出すように答えた。


「じゃあ星火、覚悟してね?」

「ーーえ?」


 後からわたしは、この返事を後悔することとなる。

 美織の「ちょっと」は、明らかに度を越していたからーー具体的には二時間くらい遊ばれ続けた。

 長々と綴るのはキツいものがあるので(お風呂に引き続き大量にセクハラされた)、ダイジェストで紹介していくことにしよう。


 まず、普段の美織と同じツインアップ。同じ髪型だというのに、もじゃもじゃのわたしがやると随分と印象が違って見えた。

 その次にポニーテール。ろくに手入れのされていない馬の尻尾にしかならなかった。

 三つ目に選ばれた髪型はハーフアップ。四つ目がサイドテール。以降もサイドアップ、ツインテール、おさげ、etc……。


 すっかり日の落ちたころ、美織のお腹が鳴ったのが、終わりの合図となって、わたしはようやく解放されたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る