第67話 村の困り事


 使役の魔法がかけられたパンツの両端が羽ばたく。

 周囲に風圧を伴った風が舞い、パンツが浮かび上がった。

 そのまま高度を上げながら前へと進んでいく。


「おおおおおおおおうにゃーーーーーー!」


 喜びなのか恐怖なのかわからないミミルの悲鳴が遠ざかっていく。


「飛んだな」


「飛んだね」


「小さくなると鳥にしか見えないな」


「だね、鳥だよねあれは」


 速度を上げたパンツはあっという間に視界から消えた。

 消えたと同時にパンツからのライブ映像が圭の脳内に投影される。


「おお、けっこうこれ速そうだぞ、多分だけど走るより相当速いかも」


「あ、そういえばさ、ノームさんの家に行ったときね、パンツ飛ばして来たでしょ。

あれって場所とかわかるの?」


「わかるというか、パンツから見た景色が送られてくるんだよ。

今も見てるよ、あ、隣村が見えた」


「隣村ってブルーレットが走っても20分かかるんじゃないの?」


「だね、これならエッサシ村まで30分かからないんじゃないかな」


「凄いじゃん! 走って3時間もかかるのに!」


「同じ計算なら王都も30分くらいだな。

乗って移動できるってわかったから行動範囲がだいぶ広がるな」


「でもブルーレットが曳く馬車より怖いんじゃない?」


「馬車どころか背中に背負って走るより速いからね。

普通の人には怖いかも。とりあえずパンツを戻すか」


 Uターンしたパンツがものの3分で戻ってくる。


「おかえりミミル」


「ご主人様!」


 ミミルが圭に抱き付いて満面の笑みを浮かべる。

 尻尾も興奮しているようにピョコピョコと左右に揺れていた。


「凄いですにゃ! びゅーってなって、ごーってなって!

ひゅーんって、速くて高くてもうとにかく凄いですにゃご主人様!」


「怖くなかった?」


「怖い? なんでですかにゃ、とっても楽しいですにゃ!」


「猫族だからかな、猫って高いところ好きだし」


「うん、猫だからかもね、乗る前からわかるけど私は絶対楽しめない」


「まあ、あのスピードだったら風を体感するだけでも相当怖いはずだからな。

みんなで乗る場合も考えるとそのままって訳にはいかないか」


「私はあの上に乗って飛ぶのはイヤだよ、ていうか落ちたら死ぬじゃん」


「となると、パンツの中に入って飛ぶとかかな。

飛ばす時はある程度パンツの形をイメージするから、中に空間を作るのもできると思う」


「ほんと? それなら怖くないかも、落ちる心配もないし」


「それじゃ試しに3人でエッサシ村に行ってみようか」


「行く!」


「ミミルは上に乗るですにゃ!」


 こうしてパンツの中に人が入れる空間を作ったパンツ鳥は、中に圭とリーゼ、そして上にミミルを乗せて、エッサシ村へと飛んだ。


「どう? 怖くない?」


「うん、全然怖くないよ」


 怖くないと返すリーゼは、あぐらをかいた圭の膝の上に収まっていた。

 さながらリーゼ専用の座椅子である。

 そんな圭の視界にはパンツからの映像が流れ込んでくる。

 村とひとつ越え、ふたつ越え、セターナ村も通り過ぎ、30分経たずにエッサシ村へと着いた。

 パンツが降りたのは村中央の井戸がある広場。


 井戸の周りで水仕事をしていた村人達が言葉を失う。

 突然空から白い大きな物が村にやってきたのだ。

 しかもその上には獣人が乗っている、猫耳のついた亜人だ。


 驚くのもつかの間、白い物の中から圭とリーゼが出てきて、ニコニコと周りを見渡す。


「うーん、やぱりここは落ち着くね」


「のどかだね、あ、みんなこんには」


「ただいまー! みんな元気にしてた?」


 圭とリーゼが話しかけると、皆、緊張した顔を緩め集まってくる。


「リーゼにブルーレットさん、突然どうしたんですか?

