恋は沈黙――④

7/5 晴れ


 今更のように語るけれど、そしてわたしの自賛も含んでしまうので語るべきではないのだけれど、我が校は結構な進学校である。

 政令指定都市と位置付けられている我が町で、市内一とは言わないまでも三本の指には入ってくる。

 授業は月曜から土曜までの週六日を六時間と、他の進学校に比べれば七限目がない良心的な学校と言える我が校だが、しかし自学自習への支援は手厚く、勉強大魔神となりたい人にはいい学校だと言えるだろう。

 かくいうわたしも、籍こそあるものの席はあってないようなものなので、空気に徹している間は読書か勉強かの選択を迫られ、留年しない程度には勉強にも精を出しているのだが。

 そんなことはどうでもよく、とどのつまり今日は、この勉強第一主義の学校にしては珍しく、授業が完全オフの日であった。

 すなわち、校外学習である。

 快晴。心の曇りすら晴れ渡る、雲一つないぴっかぴかの晴れである。

 動物園観光にはふさわしい。


 さて。

 我が校の校外学習は、事前に行動計画さえ提出しておけば、基本的には自由だ。集合時間までに帰ってこられるのなら南極まで行ったって文句は言われない。わたしの斑は先日の斑決めの際にすでに提出しているので、あとはそれに沿って行動するだけだ。

 現在時刻は午前10時。わたしの手元にある行動計画書には、10時30分に動物園と記載されている。斑の中では真面目枠を司っているわたしは、本日はタイムキーパー役を任されていた。


「えーと、動物園ってどっちだっけ」


 だがわたしは方向音痴である。昔、真っ直ぐ5分歩くだけだった家路を、何故か路地に入りまくって3時間迷いに迷ったほどだ。筋金入りどころか、脳みそが入ってないのではないかと思える。

 スマホでマップアプリを立ち上げるが、まず自分がどの方向を向いているのかが分からない。最近の機械というのは高性能で、今わたしが向いている方角が地図上でも前になるはずなのだが、どういう訳か上手くいかなかった。

 近くにあるはずのコンビニがどこにあるのかがまず分からない。やっとの思いで道路の向こうに見つけた青いコンビニはどうやら違うらしい。右手に緑のやつがあるはずなんだが――

 たこ焼きの上の鰹節のように華麗なステップをその場で踏んでいると、ひょいとスマホをつまみあげられる。丁寧に塗られた、ピンク色のネイル。美織の手だ。

 美織は数秒地図を眺め、「んー」と唸ると、


「あっちみたいだね」


 わたしが向いていた方向とは全然別の方角を指さし、歩き出した。


「あ、ありがと」


 一歩遅れながら、わたしはその背中を追いかけていく。


「地図見る役目まで押し付けちゃ、大変でしょ。私に任せてくれていいよ」


 美織は少し歩幅を狭めて、わたしに並ぶ。

 そういえば、わたしに任された役目は時間の管理だけだ。にも関わらず、わたしは管轄外の仕事をしようとしていた。出来もしなくせに。出しゃばって、このざまだ。穴があったら入りたい。穴がなければ作りたいくらいに。

 こういうとき、照り付ける日差しは便利だ。

 羞恥に塗れて染まった頬を、誤魔化すことができるから。


「そういえば、なんで動物園になったんだっけ」


 斑が決まった後に行われた話し合いは、わたしも同席こそしていたものの、そもそもわたしは何か意見を述べることが苦手なタイプだし、他人の傘に隠れるタイプでもある。そうして自分に焦点が当たるのを避けてきた。話し合いの席では極力気配を消し、いないものとして扱ってもらう。そのためには、自分から話を振らないことはもちろん、他人の話に聞き入らないことも重要なのだ。


「えー? だって見たいんじゃん、レッサーパンダ」


 どうやら言い出しっぺは美織らしい。こうやって話の流れから聞き逃した部分を補っていくのも、わたしのような人間には必要な能力となる。

 考えてみれば、ぼっちというのはそれ以外の人類に比べて多数のスキルを身に着けている。自分だけで物事を完結させる術を知っている。他人と話たくないから。自分だけで行動しようとする。他人と関わりたくないから。自分だけでなんでもかんでも背負おうとする。他人に借りを作りたくないから。

 そうやって、わたしたちは一人で生きる術を身に着けてきた。逆に言えば、そうでなければこの学力格差社会、生き残ることはできなかったのだけれど、わたしたちぼっち族はもはや、完璧超人と言って差し支えない。普段のテストの勉強も、先生に聞きに行けないし教えてくれるような友達もいないから一人でやるしかないのだが、それでも高得点を取っているし。

 もっとも、もちろん弊害もあって、コミュニケーション能力は極端に低い。


「……星火?」


 何も返事をしなかったわたしを、美織が不思議そうに見てくる。


「どうかした?」

「なんでもない」


 真っ直ぐに見つめてくる彼女から、わたしは視線を逸らした。


 会話を続けようと思っても、続けられない。続く言葉が見つけられない。普段の読書の甲斐あって、ボキャブラリーだけは無駄に豊富なわたしであるが、しかしどうにもそれらを整理整頓するのは苦手らしい。いざ人と話すとなったときに、必要となったときに限って言葉が行方不明になってしまう。

 今まで、わたしは学校という檻の中で、一人で生きてきた。頼れる人がいないから。頼る言葉が出てこないから。

 なのに、今日はどうだ。

 どこに向かうかすらわからず、その場であたふたすることしかできなかった。おまけに友人相手に不自然な会話の切り方しかできなかった。

 今のわたしはもう、わたしとして完結していない。

 例え一人きりであったとしても、それだけだ。一人で生きることが出来るかと問われると、どうにも首は縦に動いてくれない。


 美織に、依存していっている。


 そんな自分が、心底嫌だった。

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