恋は沈黙――⑦

7/7 曇り


 生憎の曇天に包まれた今日は、七夕だ。

 別に星を眺めるのが好きなわけではない。むしろ、外出を嫌うわたしとしては外の景色は総じて嫌いと言ってもいいくらいなのだが。


 だが今年は一目だけでも見てやろうかと思っていた。


 と言うのも、数少ない友人二人の名前が七夕に関連しているのだ。柚月美『織』と、樋上幸『彦』。もちろん親御さんがどのような意図をもって彼と彼女にその名を授けたのか、わたしは一ミリも知らないので、正確には関連などしていないのだが。ただ名前の一部が七夕の主役と被っているだけで、わたしは少し運命的なものを感じてしまったのだ。


 それに、わたしの初恋相手でもあるアノ人と名前だけでも関わりがあるのだ。今や恋に恋することもできなくなったわたしとしては、ぜひとも拝みたくあった。叶うなら、その相方にわたしをすえてけろ神様、と言いたく。

 『星』という点では、わたしの名前とも関わっていると言えなくもないが……、こちとら星の火である。ただ燃えてるだけである。誰かの太陽になんて、なれないのに。昨今の日本ならば、もうちょっと二酸化炭素の排出量抑えてエコに生きてくれと言われかねない。太陽が燃えたところで地球の温暖化に影響があるのか、学業以外の知識はからっきしである不肖のわたしは知らないけれど。


 閑話休題、七夕の話はやめにして、そろそろ本題に入ろう。

 二日前を振り返って、ようやく自分の中に芽生え、強く根付いていた恋心に気づいたわたしだったが、しかしそれで何かが変わったということもなく、悪化したような気すらする。

 ……ちら、と目的の人物の方を見てみる。

 人並み以上には整った顔立ち。今までそう認識していたものが、途端にダイヤモンドもくすんで見えるほど美しく映ってしまう。元より視力の悪いわたしではあるが、こうも急に見え方が変わるというのはおかしい。眼鏡の度があっていないのだろうか? いや、それにしては他ははっきり見えすぎるし……。

 うん、やっぱりこれ、恋以外の何物でもない。ただの純粋な、純然な、純恋だ。


 ……あ、今、目、合った? 合ったよね? ね? ね?

 ぎゃうわあああああああああああ!!! なんか、なんか笑顔で手振ってくるううううううううう!!!!


 あぁ、尊い……三次元に生まれてよかった……、わたしが小説の中の登場人物だったりしたら、出会うことも恋をすることも、こんな幸せを感じることもなかったと思うと、ぞっとするほどだ。

 今までは嫌いだった現実が、世界が、途端に好きになっていた。我ながら単純な女である。

 いつ死んでもいいじゃなくて、今は一秒でも長く生きていたい。眺めていたい。


 だが一つ問題もある。

 実はここ数日、めっきり喋れなくなっている。

 生まれながらにしてお口はチャックの染みついていたわたしだが、ここ二日でそれが一気に加速した気がする。

 校外学習の日、美織たちに助けられたあとは、まだ恐怖が残っていたから仕方ないにしても、翌日以降も朝にお礼を言うだけで精いっぱいで、以来、一言も話していない。

 問題である。大問題である。

 昨日、全然話せなかった悔しさから夜に布団で足をじたばたさせ、明日こそは……と誓ったのは一体何だったのだろう。まるで成長していない。ひょっとしたらわたしという人間の中身は空っぽで、脳みそはとうの昔に流れ出ていってしまったのではないだろうかと感じる。

 どうやら恋というのはわたしが思っていた以上に難儀なものらしかった。いやもう、マジで話せない。以前より向こうから話しかけてくるのを待っていたわたしではあるが、しかし今は話しかけられたところでまともに受け答えもできないほどだ。

 コミュ力がさらに下がっている。大丈夫かわたし。

 もちろん自分から話すこともできないし。


 いや、特定の人物以外ならば、話せることは話せるのだ。ようはわたしが好意を抱いた対象に対して、勝手に気まずくなっているだけなので。そもそも、その特定の人物以外に話す相手が皆無に近いのだが。お母さんともう一人くらいしかいない(年齢的に反抗期であるため父親との会話は基本ない、許せ父)。


 そんなわけで、自分が恋をしていると気づいたわたしに訪れた次の課題は、どうやって好きな人と話すかだった。

 告白までの道のりは、まだまだ遠そうだ。

 わたしのような小心者に告白なんてできるのかという当然の疑問はおいておくとして(こちらもこちらで最重要な気もするが)。


 しかし、どうやって話そうか──自分のコミュニケーション能力に期待してはいけない。もっと確実に、着実に話す手段が必要だ。わたしのような人間には。


 好きな人から目をそらし、わたしは顎に手を乗せる。アニメやドラマなんかで、探偵役などが考える際にやっている(気がする)仕草だ。格好から入ればわたしも同様の頭脳を得られるのではないかと淡い、あるいは浅はかな期待を抱いて真似をしてみた。


 …………。


 結果は、芳しくなかったけれど。

 格好から入ったところではりぼてでは意味がない。どれだけパッケージに力を入れようと、中身がすっからかんのお菓子なんて誰も買わないだろう。その点ト○ポは(以下略)


 ……とにかく、わたしのようなクソザココミュ力しか持ち合わせていない、レベル一のスライムにすら惨敗してしまうレベルの村人未満には、自発的に話すなんてことはおよそ不可能だと言うことだけは分かった。分かってしまった。

 どんなシミュレーションを行っても、失敗率100%から抜け出せない。手詰まりだった。

 しかし、ここで諦めてしまうほど、わたしの恋心は淡くない。自分の力でどうにかできないのなら、他人の力を借りればいいのだ。


 よくある話である。話したいなら、無理矢理にでも話題を作ってしまえばいい。例えば教師にノートを運ぶよう頼まれたから手伝って、とか。幸いにも今はテスト前、ノートの回収をする教師も多くいるし。

 一つ問題をあげるとするならば、我が校では教科係りなるものが存在し、各教科ごとにノート回収などの雑務をする生徒がすでに決まっている点だが。

 わたしは余り物だった文化祭実行委員に所属している。故に、教科係には入っていない。担当の生徒が偶然休みだったとしても、わたしにノート回収を任せてくれるほど信頼を寄せてくれる先生はいないし、不可能な作戦だが。


 ……では、共通の友人を挟むというのはどうだろう。

 友達の少ないわたしだが、しかしこの場合では、一応使えるプランではある。幸いにもその友達とは普通に話せるし。

 よし、そうと決まれば、放課後に三人でどこかでかけようと、まずは共通の友人の方に──


「──ねえ、星火ってば!」

「ひゃうわぁ!?」


 好きな人の方を向こうとしたわたしの眼前に、迫り来る影が一つあった。


「み、美織? どうしたの?」


 思わず声が裏返ってしまった。不自然なまでに。


「だって、さっきからずっと呼んでるのに、返事してくれなかったし」


 美織はふてくされるように唇をとがらせた。


「ご、ごめん……考えごとしてて……」

「ま、いいけど」


 ころっと表情をかえ、美織はわたしの耳に近づき、ほとんど吐息と変わらない声で、言う。


「放課後、ちょっち付き合って」

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