恋は盲目――③

6/23 晴れのちくもり


 わたしの昼休みはぼっちで弁当を食べるだけだと思っていた諸君、残念ながらその予想は大外れだ。

 この教室において、確かにわたしは孤立していると言えるが、しかし友人がいないわけではないというのまた事実だと、そろそろ理解していただきたい。


「今日も4時間、頑張った〜!」


 美織はわたしの席の前に椅子を引っ張ってきて、伸びをしてから深く腰掛ける。ランチボックスを片手に持ちながら。


「あと2時間あるけどね。しかも体育」

「体育なんてご褒美じゃん!」

「地獄だよ、わたしにとっては」


 わたしは見ての通りの根暗女である。運動なんて大嫌いな派閥だ。体育の授業は早急に滅べと常々思っている。

 そもそも何故そうまでしてわたしたちに運動をさせたいのか──甚だ謎である。滅べ。


「美織は今日も元気だね」

「まーねー、毎日たっぷり寝てるから」

「それで遅刻しかけてるんだから世話ないけどね」


 お弁当の卵焼きをつまみあげ、口に放り込む。

 体育の時間とは対照的に、お弁当の時間は好きだ。席から動かなくてもよく、授業中ほど気を張る必要もないから。


「あんまり樋上くんを困らせちゃダメだよ、ちゃんと早寝早起きしなきゃ」

「だってえ、気づいたら時間が勝手に過ぎてるんだもん。それに、勝手に迎えに来るんだから放っとけばいいのよ、あんなやつ」


 勝手に迎えにくる、ねえ?

 まあ美織からすればそう見えるのだろうが。頼んでもないのに毎朝家まで迎えに来る腐れ縁。わたしには幼なじみと呼べる関係性の人がいないから、二人にとってお互いがどういう存在なのかは分からないが、しかし二人が羨ましく思えた。


 親切や優しさにすら、気づけないほどに近い距離が。


「そういえば聞いてよ、この間幸彦がね、」


 美織は語り始める。樋上くんが滑稽だった、というエピソードを。

 わたしはそれを、頷いたり相槌を入れて聞き役に徹する。わたしは美織がしてくれるような面白い話などはないし、共通の知人というのも少ない。こうして美織の話を聞くことが、わたしと美織の関わり方の常だった。

 もしかしたら、美織はそれが理由でわたしと友達をやっているのかもしれない。一方的に話をするだけでいいから。ただ自分のお喋りな欲求を満たすためだけの存在として、出会って二ヶ月のわたしとこうして机をくっつけてまで、ご飯を食べているのかもしれない。

 だからと言って、何も変わらないのだが。わたしとて美織と友達でいるメリットに甘んじている部分もある。例えば移動教室の伝達とか。他に友達がいないから突然の教室変更にはついていけない。

 お互いにお互いを利用し合う、それも人間関係における正しさの一つというものだろう。もちろん、美織とは気が合うのでそれも友達である理由になるが、それだって感情を共有しやすいという利点から来ているものだし。


「――てなことがあったんだよ」

「あはは、おかしいね」


 わたしは笑う。美織の話に。

 心の底から零れだした、といった感じではない。むしろ、必死に絞り出したくらいだ。

 美織の話がつまらなかったわけではない。聞いている分には面白かった。が、どこかにつまらない、と冷めた感情を抱えた自分が存在してしまう。理由は分からないが。面白いはずの話に、心から笑えなかった。


「――゛うっ」


 卵焼きを食べようとしたその刹那、胸に痛みが走った。握りつぶされるような、そんな痛みだ。今すぐに泣きじゃくりたくなるほどに、強く強く、わたしを絞め殺していく。


「え、なになにどうしたの星火⁉」


 左胸を抑えてうずくまったわたしの背中を、美織は心配そうに撫で始めた。

 美織に状況を説明する余裕もないまま、わたしは呼吸を止めて時が過ぎるのを待つ。大丈夫、突発的に起こるだけで、この症状はすぐに治まるものだから。

 数秒ほどで痛みからは解放され、わたしは長い息を吐き出す。


「星火、大丈夫?」

「あー、うん、平気……」


 水を一口飲み、嫌な気分を流し込む。これだけですでに、元通りになっていた。


「最近、多いんだ、こういうの」


 見られてしまっては仕方がない。わたしは美織に、謎の症状について説明をした。


「ふむふむ、苦しかったりふわふわしてたり、顔が赤くなったり、ね」


 美織は復唱し、考えこむように顎下に手を置いた。


「え。それやばくない?」


 珍しく極めて真面目なトーンで、美織は言う。


「心臓とかの病気なんじゃ? 医者、行った方がいいんじゃないの?」

「分かんない。行こうかなとは思ってるんだけど……」

「絶対行った方が良いって! もしかしたら癌とかで、手遅れになっちゃったらヤバイし!」

「うーん、じゃあ、放課後にでも行こうかな……?」


 お母さんとは正反対に、美織はわたしと同じ考えのようだった。何かの病気。病院に行った方がいい、と。


 それにしても、今回も起こったのは美織と話している途中だった。どうしてこう、特定の時にばかり……授業中とかに起こらないのは助かるけど。


――それは恋よ


 ふと、母に言われた言葉が蘇る。

 恋。恋……。

 仮に、お母さんが正しいのだとすれば。

 だとすると、ある仮設が成り立ってしまう。


「……まさか、ね」


 わたしは美織に聞こえないくらいの声で、窓に向けて呟いた。

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