恋は沈黙――⑤

 何かを語るというのは疲れるもので、例えそれが起こったことをありのままに描写するだけだとしても、さして労力は変わらない。

 日記なんか、特にそうだろう──文字を書くのが疲れるから、面倒だから三日坊主という言葉が存在するのだ。

 故に、1日で語り尽くすには内容が濃すぎる日なんかは、こうして内容が2回3回と続いていくことも、許してほしい。


 というわけで引き続き、7/5


 時刻は12時、わたしたちの班は計画通りに動物園を回ったのち、その近くで昼食を食べる場所を探していた。


 美織が見たがっていたレッサーパンダはもちろん、ラクダや鳥類、虎やライオンなども一通り見て周り、ガラス一つ隔てた先で亀が日向ぼっこをしているのを微笑ましい気持ちで眺めながらベンチで休憩したり。

 童心に帰って動物園を楽しんだのち、飲食店が並ぶ商店街のようなところを歩いていた。

 のだが……。


「……完全にはぐれちゃった」


 気づけばわたしは、見知らぬ街で一人になっていた。

 いや、見知らぬというのは誇張だが。昔、父母に連れてこられた記憶はあるし。

 しかしそれももう10年ほど前のことで、記憶はあっても見覚えのある景色はない。やっぱり見知らぬで正しいか。どこからどうみても、わたしの知らない街に成り果ててるし。


 方向音痴のわたしだ、前述の通り家のごく近所で迷ったことがあるほどの。それが知らない街ともなると、何時間さまよう羽目になるか分からない。

 だがわたしも、ここでただ突っ立っているだけで終わるほど、現代っ子していない。わたしには切り札がついているのだ。


「えーっと、スマホスマホ……」


 ポケットをまさぐってスマートフォンを取り出し、スリープモードを解除しようと画面に触れてみる。


「……あれ?」


 しかし反応はなく、画面は暗いまま硬直して動かない。

 いつのまにか電源が切れていたのだろうか。そう思い、ボタンを長押しして電源を入れようと試みる。

 今度は、真っ暗に硬直しているなんてことはなかった。

 が、しかし。

 得られた反応は、わたしが期待していたソレではなく、充電がすっからかんであることを示す、赤い充電マークの点滅だった。


「……このタイミングで、電池切れって」


 頼むから点滅に使うだけの電力分だけでもスマホを使わせてくれよアッ○ルと言いたくなる。

 この現状は、わたしにとっては殆ど死の宣告と代わりなかったから。

 地図が見れないのなら、集合場所に帰ることはおろか、現在地の確認すらもできない。似た様相の居酒屋らしき店がいくつも並んでいるせいで、一体自分がどちらの方角から来たのかもわからないし。

 もちろん美織たちに連絡を取ることも不可能だ。


 かくなる上は、ひたすら歩き回って駅を探すしか……、それならば解散の点呼をする場所まで電車で行けるし、常に担任が立っているはずなので美織や樋上くん、三島くん(樋上くんの友人だ。今回の校外学習はこの四人で行動している)に連絡をしてもらえるはず。


 問題は、どうやって駅を探すかだが……。


 繰り返しになるが、わたしはこの辺りの土地には明るくない。駅がどの方向にあるのかはおろか、そもそも近くに駅があるかどうかすら知らなかった。

 昼食をとりにやってきたらしいサラリーマンがぽつりぽつりと現れ始めたので、聞き込みをすれば教えてもらえるだろうが……、そもそもわたしに、知らない人に話しかけるような度胸があるはずもなかった。


 ならば次の手段だ。どこかに周辺の地図が描かれた掲示板はないか、それを探そう。

 自分に出来ることを見つけて(どちらかというと出来ないことを候補から消していった消去法だが)、わたしは歩き出す。動物園からそう遠く離れてはいないはずだし、ここに来るまでに何度か地図を見かけたので、近くにいることは分かっていたから。

 適当に歩き回り、突き当りを勘で曲がっていきを繰り返し、段々と不安が大きくなっていきた。

 と言うのも、一歩ずつ着実に、わたしの足の向く方向は、雲行きが怪しくなってきていたから。

 居酒屋だらけだった通りは一点、店すらもないような暗い街路へと変貌している。まだ日は高いはずなのに。

 店すらもない、どころではない。古い民家らしきものに囲まれてはいるが、しかしそれすらも、全てが異様なほどに真っ暗なのだ。

 不気味な場所だった。近くにはそれなりに大きい都市があるはずなのに、廃校のような雰囲気をまとっている。家はあっても人が住んでる気配はないし。

 とにかく、早くこの道を抜けてしまおう。危険な気がする。

 小走りで天の光から遮断された道を通り過ぎようとしたとき、遠くからからん、と金属音がなった。

 振り向き、確認する。どうやら壊れた室外機に立てかけてあった金属バットが倒れたようだ。

 胸を撫で下ろし、再び前を無効として、違和感に気づく。


 どうしてこんなところに、金属バットがある――?


 いや、金属バットはさして問題ではない。それよりも、異常なのは、異様なのは……


 遠目でも金属だと認識できるほどに、光沢を失っていないことだ。


 こんなところに長年放置されていたら、埃を被って真っ黒になっていなければおかしい。そんなものが、視力の悪いわたしの目で、一瞬で金属で識別できるはずもない。

 であれば、この金属バットは、最近立てかけられたもの――


 ぞわり。

 背中の毛が、逆立った。


 指先で軽くなぞられるような気持ち悪さが、背中に走る。


「――おや」


 ここが本当に危ない場所なのだと、直感的に気づいた時には、もう遅かった。


「これはまた、随分と可愛らしいお客さんじゃねえか」


 金属バットが拾い上げられ、肩幅の広い男に担ぎ上げられる。

 無数の足音。不気味な笑い声が、高く遠く鳴り響いた。


「お嬢ちゃん、こんなところに来たら危ないぜ? 俺たちについてくれば、安全なところまで連れて行ってやるよ」


 そう言って、5人ほどの男の集団に立っている、金属バットを持った男がわたしに手を伸ばしてくる。


 それが親切心から出た言葉でないことは、明らかだった。


「最終的に、だけどな」


 心臓が止まるかと思うほどの恐怖が、わたしの足を竦ませて動かない。


 じりじりと近づいてくる男たちに、わたしはせめて痛くありませんように、と固く目を瞑った。

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