それよりもこれは一体」


「パンツだよ」


「え?」


 よくみたら、巨大な三角形の布、村民ならだれもが知ってるあの布だった。


「確かにパンツのようですが、大きさが……」


「めんどくさいからぶっちゃけるね。

パンツを大きくするスキルを覚えた。

パンツを飛ばすスキルを覚えた。

だからパンツで飛んできた、以上!」


 皆、一瞬驚いたが、すぐに『ああ、変態魔族だから仕方ない』と納得したようだ。

 いや、変態で納得されるのは不本意なんだけどね。


「みんなに紹介するよ、旅仲間になった猫族のミミルだ」


「ミミルですにゃ! ご主人様に助けられたのでご主人様と一緒にいるにゃ!」


「というわけだ」


「おお、ブルーレットじゃないか!」


 ミミルの紹介をしてると、騒ぎを聞きつけたサトウがやってきた。


「サトウさん!」


「どうしたんだ突然」


「なんとなくね、散歩がてらに寄ってみただけだよ、得に用って用はないんだけどね」


「そうか、元気そうでなによりだ、そっちの獣人は?」


「ミミルって名前で、旅仲間になったばっかりの子だ」


「この領地に亜人なんていなかったよな、亜人連れて大丈夫なのか?」


「あーその件なんだけどね、丁度いいからみんなに説明するよ。

村のみんな集めてくれる? あと村長さんも」


「わかった、ちょっとまってろ。

おいみんな、全員集合だ! 俺は村長さん呼んでくる」


 村人が各々一旦散り散りになる。

 ほどなくして100名程の村人が集まった。


「ブルーレットさん、その後もお変わりないようで安心しました」


「村長さんも元気そうだね」


「はい、おかげさまで、移住してくれた3人もよく働いてくれてます」


「それは良かった、俺も安心できるよ。

さてと、それじゃ村のみんなに報告しようかな。

えーとね、この領地の領主だったフィッツなんだけど。

ここにいる猫族のミミルが倒してくれた」


「えへへへにゃ」


「というわけで、国王にその件を報告したら俺が領主になった」


「ブルーレットさんが領主様ですか!」


「うん、それでね、村長さんならわかると思うけど、アレを国王にあげたら貴族にしてもらえた」


「アレってもしかして、角ですか?」


「うん、ということで、この領地はノイマン領から俺の家名のオクダ領になった。

貰った爵位も侯爵だからここは侯爵領ってことになる。

ブルーレット・オクダ侯爵、それがここの領主だ。みんなよろしくね」


「おおおおお! 侯爵様にわざわざ起こしいただけるなんて!

この村始まって以来快挙です」


 村長をはじめとした村人が、地にひれ伏した。


「あー、べつにそんな大仰に侯爵様なんて呼ばなくていいよ、みんな立ってってば。

村長さん、俺の性格わかってるでしょ?

いままで通りブルーレットでいいってば、村長さん俺と握手したの覚えてるでしょ」


「はい、覚えておりますよ、そうでしたね、ブルーレットさんはそういうお方でした。

侯爵様と聞いたのでつい緊張してしまって」


 立ち上がりながらそう答える村長、つられて他の村民も立ち上がる。


「とにかく、俺が領主になったから、この領はもっともっと良くなるよ。

来年の税は期待しててね、徴税とかもちゃんと適正なものにするから」


「はい、それは楽しみですな、毎年毎年徴税の度に嫌な思いをしていましたから」


「それで、村のその後はどんな感じ? 困ったこととかない?」


「困ったことか、それなら木材の買い付けが難しくてな。

家を増やそうにも木がないと建てられない」


 そう言ったのはサトウだった。

 村の発展に向けていろいろとしてくれているようだ。


「木か、すぐそこの森から調達できないの?」


「木を切り倒して加工するにも、この村の男手じゃ限界があるしな。

せいぜい冬用の薪を用意するのが精一杯だ」


「なるほど、倒して切って運んで加工してとなると、もっと人数がいるか。

それに買い付けるにしても、この村は領の端っこで遠いから輸送が難しいもんな」


「ああ、大工を雇っても肝心の木材がないんじゃ家は建たないからな」


「私が村長になったばかりの頃には、この村にも木こりや大工がいたのですが。

村の生活が貧しくなるにつれて、皆街や王都に移り住むようになりまして。

恥ずかしながら今では農夫しかおりません」


「なるほど、状況はわかった、とりあえず細かい加工は別にしてだ。

ある程度切り刻んだ木をここに持ってこれればなんとかなりそうか?」


「それが出来たら苦労はないけど、概ねそこまでできればあとは大工がなんとかするだろう」


「よし、出来るかどうかわかんないけど、色々やってみよう。

とりあえず一旦解散ってことで」


「ああ、わかった。

ブルーレット、お前さんならなんとかしそうな気がするんだよな、不思議だけど」


「村のためだからね、これでも一応領主だから、がんばってみるよ」


「それじゃリーゼ、ミミル、ちょっと森に行ってみようか」


「うん、でも行って何するの?」


「行ってから考える」


「森ー! ワクワクするにゃー」


 そして3人はテクテクと歩いて森に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る