いつか君が思い出になったら

時無紅音

初期症状:恋は盲目

恋は盲目――①

 夏が恋の季節だと言うのならば、その終わりはきっと、恋の終わりなのだろう。

 だから――これは。


 わたしの恋が終わるまでの、その記録だ。




6/16 晴れ


 1年D組の教室の端の端、窓際の一番前の席。

 そこがわたし、夢宮 星火ゆめみや せいかの特等席だ。

 日当たりもよく、わたしのクラスの席替えでは視力の悪い人はくじ引きをせずとも最前列を手に入れられる特権が与えられている。確実に手に入れることができ、かつ無駄にテンションの高い集団が近寄ってこない場所(彼ら彼女らは常々教室後方で騒いでいる)でもあるので、陰に陰を極めてしまったわたしとしては、楽園のような立地だった。


 さて。

 今日も今日とて、日陰者のわたしは日に照らされながら本を読む。昔から、本はわたしの友達だ。親友と言ってもいい。一人で完結する最上の娯楽、それが読書だとわたしは小学二年生にして悟っていた。

 窓から吹き込む風が首筋を撫でる。六月も終わりに差し掛かった今は、ちょうど梅雨のはずだが、今日は雲一つない快晴、なんとなくテンションも上がるというものだ。


 いつもなら憂鬱な学校を、少しだけ楽しみながら、わたしは読書をしつつ友達を待つ。

 ぺらり、ぺらりとただ紙を繰るわたしの後ろ姿は、クラス内に友人がおらず孤立している人のソレに見えるだろうが、生憎わたしとて友達くらいはいたりする。

 今はまだ、その子たちが学校に来ていないだけで。彼女たちは毎日遅刻ギリギリに登校してくるのだ。


 時計を見やると、遅刻のボーダーラインである予鈴まであと2分。そろそろだろうか。

 心の中でカウントダウンを始める。9、8、7、と。

 ここ最近の楽しみだ、彼女たちが登校する時間を予想するのは。ぴったりと当てたらそれだけ自分が彼女たちを理解していることとなり、わたしはそこに絆を見出せる。

 2、1……廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「おっはよーぅ!」

「はよーっす」


 うっすらと汗をかいた二人組が入ってくる。

 ビンゴだ。

 わたしは誰にもバレないように微笑み、教室の扉へと向けていた視線を本に戻す。だが本を読むためではない。彼女たちを待っていたと気づかれないためだ。

 理由は単純、気持ち悪いと思われたくないから。

 自分から話しかけるでもなく、ただ見つめているだけのヤツなんて、気持ち悪いだけだろう。彼女たちにそう思われたくなくて、わたしはあくまでも無関心を貫くのだ。

 その上で、話しかけられるのを待っている。なんとも浅ましい女だ。ほとほと自分に嫌気がさす。


「星火も、おはよっ」


 ほら。向こうから話しかけてくれるのだか、そもそもわたしが話しかけに行く理由もない。だからこうしてずっと、待ちの姿勢を貫いている。


 そして彼女こそがわたしの友達の一人、柚月 美織ゆづき みおりである

 見た目こそギャルギャルしく、校則に引っ掛からない程度に髪を明るくし(そもそも洗髪自体が校則違反なのだが、とにかく教師に捕まらない微妙なラインをひた走っている)、同じく校則違反の化粧にも手を出しているような人間ではあるが、わたしの友達である。

 ちなみにわたしは髪を染めたこともなければ化粧の一つもしたことがないタイプの人間だ。純粋に興味がない。オシャレというものに。


 なぜ真逆の性格をしているわたしと美織が関わるようになったかは、名前を見ていただければ分かるように、出席番号が近かったからに他ならない。入学式の日に話しかけられて、なんとなく気が合い、こうして挨拶をされる程度の中にもなった、ただそれだけだ。


「おはよう、美織」


 話しかけられると言うミッションをクリアしたのでわたしも本から顔を上げ、挨拶を返す。


「今日も早いねぇ、星火は」

「二人が遅いだけでしょ?」

「こりゃまた手厳しい」

「わたしからすれば、どうしたらそんなに毎日寝坊できるのかが不思議だよ」


 そう言ってわたしは肩を竦めて見せる。軽口を叩きあえる関係、というやつだ。


「ちゃんとセットしたはずなのに、目覚まし時計が起こしてくれないんだもん」

「夜更かしするからでしょ……」

「えへへ、つい」


 美織は頭をぽりぽりとかく。照れくさそうなその仕草は、女のわたしから見てもなんとも可愛らしく、羨ましくすらある。


「つい、じゃねーよ。おかげで俺まで遅刻しかけた」


 と、美織の後ろから低い声が聞こえてきた。


「樋上くん、おはよう」


 樋上 幸彦ひかみ ゆきひこ。二人しかいないわたしの友人のもう一方である。そして、美織の幼なじみ。朝が苦手な美織を、文句を言いつつも家まで迎えに行くような、短髪の似合う優しい人間だ。

 本来わたしごときでは関わりを持てないであろうほどの陽キャ。知り合ったのはもちろん美織を通じてだ。


「おう、おはよう夢宮。今日も変なやつに絡まれて大変だな」


 ……んん?

 なんでもない返事に、何か違和感を感じた。どこかが変だと、脳が直感的に告げている。

 だがおかしなところを探してみても、何もおかしくないのだから見つかるはずがない。気のせい……なのだろうか。


「変なやつとはなんだ、変なやつとは」

「事実だろ。こないだだって――」


 美織と樋上くんが口喧嘩を始める。わたしの席の前で。

 とは言ってももちろん、本気の喧嘩ではない。二人が「喧嘩するほど仲がいい」タイプのコンビであることは数カ月もあれば十分に見抜くことが出来るし、むしろ微笑ましくすらある。

 だからわたしは、毎日のように二人のやり取りを、暖かい目で見守るのだ。さながら雛を育てる親鳥のように。


「大体、お前はいつも――」

「そういう幸彦だって――」


 ――ちくり


 なんだ? 今のは。

 蚊に刺されたような、ちょっとした不快感と、なんとも言えないむず痒さ。

 どこにも蚊なんていないのに、胸のあたりがうずいてたまらない。得体の知れない何かが、わたしの中を浸食しているような気がして、気が気でない。


 なんでもない、日常のワンシーン。ありふれた一日の一分一秒。

 切り取ってしまえば、アルバムで見返す価値すらも生まれないほどに些細なものだったのだと思う。

 けれどこの瞬間には、確かにわたしは落ちていたのだ。


 春はとうに過ぎ去り、夏はすでに始まっていた。


 わたしの恋物語は、始まっていた。

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