ゴールデンウィークの終焉

「ゴールデンウィークが終わっちゃううううううう!!!!!!!!!」


 妹の叫びが朝食のテーブルの向こうから響いてくる。何事も始まったことにはいつか終わりが来る、それは休暇だって一緒だ。


「諦めろ、いつまでも休んでるとニートになるぞ?」


「ニートのなにが悪いんですか!? 高等遊民最高じゃないですか!」


 ダメ人間丸出しなことを堂々と言う睡、俺はあきれかえって言葉も出ない。


「とにかく! 休日は今日でおしまい! 明日から学校な!」


 睡は『えぇー』という言葉とともに朝食を取り払った机に突っ伏した。人間ここまで堕落出来るものかとある意味感心してしまう。


「お前なぁ……いくら休日が続いたからってだらけすぎだぞ?」


「じゃーお兄ちゃんが励ましてくださいよー、私はやる気が起きないんですー」


「はぁ……じゃあ今日はお前に付き合ってやるから明日はもう少しやる気を出せ」


 しょうがない妹だがずっとこの調子では困るので少しくらいは協力してやろう。どうせ一日で出来ることなどたかがしれているのだし、このくらいで無理難題を押しつけたりもしないだろう。


「ほぅ……なんでもすると?」


「何でもはしないけどさ、やる気を出す手伝いくらいはするぞ」


「ではお兄ちゃん! 今日はたっぷりデートしましょうね?」


 俺はその時点で言ってしまったことを多少後悔していたが、言ったものはしょうがない。俺なんかとわざわざデートをする意味があるのかは不明だが付き合ってやろう。


「わかったよ、で、何処へ行くんだ?」


「そうですねえ……ホテ「じゃあ食事にでも行こうか!?」」


「でもやっぱり最終的には……」


「危ない発言はやめような! 大抵のことには付き合ってやるからさ!」


「しょうがないですねえ……でも私は諦めませんよ?」


「諦めて欲しいなあ!?」


 妹としてロクなことを思いつかないのに呆れながら発言を止める。コイツに自由に発言させるのは危険が過ぎる。


「お兄ちゃんのチキン……」


「チキンでもターキーでもいいから危ない発言は慎んでくれ……」


「分かりましたよ……じゃあ町まで電車で行きましょうか」


「そうだな、遅くなってもアレだし」


「遅くなったら泊ま」


「早めに帰ろうな!! ホントに怒られるからやめてくれ!?」


 コイツの後先考えない発言は心臓に悪い、黙らせてからさっさと都市部に逃げ込もう。


 こうして駅まで歩いて行く途中、睡は俺にベッタリとくっついていて離れようとはしなかった。休暇の最後くらいは認めてやろうかと俺も引き剥がすようなことはしなかった。


「お兄ちゃんとデート~兄妹デート~」


 なにやら怪しげな呪文だか歌だか分からないことを口走りながら俺のとなりを歩く睡に対して、コイツはなにが楽しくて俺とデートなんてするんだろうな……と考えていた。


 駅について切符を買い――ICが使える改札など無い――電車を待ちながら睡と話をしていた。


「なあ、俺と一緒にデートなんかして楽しいか?」


「当たり前ですよ! お兄ちゃんなんですからね!」


 わけの分からない理屈が睡の頭の中には存在しているらしい、俺には理解のおよばないことなのだろう。そうこうしていると電車がホームに入ってきた。


 押しボタン式のドアを開けて中に入る、春なのでそろそろ冷房が必要になりそうな空気が俺たちを包んだ。


 駅が駅なだけに電車はガラガラで、よく運営出来ているなと感心してしまう、きっとここにも税金がたくさん投入されているのだろう。それにあやかっている俺たちがどうこう言えたことでもないのだが。


 席は十分に空いているので俺たちは気兼ねなく座って窓の外を眺める。俺が窓側に座っていて睡は隣の通路側に座っている。何故か睡は窓の外ではなく俺を見ているような支線の動きをしている……普通に怖いんですけど……


