第23話 調査開始

 翌日、伯爵家の馬車で子爵邸へと向かうアルとセアラを見送ると、シル、ケイ、スフィアの三人は、まずケイの自宅へと向かうこととなる。


「はい!これでヨシっと、うん、可愛いね!ところでさ、ケイのうちまで歩いてどれくらいなの?」


 シルが自身とスフィアに魔法をかけると、二人の耳の形状が変わり、尻尾が消失する。


「相変わらず魔法の手際は超一流ねぇ……家までは十分くらいだよ、悪いね、付き合わせちゃって。とりあえず荷物だけ置いたら、すぐ出るから」


「ん〜ん、だいじょぶ。町の様子も見てみたいじゃん?な〜んの問題もないよ!」


「それにしても……この状況で情報収集っていうのは、なかなかに難しい依頼ですよね……」


 普段通りの二人の掛け合いを横目に、スフィアが眉間に皺を寄せる。


「え?そうかな?楽チンだな〜って思ってたんだけど」


「もしかしてなんだけど……シルは片っ端から聞いていくつもりだったの?」


「え?そうだけど……ダメだった?」


 脳天気なシルの様子に、ケイは頭を抱えて嘆息し、スフィアは苦笑しながら説明を始める。


「シルさん、まず、この町は既に領主とギルドの手に落ちていると言っても、決して過言ではありません。そして、私たちはそんな中でギルドや冒険者の悪評を、集めなくてはならないんです。ここまでは大丈夫ですよね?」


「うん、分かってるよ?だから頑張ってバレないように、町の人にどんどん聞いていけばいいんでしょ?」


「頑張ってって……どうやって?」


「ん〜……気をつける!」


 半ば呆れ気味にケイが聞くと、シルはしばし考えるが、すぐさまそれを放棄する。


「……ええっとですね、その気をつけるというか……バレないように、というのが大変なんです。恐らく向こうも、そういった調査が入ることは織り込み済みなはず。つまり町民の中には息の掛かった者も少なからずいるはずですから、よほど信頼できるところからでないと……」


「そっかぁ……じゃあどうしたらいいの?」


 シルが思考を丸投げすると、ケイが自身の胸を右手でポンっと叩く。


「そこで私の出番って訳よ、これでもそれなりに顔は広いし、私が日常的に通っているお店なら、信頼関係も築けているから心配いらないしね。あとはそこのお客さんを中心に聞き取りを進めていけば、なんとかなると思うわ」


「ふえぇ〜、二人ともよく考えてるんだねぇ」


「……シルが考えなさすぎなのよ。またセアラさんに怒られるわよ?」


「むぅ……一理ある……」


「ふふっ、私はシルさんのそういうところ、いいと思いますよ」


 スフィアがシルの左腕にピッタリと絡みついて、へにゃっと目尻を下げるが、当のシル本人は当惑の色を隠せない。


「あの……スフィアちゃん、それは褒めてるのかな……?」


「はい!もちろんです!私の場合、深く考えすぎてしまう癖があるので、シルさんのように直感で行動できることは、立派な長所だと思います」


「ぶふっ!」


 どこまでもシルを肯定するスフィアに、物は言いようだと、ケイが堪らず横を向いて吹き出す。


「あはは……そっかぁ。うれしいなぁ……ありがとう……」


「いえ!正直な気持ちですから、お礼なんて」


「くくっ……はぁ……良かったわねぇ、シル。スフィアちゃんに嬉しいこと言ってもらえて」


 破顔するスフィアに反論する気になどなれるはずもなく、シルは必死に笑いを噛み殺しているケイに睨みを効かせ、スタスタと歩を進める。


「おぉ〜い、そっちじゃないよ〜!得意の直感はどうしちゃったのかなぁ?」


 後方のケイから小馬鹿にしたような声を掛けられ、シルはプルプルと震えながら立ち止まる。


「うるさぁ〜い!だったらさっさと案内しろ〜!!」


ーーーーーーーーーー


「ようこそおいで下さいました。クリストファー・ヘインズと申します。若輩ながら当子爵家の当主を務めさせていただいております。メイスン伯爵より、お二人のことは聞き及んでおります。大変に著名な治癒士であるということで……わざわざこのような場所までご足労いただき、感謝の念に耐えません」


 年齢的にはアルたちとさほど変わらないのであろうが、ひと目で不摂生だと分かる体型をしたヘインズ。馬車から降りたアルとセアラを、満面の笑みを貼り付けて、屋敷の中へと迎え入れる。本音を言えば邪魔で仕方ない二人ではあるが、メイスン伯爵から依頼を受けている二人を邪険に出来るはずもなく、表面的には好意的な振る舞いを見せる。


「わざわざご当主様様直々にお出迎えしていただきまして、誠にありがとうございます。治癒士のアルと申します。こちらは妻のセアラです。お伺いして早々で大変恐縮ではございますが、先代様の元へとご案内頂けますでしょうか?」


 アルは友好的に振る舞いながら、自分たちをにこやかに迎えるメイドたちの様子を伺う。無理やり連れ去られてきたとされる彼女たちは、表情こそ華やかな笑みを浮かべているものの、その瞳はどこか空虚で感情というものを感じさせなかった。


「ええ、ええ、もちろんです……ところで父上の治療にあたられるのは、アルさんだけになられるのでしょうか?」


「はい、今回はそうなります」


「ふむ、それでは申し訳ありませんが、奥様は別室でお待ちいただいてもよろしいでしょうか?父上は意識を失う前、病床の姿を他人に見られることを嫌がっておりましたので」


 まるで隠そうともしない、セアラへの不躾な視線と共になされた提案。アルが不快な心中を押さえつけて隣を見やると、セアラは『大丈夫』と言うように目線を返す。


「……承知致しました。セアラ、済まないが待っていてくれるか」


「はい、分かりました。子爵様、お手数お掛け致します」


 敢えて無防備であることを示すかのように、セアラが無垢な笑みを見せると、ヘインズの口元が醜く歪む。


「いえいえ、こちらこそご無理言いまして申し訳ない。ではアーロン、アルさんを父上のところにご案内しろ」


「承知致しました」


 ヘインズが声を掛けたのは、装いは執事のそれでも、護衛と言った方が良さそうな偉丈夫。アルではなく、付き添いのセアラを自分で案内しようとするヘインズに、二人は内心で呆れながらも表情を崩さぬように務める。


「私ごときが、子爵様直々にエスコートしていただけるなんて、光栄の至りにございます」


 皮肉ともとれるセアラの言葉を、ヘインズは額面通りに受けとり、上機嫌にその醜い笑みを深める。


「いやはや、セアラさんほどお美しい方であれば、役得というものですよ。それではこちらへ」


(まさか伯爵から依頼を受けている俺を他人に任せるだなんてな……面倒事を起こすつもりだと宣言しているのと同義だろうに)


 ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべながら、絶えずセアラに話し掛けているヘインズ。アルとセアラは一瞬だけ目を合わせて、互いの意思を疎通する。


(まぁ、手間が省けて助かるが……ここまで領主が愚かであるとするのなら、やはり絵を描いているのはギルド側、ということか……)


 そこまで思考すると、アルは己の判断の甘さを呪う。


(メイドの様子といい……不味いな……シルをこちらに寄越す方が正解だったかもしれない。大人しくしていてくれればいいんだが……)

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