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 ステラがふたたびセンターに運び込まれたのは退院から二週間後だった。

 連絡を受けてマリアたちは東棟に向かった。大型竜種専用棟である東棟の搬入口は、西棟から回廊をわたって棟を回り込んだ裏手にある。数人の若手勤務医と技術職員、外科部長のロデリックに加えて、センター長まで同行していた。

 センター長のセオドアは優秀な外科医だが、彼自ら患者を出迎えることは滅多になかった。センター設立の際に頑なに現場を望んだセオドアを懐柔するため、女王が爵位まで与えたというのは有名な話だ。マリアは総白髪の初老の男を横目で窺いつつ廊下を進んだ。

 そうこうするうち東棟の端に到着した。スイングドアを通ると物流倉庫めいた大きさの処置室に出る。正面では搬入口の巨大な金属扉が開き始めるところだった。

 マリアたちは処置室を横切って搬入口から外に出た。大型竜の搬入の都合で、こちらの処置室は扉一枚で外と繋がっている。搬入口前にも広いスペースが設けられ、一隅には円に囲まれたオレンジの「D」、飛竜の離発着位置を示すマークが描かれている。医療機械が並んでいるのを除けば、辺りはほとんど空軍基地の様相だ。

 駆け寄ってきた東棟職員が、セオドアたちと言葉を交わす。大型竜専門の職員だけあって、みな経験豊富で屈強な男女ばかりだ。西棟職員もそれに加わると、先方からの情報の確認や機材の運搬など、症例受け入れのための準備が慌ただしくはじまった。

 この段階ではまだ、竜医、特にマリアたち若手にできることはほとんどなかった。大型竜ともなれば、たとえ戦竜でなくともその危険性は小型種と比にならない。マリアたち竜医より、専門の技術職員のほうが受け入れ準備も竜の扱いもよほど上手いのだ。

 マリアが手持ち無沙汰に作業の様子を眺めていると、すこし離れた場所に立つアデレードが目に入った。彼女はただでさえ白い肌をいっそう蒼ざめ、張りつめた面持ちだった。

 それも当然だった。担当した症例がたった二週間でふたたび運びこまれてきたのだ。しかも、事前に伝えられた情報によれば騎乗中のだという。

 マリアが彼女に近寄り、声をかけようとした時だった。周囲がざわつき出し、マリアは彼らの視線を追った。敷地を囲む鉄柵の向こうに大型トラックが曲がって来る。竜運車ろううんしゃと呼ばれる竜輸送用のトラックは地味なカーキの配色で、陸軍のものだとすぐに知れた。そこまでは前回と同じだ。職員たちをざわめかせたのは後続車だった。そこには、数台の護衛車に囲まれて走行するワインレッドのリムジン。

 誰かが「まさか……」とつぶやいた。マリアも同じ気持ちだったが、一方で得心もしていた。このことを知っていたから、わざわざセオドアが出迎えに来たのだ。

 全員の目が、リムジンの鼻先に飾られたオーナメントへ吸い寄せられていた。

 ――

 かつて悪竜タラスクを、力に依らず、その信仰のみでもって手懐けたと史書に記される聖女。勇敢にして果断、何者にも物怖じせぬその姿勢と、幼少より竜をこよなく愛した性向から、聖マルタはこの国においてを表すマスコットである。

 ゆえに、王族専用車に飾られる聖マルタの像はこの国ではただ一つの事実を表す。

 第一王位継承者プリンセス・オブ・ウェールズアーリア・エリザベス・マーガレット殿下――

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