恋は寓目――⑩

 吹き出しそうなほどに逸る血流が、自身の限界を告げてくる。

 だがまだ負けるわけにはいかない。美織にわたしの裸を見られないためには、そうするしかないのだ。

 隣の美織を見ると、涼しそうな顔で肩まで浸かっている。まだ入ってきて数分しか経っていないので、美織が余裕なのは当然だろうが。


「星火ってさー」

「は、はいナンデショウ!」


 声が裏返った。美織はくすっと笑い声をもらして、続ける。


「お風呂は長い人?」


 正確な時間は分からないが、わたしがお風呂に入ってからもう40分ほど経っているだろうか。いつもはろくに温もりもせずに出てしまうわたしだが、今日は美織の家ということで長湯をしているだけだ。

 だがここで違うと答えてしまえば、怪しまれることは間違いない。


「うん、いつも一時間くらい入ってるかな」

「へー、わたしは10分くらいですぐ出ちゃうタイプ」


 わたしも!! 本当は!! そっちです!! 

 心の中で絶叫する。よもや声に出すわけにもいかないし。

 美織に嘘を吐きまくっている自分を心の底から嫌っていると、美織の手が伸びてきて、わたしの腕に触れた。


「前から思ってたんだけど、星火ってさー」


 ぞ、と悪寒を感じて逃げようとしたときには、もう遅かった。


「胸、でかいよね?」


 腕を通り越して胸まで伸びてきた美織の手は、なんのためらいもなく、わたしの胸を揉みしだくように、両手で鷲掴みにしてくる。


「み、美織!?」


 わたしが慌てようとお構いなし。胸に食い込んでいく美織の指は止まらない。


「羨ましいなあ、このおっぱい。どうやったらこんなに育つんだか」


 言いながら、美織は指をスライドさせてビンカンな部分をつまんだ。


「んあッ!」


 嬌声が無数に反響する。

 確かにわたしの喉から出た声なのだけれど、しかしあまりに糖度の高いその声は、およそ自分のものだとは思えなかった。


「ちょ、美織、ほんと、やめ……」

「ええい、こんなに大きいのを毎日目の前でぶらぶらさせられる私の身にもなれ! こちとら万年Aカップだぞ!」


 美織はラリアットでもキメるように、わたしの顔を自分の胸板へと押し付けた。文字通り、『板』のような胸に……。


「……なんか失礼なことを思われてる気がする」

「そ、そんなことないよ?」


 あはは、と笑ってごまかす。胸中を見透かされた気まずさと、好きな人の胸を顔で味わった恥ずかしさを、覆い隠すように。


「だったらいいんだけどなあ……」


 美織は自分の胸に両手を当て、心底憂鬱そうにため息を吐いた。

 恐らくずっとコンプレックスだったのだろう。小さい胸と言うのは。どれだけくびれがあったところで、出るところが出ていなければただの細い人に見えてしまうし。

 逆にわたしは、この胸がコンプレックスだったりするのだが。

 なにせこの胸、結構な視線を集めてしまうのだ。日本人の平均に比べればかなり大きいので、電車に乗った日なんかは目立ってしまうのだ。目の死んだサラリーマンが、おもちゃ箱を前にした子供のように目を輝かせるのを見たときなんか、気持ち悪くて仕方がなかったし。

 周りからの視線を感じないために前髪を極限まで伸ばして目を隠している(わたしは髪の隙間から覗くことができる)わたしにとって、嫌でも周りに見られてしまうこの胸は、コンプレックスの塊と言ってもいいくらいだ。消し去れるものなら今すぐ消し去りたいし、美織にプレゼントできるのなら迷わず送り付けたい。


「つかぬことをお聞きしますが、星火さん」

「なに、改まって」


 珍しく真面目な顔をした美織が、耳元に口を近づけてきた。


「おっぱい、何カップですか……?」


 ……………………。なるほどなるほど。美織にとっては、気になって気になって夜も眠れないくらいの問題だろう。友人かつ巨乳であるわたしのバストサイズは。

 恥ずかしいが、先ほど美織も「Aカップ」と言ってくれたので、ここは包み隠さずに言うべきなのだろう。


「えっと、この間測ったときは…………」


 深呼吸して、わたしは美織に倣って耳打ちをした。

 ゆっくりと美織から距離を取ると、美織の顔が驚愕に震えているのが見て取れる。


「い、いー、ですと……?」


 わなわなと。怒りに震えるように、美織は拳を握り締めた。


「敵……星火は敵だ……敵なんだ……」


 曇りに曇った表情から、ぶつぶつと独り言のように呟く美織。


「お、落ち着いて美織! 美織もまだこれから大きくなるよ! 多分きっと絶対!」

「えーい! 擦り減るまで揉んでやるからなこのやろー!」

「きゃー!! やめてーーーー!!!!」


 風呂場に響き渡る悲鳴と嬌声の応酬(両方わたしのものだ)。いつの間にか完全にのぼせてしまったらしく、火照りに火照った体で、わたしはいつの間にか意識を失ってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る