恋は沈黙――②

6/28 くもり


「夢宮」


 名前を呼ばれた瞬間、肩が跳ねる。

 出来損ないのロボットのようなぎこちない動きで、わたしは声のする方を向いた。

 そこにいるのは、樋上くん。樋上、幸彦くん。

 わたしの友人の幼なじみにして、わたし自身とも友達。なのだが、今日はどこか様子がおかしい。


「急に呼び出して悪かったな」

「ひ、樋上くん、話って、なに……?」


 そう──わたしは今、人気のない空き教室に、呼び出されていた。

 曇り空で太陽も隠れ、薄暗い部屋の中。ドチビ根暗女ことわたしと、巨漢陽キャである樋上くんが二人きりで、向かい合っている。

 見上げた顔には、威圧感のようなものはなく(普段の威圧感はわたしが勝手に感じているだけだが)、代わりに頬が紅く染まっていた。

 ここまで条件が揃えば、この後に起こる事柄について、いくらわたしでも予測はできる。


 告白、である。


 嗚呼、わたしのようなして人間が誰かに好かれるなんて。今まであるはずがないと思っていた。一人寂しく生き、孤独に死んでいくのだろうとばかり、思っていた。

 結婚というものに興味がないとは言わないが、しないならしないで、できないならできないでも構わないし。

 だが誰かと一緒に生涯を過ごすというのも、悪いものではないのかもしれない。それを望んでくれる人がいるのなら、わたしはそれを、甘んじて受け入れよう──つまり、この告白に対するわたしの返事はイエスだ。

 ここでノーと言ってしまえば今までのような友情はあり得ないだろうし、美織とも気まずくなってしまう気がする。断るという選択肢は、あってないようなものだろう。

 よし、そうと決まれば、あとは待つだけ──


「実は俺、ずっと前から……」


 樋上くんは頬をぽりぽりと書きながら、照れながら、続ける。


「お前のこと……」


 時間が止まったように感じる。心の中が満たされていく。多幸感に包まれて、今までよりも一層心地の良い雲の上にいるような、そんな気分。


「好──


 肝心の部分が聞こえるよりも先に、わたしの意識は闇に包まれた。



「──いったぁぁ……」


 後頭部と腰をさすりながら、わたしはのそのそと立ち上がった。どうやらベッドから落ちてしまったらしい。

 それにしても、不思議な夢だった……、夢オチはエンタメとしては御法度だが、しかしリアルとなると嬉しい出来事が全部夢だった、なんてことは例に困らないほどありふれている。どうやら今日もその類だったらしい。悲しいことに。

 ……悲しい? わたしは一体、何に悲しんでいるんだ?

 樋上くんに告白されたのが夢だったからと言って、わたしが悲しむ要素なんて何もないだろうに。

 夢はその人の願望を映し出すこともあるというが、わたしが樋上くんからの告白を望む理由がない。

 わたしとて女子高生、恋に恋することもあるが、しかしそれでも樋上くんと恋人になるのは想像することすらできない。第一、樋上くんには美織がいるのだし……、普段言い合いばかりしている二人ではあるが、それは相性の良さの裏返しとも言える。何せどれだけ言い合っても、次の日には二人揃って通学路を走っているのだから。

 二人は近いうちにそういう関係になるだろう、と暖かい目で見守っているわたしである。それを横取りするような真似は断じてありえない。


 ではあの夢はなんだったのか。

 予知夢という可能性もあるのかもしれないが、しかしもっと現実的に、理由をつけられるものがある。

 それは、夢の持つ機能の一つ、記憶の整理が原因だとすることだ。

 日常で見たり聞いたりしたものを上手く収納するために、わたしたちは夢を見ていると聞いたことがある。

 昨日読んだ本に、ちょうど告白のシーンが出てきたし、きっとそれが最たる要因だ。樋上くんだったのは、わたしの周りに男の子が彼くらいしかいないから、それだけの話だ。


 それでも、わたしがあんな色ボケた夢を見るようになるだなんて、夢にも思わなかったけれど。


 伸びをし、寝ぼけ眼をこする。もうそろそろ目覚まし時計のなる時間だ。いつもより早く起きてしまったが、二度寝はできそうもないし、学校に行く準備をするとしよう。

 手始めに朝ごはんを食べようと、わたしは部屋を出た。

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