恋は沈黙――③

6/29 晴れ


 連日続いた曇り空から一転、その日は一歩動けば汗の流れるほどの快晴となった。

 四限の体育は憂鬱だった──なぜこんなにも気温の高い日に運動をしなければならないのか。しかもバレーボール。サーブの順番が回ってきたら、嫌でも動かなければならない。体育の授業は早急に跡形もなく消え去って欲しい。

 なんて、蒼穹を見ながら思うわたしである。窓の外の青さが心地いい。室内、つまり陰から見上げる分にはお外もいいものだ。


「えー、今日は来週の校外学習の班決めをしてもらう」


 六限、体育以上に憂鬱かもしれないホームルームを知らなフリしながら見上げる空は、特に。

 班決めだって? 一体何を言い出すんだこの担任は。一時間まるまるのホームルームとは言え、今は授業中だ、冗談もほどほどにしてほしい。冗談抜きで。


「今から五分で、四人班になってくれ。その後は行動計画表の作成だ。はい始め」


 一斉にクラスメイトたちが立ち上がり、一瞬にしてクラス内は喧噪立ちこめる空間になってしまった。

 その中でわたしは一人、自分の席で頑なにお空へと現実からの逃避行を続行する。どうせわたしは余り物だし。


 何度も何度もしつこいくらいに言うように、わたしはウルトラスーパーデラックスシェイドキャラクターである。根暗の100乗、日陰者の頂点と言っていい。

 今でこそ美織や樋上くんと話すようになったが、もしも美織と出席番号という繋がりがなければ、わたしは誰とも話さずに一年間を終えていたことだろう。

 どころか美織がいてもわたしは、未だに二人以外との会話をしたことがない(授業内容によってはペアワークやグループワークがあるが、それは会話とは呼べないだろう)。友達がいようといなかろうと、わたしは田舎町にぽつんと建った民家のように孤立していることに変わりはなかった。


 小学校や中学校でのことを思い出しても、やはりわたしに、班を作れというのは無理難題だった記憶しかない。

 遠足などの班決めの際、わたしは120パーセント余り物だったし。大体の班分けが済んだ後に、じゃんけんで負けた班に加えられていた。仲間外れはだめ、と小学校の先生は言っていたが、もはやこれこそが仲間外れだろうと幼いながらに大人という存在への矛盾に怒りを隠せなかったわたしである。どうなってるんだ教育機関。

 今回のような校外学習の班でなくても、例えば体育の二人組。クラスが奇数だったこともあり、欠員がない場合はわたしのペアには体育教師が内定していた。なんなら欠員があっても三人組を作る人たちがいて、結局わたしのペアは先生だったくらいだ。


 高校生になってからも、きっと何も変わらない。美織も樋上くんも、わたし以外の友達がいっぱいいる。わたしとは逆の意味で四人班が作りにくいだろうくらいに。

 つまり現状わたしは、やはり孤立するしかないのだった。このクラスは40人。四人班ならば10班ができる計算だ。わたしがいない分、どこかは三人班になり、おそらくわたしはその班に加えられることになる。

 なあに、何も問題はない。確かに名前も知らない人たち(クラスメイトの名前を覚えていないことについて薄情だと言われるかも知れないが、そもそもわたしの名前を覚えている人も少ないはずなのでお互い様だ)の班に入れられるのはお互いに気まずい面もあるかもしれないが、わたしを見くびってもらっては困る。

 伊達に何年もウォールフラワーをやっていない(花を自称するのはおこがましい限りだが)。空気に徹する術くらいは心得ている。陰キャとはすなわち、陰と同化できる生命体のことなのだ。わたしレベルになると、もはや影すらも残さないことが可能になる。気づかれないように班からはぐれることによって。


 気まずくさせてしまうなら、存在自体を消してしまえばいい。それがわたしの、人生における唯一の学びだった。


 長々と語ってしまったが、班決めの時間はまだ三分残っている。はみ出し者の出番にはまだ早い。

 わたしは青い空から顔を背け、机に突っ伏した。


「美織ー、うちの班入らない?」


 どれだけクラスが騒がしかろうと、友人が呼ばれる声がはっきりと耳に届いた。


「ごめーん、もう組む人決めてるんだー」


 それに応じる美織の声も、同様に。

 ほら、わたしの扱いなんてこんなものなのだ。わたしにとってはほとんど唯一の友達とはいえ、美織にわたしを班に誘い入れる義務はない。それによるメリットも同様に、皆無だ。

 だからわたしは、一人きり。寂しくはない。もう慣れたものだから。

 集団で感じるこの孤独との付き合い方も、誰よりも心得てるから。どれだけ寂しくても、わたしは平気だから。

 だからわたしは、隅っこで誰にも気づかれないようにしていれば、それでいいんだ。

 それがわたしの、集団における、ただ一つの役目だから。


「星火、まだ班決めてないよね?」

「ーーえっ?」


 顔をあげた先にあったのは、優しく微笑む美織だった。


「決めてないけど……」

「じゃあ私と同じ班ね、決まり!」

「え?」


 美織は先ほど、すでに組む相手は決めていると言っていた。まさか、わたしのために一つ枠を開けてくれたというのか? 一体なんのために……。


「星火、何言ってるの?」


 いつのまにか声に出ていたようで、美織は首を傾げた。


「私たち、友達でしょ?」


 そう言い、美織は手を差し出してくる。その手はどんな夜の星よりも、クラスの中心にいるあの子たちよりも、テレビでみる芸能人よりも、何よりもまぶしくて。


 気づけばわたしは泣きながら、その手を取っていた。

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