恋は寓目――⑦

 かくしてお邪魔した美織の家は、外観の期待を裏切らないほどに内部も広かった。

 まず玄関からして、わたしと美織が並んでもまだ空間が余っている。余りまくっている。一般的な広さのわたしの家なら、家族と一緒に家をでる時は大渋滞だというのに。

 靴も100足くらいなら余裕で並べられそうだが、今置かれているのがわたしの靴と美織が履いていたサンダルだけであることを考えると、ほかの靴は壁一面のシューズボックスにでも収納されているのだろう。

 姿見まで設置されていて、出かける前に全身を確認できるおまけつきだ。


 玄関からしてわたしの知る一般家庭のそれとはかなり異なっていた柚月家だが、しかし驚くのはまだ早い。


――もふっ


 玄関のマットから、そんな効果音が漏れ落ちた。

 我が家のくたくたの玄関マットとは全然違う。これが、金持ち……!

 果たしてこの家が、わたしの踏み入れていい空間なのか、今更ながらに不安になる。完全に場違いだ。初めて友達の家に行くということで、わたしの持っている服の中で最もおしゃれな服(わたしに服選びのセンスはないので、マネキン買いだ)を着てきたわけだが、それは安物の服である。こんなことならもっとお高くておしゃれな服を新しく買っておくべきだった……。


「わたしの部屋、二階だから」


 いくつかの扉をスルーし、長い廊下を歩いた末に、赤いカーペットの敷かれた階段にたどり着いた。美織に倣って真ん中を歩く最中、ふと思い立って両手を広げてみるが、手すりにはかすりもしない。

 階段を真ん中あたりまで歩いたところで、身体が影に包まれる。上を見上げてみると、なにやら見慣れないものがあった。


「み、美織、あれ……」


 うまく動かない口をぱくぱくさせ、頭上を指さす。


「ただのシャンデリアが、どうかした?」


 美織は不思議そうに小首を傾げる。可愛い。……じゃなくて! いや筆舌に尽くし難い可愛ささけども! 「ただの」って! シャンデリアを「ただの」って!

 気の合う、価値観の合う相手だと思っていた美織が、遠く離れた存在に見えてしまう。まさかここまで家柄に差があるとは……、もしかしたら樋上くんの家も名家なのかもしれない。


「……なんでもない」


 美織にとっては当たり前のものに、一々はしゃいでしまう自分が、子供みたいに思えて恥ずかしくなった。それを誤魔化すようにわたしは、少し早足になって、美織の隣に並んで歩く。それでも窮屈さは感じなかった。


 家の中に入って数分、すでに精神的な疲労と蒼白した顔面を隠せないわたしだったが、しかしたどり着いた美織の部屋に入ると、ようやく人心地ついた気がした。

 勘違いしないでいただきたいが、美織の部屋がわたしの部屋くらい狭かったとか、そういうことではない。むしろ面積は二倍くらいありそうだ。

 それでも心が安らいだのは、その部屋がお世辞にも片づいているとは言えない状況だったから。

 高そうなワンピースや制服が脱ぎ散らかされているのはもちろん、お菓子やジュースのゴミが机の上に放置されている。ベッド脇に積んでいたのであろう漫画類は一部倒壊しており、くたびれたぬいぐるみやクッションも至る所に散らばっていた。

 広さが同じだったなら、わたしの部屋と似た惨状になっていただろう。ほら、やっぱりわたしと美織は、どこかに共通点があって、だから仲良くなれたのだ。そのことを感じることができて、ほっとした。


「あははー、散らかっててごめんね? 幸彦のやつが掃除してくれなくてさー」


 美織は照れくさそうに後頭部をかく。

 ナチュラルに樋上くんの名前が出てきたということはつまり、普段は樋上くんに掃除やらをやってもらっているということなのだろうか。だとしたら羨ましいことこの上ないが。その役目を全部わたしに任せてほしい、一生ほど。


「星火の部屋みたいに綺麗にしようとは思うんだけどさ、気づいたらものが一人でに散乱してて。困っちゃうよね」

「一人でにってことはないと思うけど……」


 少なくとも食べ物のゴミとかは思いっきり人為的だ。食べきったあとに、ゴミを捨てなかっただけなのだから。


「今度幸彦が来た時にはきつく言っておかなきゃ」

「自分で掃除する気は一切ないんだね」

「わざわざ私がするまでもないことだし。そういうのは全部、幸彦にやらせちゃえばいいのよ」

「下着とか見られても平気なんだ?」


 この部屋を片付けるとなると、当然美織が身に着けたあとであろう制服や肌着を樋上くんに触れられることになる。年頃の男の子に衣類を触られるのは、年頃の女子としては少々遠慮したい。たとえそれが、どれだけ信頼のおける相手であっても。


「…………」

「美織?」


 美織の方を向くと、顔を真っ赤に染めて、口元をもにゅもにゅと動かしている。なるほど、今気づいたらしい。樋上くんに脱ぎ散らかした衣服を触らせていたことに。


「……星火、悪いんだけどさ」

「いいよ、手伝う」


 聞かなくても美織の言いたいことは分かった。これでもお泊り会を実施するほどに来るほどに仲の良い友人を名乗っている。これくらいの意思疎通はできなければならない。


「掃除機、持ってきマース……」


 美織がどこかに掃除機を取りに行ったあと、わたしはお菓子やジュースのゴミを拾い上げて、掃除を始めた。


 意思疎通。

 友人。

――星火の部屋みたいに綺麗に


 何が友人なのだろう。

 美織のように、素の自分もさらけ出せないくせに。

 何が意思疎通なのだろう。

 これだけの見栄を張って。張りぼてでしかないくせに。

 美織はわたしに、この部屋をありのままに見せてくれた。それはきっと、信頼の証だ。わたしならどれだけ散らかった部屋でも、『友達』が崩れないから。引かれることなく笑い話にできるから、そう信じて美織はわたしを招いてくれた。

 にも関わらず、わたしは必死に部屋を掃除した。ものを隠した。嫌われる隙を与えないために。少しでも自分を、好意的に見せるために。

 それが裏切りでなくて何だというのだろう。美織だってわたしの部屋をありのままに見せたところで、笑ってくれるだけと分かっていたはずなのに。


 わたしに美織の友人を名乗る資格はない。

 自分を隠し続けて。取り繕い続けて。挙句の果てに、性的な目で見始めて。

 心底気持ちの悪い生命体だ、わたしは。


 どうせならこんな感情も、ゴミと一緒に捨てられればいいのに。

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