「なあ睡、何処か行きたいところはあるのか?」


「今日は普通に雰囲気のいい食事だけで良いですよ? お兄ちゃんの懐事情は知ってますから」


 笑顔で俺をディスる妹、悪意無く俺の財布の中を覗くのはやめて欲しいんだが……


「何処かいい店を知ってるのか?」


「そうですね……さすがにコース料理をお兄ちゃんに期待は出来ませんし、焼き肉あたりでいいですね」


「結構高いところをお望みで……」


「お兄ちゃんの財布に余分にお金があると遊び歩いちゃいますからね、いい感じに減らしておこうと思いまして」


 遊び歩くとは人聞きの悪いことだ。ただちょっと遊びに出るだけじゃないか、それさえ禁止するのか……


「お兄ちゃん、知ってますか?」


「ん?」


「肉はメンタルを健康にするんですよ!」


 ドーンと堂々と言い張る睡だが明らかな独自理論だ、確かに肉は美味しいがメンタルには関係ないと思うのだが……


「はいはい、今日は焼き肉だな」


「はい!」


 そうこうしていると駅に着いたので電車を降りた。


「後数時間は余裕がありますね……何処か寄りますか?」


 現在午後三時を回ったところ、多少は余裕があるな。


「本屋でも行くか」


 俺がそう言うと睡は俺にくっついてグイグイと腕を引っ張っていった。どうやらこのあたりの地理は理解しているらしい。


「鬼○でも買おうかな……」


 暇つぶしに流行どころを押さえておくのも悪くない。


「お兄ちゃん、何か買ってあげますよ?」


「マジで?」


「マジです」


 睡の奢りと言うことで俺は迷わずオライリーの棚に向かっていった。コイツはどこから出ているのかは知らないが何故か金を持っている、ならば高い本をお願いする方がいいだろう。


 結局表紙にニシキヘビの描かれた本をレジに持っていって睡に払ってもらった。


「さて、それではお兄ちゃんにご馳走してもらいましょうか!」


「ああ、わかったよ」


 云千円の書籍を買ってもらったので無下にも出来ず焼き肉屋へと歩いていった。


 店に入ると肉の焼ける匂いが漂ってくる。睡は店員に『二人、食べ放題コースで』と堂に入った話し方をして俺を手招きした。


「睡、こういう店よく来るのか? 慣れてたみたいだけど」


「私はお兄ちゃんとのデートのシミュレーションは常に完璧にしているんですよ! 服から料理、PCまでお兄ちゃんとショッピングに行く可能性のあるところはほとんど抑えてますから!」


 ワオ、ものすごく準備がいいな。睡は店員の呼び出しボタンを押して牛肉をそれなりに頼んでいた。どう考えても慣れている言動なんだが、コレもシミュレーションの結果なのだろうか?


 じゅうじゅう


 肉が焼けていく、そろそろ食べられるかと思ったら睡が俺に肉を取り分けてきた。


「ありがと、でも自分で出来るぞ」


「いいんですよ、お兄ちゃんと一緒なら私は断食でも楽しめますから!」


 それはどうなんだろうと思いながら睡はどんどんと肉を消費していく。


 ……数十分後


「そろそろ次がキツいですね……アイスで締めにしましょうか?」


「そうだな、時間もそろそろだしな……」


 アイスを頼んで俺は睡に今日のことについて聞いてみる。


「満足いくデートだったかな?」


「ええ、というかお兄ちゃんがいれば私は満足ですけどね?」


「ははは……おっと、アイスが来たみたいだな」


 店員さんがアイスを二つおいて俺たちはそれを食べた、しょっぱいものばかり食べていたのでアイスの甘さが舌に響いた。


「さて、会計するか」


「そうですね、ではお兄ちゃんお願いしますね?」


「わかったよ」


「お会計○千円になります」


 その金額は俺の財布の中身のほとんどを吐き出す金額だったがギリギリで払うことが出来た。


 店を後にして駅で電車を待つ間、睡は俺にベッタリくっついていたが、顔がこっちを向くことはなかった。まあニンニクがたくさん入ってたからな……


 幸い電車は行きと同じく人がいなかったので公衆に気を使うこともなく乗ることが出来た。


 そうして帰宅後、睡はしっかりと歯を磨いていた、どうやら思った以上にニンニク臭いのが気になるらしい。俺は来月の仕送りまでお金の工面に必死になることが確定してそれについて考える羽目になるのだった。


 ――妹の部屋


「あああああああああ!!!!! しくじった! めっちゃしくじった!!!!!」


 ニンニクがあんなに匂いを立てるとは知りませんでした、さすがにあの匂いのままいい雰囲気になることはちょっと無理があります。私としたことが……お兄ちゃんにご馳走してもらうということでついつい後先考えず提案してしまいました。もうちょっと考えて提案すれば良かったです!


 私は歯をよく磨いて、身体をよく洗って洗濯を念入りモードにして、明日には匂いが落ちていることを祈るのでした。

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