恋は沈黙――⑨

7/8 晴れ 樋上くんの誕生日


 時間の流れというのは早いもので、気を抜けばあっと言う間に一日が終わっている。今日なんかは特にそうだった。

 学校が終わってから、美織の家に連れていかれてーー樋上くんの誕生パーティーをしたのだが、解散したのすら、すでに6時間前。23時59分59秒からも一時間が経過し、愛用の目覚まし時計は01:00をしめしている。

 よく言う話だが、歳を取るほどに体感時間は短くなっていく。どこかの偉い人がいうには、その時間が人生において占める割合が、年々少なくなっていくのだとか。

 例えば、5歳児にとっての1年は人生の5分の1だが、わたしにとっては16分の1となるように。一時間だろうと一分だろうと一秒だろうと、歳を取れば取るほど、時間の中を遊泳すればするほどに、わたしたちの脳はふやけ、感覚は鈍っていくのだ。

 16時に始まり、19時に終わったパーティー。三時間をそこで過ごしたはずだが、思い返してみると三分もなかったように思う。せいぜい三秒くらいだ。3600分の1。16分の1どころの騒ぎではない。


 ま、まあ、体感時間が三秒なだけで回想するとなるともっとかかるので、オールオーケーなはずだ。

 ええと、学校が終わってすぐ美織の家に連れていかれて、リビングを飾り付けて飲み物とか買いに行ったりして――この時点で、5秒くらいはかかるだろうか。

 ケーキとかも準備して、美織が樋上くんを呼びに行って、パーティーが始まって。プレゼントを渡したりゲームしたりしてたら、あっという間に終わっていた。

 ……楽しかったな。

 友達のいなかったわたしにとっては、もちろんのことながら初めての友達の家へのお呼ばれで、初めての誕生日パーティーだった。

 舞い上がっていたことだけは間違いない。パーティーの最中どころか、昨日から――美織に買い物に連れていかれた時から、ずっと夢見心地ではあった。

 だって、好きな人と一緒に居られるんだから。

 あるいは恋愛について百戦錬磨のつわものがいるのならば、舞い上がらずに済むのかもしれないが、しかし残念ながら、わたしはそうではない。16歳にして初恋。それもまだ出来立てほやほやの恋心である。冷めるには、覚めるにはまだ早い。わたしの性格からして、例えそれがどれだけ叶わない願いだったとしても、一年くらいは引きずるであろうこと請け合いだ。

 今どきこんなピュアッピュアな女子高生がいるのかと不安になってしまうが(どうか自分のことをピュアという愚かさに不安を覚えないでほしい)、好きな人と話しているだけで、目が合うだけで、一方的に見つめるだけでも幸せになれるタイプのJKなのだ、わたしは。


 だから今日の夕方のことを思い出すだけでも、座っているとむず痒くなってしまってベッドに飛び込み、足をじたばたさせてしまう。恥ずかしくてたまらなかった。何があったわけでもないけれど、三時間だけ空間を共有した思い出が、苦しいくらいに胸を圧迫し、締め付けている。

 鏡を見てみると、わたしは耳まで真っ赤に染まっていた。月並みな表現だが、ゆでだこの如く。赤い着色料の海で茹でられたタコの如く。

 今日、学校があって本当によかった。もしも休みだったら、美織は朝から晩までパーリナイしていただろうから。そうなると、もうわたしは耐えられなかっただろう。恥ずかしくて。三時間は、わたしが好きな人と一緒にいられる限界かもしれなかった。


 ふと窓を開けて、空を見る。

 季節としては夏の今、巨大な三角形がよく見えた。

 アルタイルと、ベガと、デネブ。

 彦星と織姫と、赤の他人と。

 こうして傍から見てみると、まるで三つで一つの生命体みたいな顔をしているが、しかしその実、一人だけ仲間外れにされている。伝説上では。

 あの星たちが輝いて見えるのは、恒星だから――火をまとっているから。火の星、星火。

 わたしの名前の由来だ。

 どこからでも見えるほど、誰が見ても感動するほど、強く強く、輝いてほしい、と。

 小学校の課題で、お母さんにそんなことを聞いた。

 だが、現状のわたしはどうだろう。

 両親が考えてくれた名前に、わたしに愛を注いでくれる無二の存在に、恥じない人生を送れているだろうか。

 否、絶対に送れていない。断言してもいいほどに。

 どこにいても見つからなくて、誰が見てもくすんでいて、今にも消えそうなほどに弱っちい火。火なんて大したものですらない。どこからか飛んできた火の粉くらいが、わたしの存在で、存在価値だ。


 感じてしまうのだ。どこにいたって。

 あの二人の間には、割って入れないと。

 わたしはどうしようもなく、赤の他人なのだと。

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