第62話 助けたからには


 夕方、ジェラルドの街に戻ってきた圭は、まずバーナントを屋敷へ届けた。


「バーナントさん、屋敷に戻る前にちょっといいかな」


「はい、なんでしょうか」


「えーとね、フィッツには奥さんと娘さんが居るんだっけ?」


「はい、ノイマン家の奥様とお嬢様がおりますが」


「廃爵になった今、二人が今後どうしたいか、聞いておいてほしいんだ。

今考えてるのは、一応この屋敷を俺の屋敷にする。

それで領主代行に住んでもらう。

というよりは領主業務の拠点にしたいと考えてる。

もちろん使用人も希望があればそのまま屋敷で働いてもらってもいい。

さらにバーナントさんには代行のサポート、まあそのまま執事をしてもらうのがベストかな。

どうだろう、バーナントさんの意見も聞いてみたいんだけど」


「突然の事で私もまだ気持ちの整理がついていませんが。

このお屋敷に置いていただけるのであれば、このバーナント、侯爵様の使用人としてお仕えさせて頂きます。

ほかの使用人も喜んでお仕えするでしょう」


「意外とあっさりしてるんだね、そのまま働いてくれるならこっちは助かるけどさ」


「一般的に子爵家に仕えていた者が、侯爵家に採用されることなどありません。

通常は募集をかけて面接を行い、身元がしっかりした人物を厳選して雇うものなのです。

もちろん貴族からの紹介状があるのが普通です。

侯爵家に仕える使用人というのは誰でもいいとうわけにはいかないのです。

それをご指名でそのまま屋敷に仕えてもいい、などというお話は通常では考えられません。

本当によろしいのですか」


「いいんじゃないかな、少なくともバーナントさんは領主の執事として、今まで仕事してきたんでしょ?

領主業務の内容も把握してるよね」


「はい、一通りは」


「だったら代行の補佐を頼むよ、これ以上の適任はいないって」


「わかりました、これよりはオクダ侯爵家の執事として、仕えさせていただきます」


「それとだけど、もしね、奥さんと娘さんがこの屋敷に残りたいって言ったら。

バーナントさんと一緒に代行の補佐、もしくは秘書として働くのもありだと思ってる。

領官って扱いになるのかな。

未来の話でね、いずれバーナントさんも引退するでしょ、その後釜として誰かを育てておかないとね。

一応そいういう選択肢もあるって伝えておいてくれるかな」


「あの、ブルーレット様。

この屋敷のことをそこまで考えて頂けるとは。このようなお方が領主様になっていただけるなんて。

僥倖の一言に尽きます」


「バーナントさんは大げさだな。

とにかく、これからよろしくね、屋敷のことは全部任せるから」


「かしこまりました旦那様」


「俺まだ独身だから旦那様はやめてくれ。

普通にブルーレットでいいよ、あと様付けも禁止ね」


「し、しかし侯爵様相手に呼び捨てはいくらなんでも」


「普通にさん呼びでいいよ、そのほうが気楽でいいから。

屋敷の使用人にも徹底してね、様付け禁止は雇う条件だから」


「雇用条件ならばしかたありませんな、わかりましたブルーレットさん、これでよろしいですか?」


「うん」


 屋敷関係の話をまとめた圭は日課であるブラウン服店に足を運んだ。



 店にはオーナーの姿はなく、メリッサが出迎えた。

 閉店時間になったばかりで、店に客はいない。


「ブルーレットさん、今日はもう来られないかと思いましたよ」


「ごめんごめん、昨日から王都に行っててね、王様に会ってきたよ」


「え?」


「そんでここの領主にしてもらった」


「え??」


「さらに侯爵にしてもらった」


「えええええええええええええええ!」


「というわけで支配者から領主にランクアップしたんだよ。

魔族で変態の領主だけどよろしくね」


「あへ」


 口から魂が抜けたメリッサは立ったまま動かなくなった。


「あれ? メリッサさん?

なんか気絶してるっぽいんだけど。

おーい、こっちに戻ってこいよー。

パンツあげないぞー」


「パンツ!!!!!」


「あ、帰ってきた」


 さすがはパンツ伝道師、パンツという言葉には気絶中でも反応するらしい。


「すいません、衝撃のあまりオーナーの枕元まで行ってました」


「そこに立っちゃだめ!」


「それでブルーレットさん、侯爵様になられたって本当ですか」


「うん、フィッツの一件を片付けてね、領地をいろいろテコイレしたいって国王に話したらさ。

領主と貴族の許可がもらえてね」


「なんというか、想像のななめ上をいきますね、ブルーレットさんには驚かされっぱなしですよ」


「変態だから常識外れなのはご愛敬ってことで」


「いやもうそれ変態通り越してますよ」


 その後、雑談しながメリッサに今日起こった事情を説明しつつ。いつも通りにパンツとブラを納品した圭。

 帰りのポケットには金貨が1枚増えた。



 次に向かったのは警備隊本部。


「ブルーレット!」


 事務所に入ると圭に飛び付いてきたのはリーゼ。


「ただいまリーゼ、王都から帰ってきたよ」


「おかえり!

王都はどうだったの?」


「国王に会ってね、話し合ったら正式に領主にしてもらえたよ。

リーゼの言った通りに領主になっちゃったね」


「なんていうか、自分で言っておいてなんだけどさ。

簡単にそれをこなしてくるとか、変態だよね、この変態パンツ魔人!」


「あはははは、パンツ魔人だって、俺もいよいよヤバイな」


「あ、そうだ、ミミルがね、傷全部治ったよ。

凄いよね、僧侶って」


「ミミルは今どうしてる?」


「まだ教会にいるんじゃないかな、会いにいくの?」


「そうだな、会っておくか、リーゼは夕食まだ?」


「まだだよ」


「それじゃミミルに何か買っていくか、みんなで食べよう」


「うん」


「そういえばロッカは居ないのか」


「今日はもう帰ったよ、今いるのは夜勤組の人達だけ」


 事務所の中では5人の警備隊員がのんびりしていた。

 彼らに向かって圭が話しかける。


「みんなお疲れさん、明日の朝、警備隊全員集まるよね」


「はい、いつも通り集まりますが」


「明日みんなの前でいろいろ説明するから、楽しみにしててね。

それと間諜のニックには連絡員から伝えてほしいんだけど。

もう解決したからこっちに戻ってきていいよって、伝えておいて」


「え? 解決したのですか?」


「うん、それもくわしく明日話すから」


「わかりました」


「それじゃリーゼ、行こうか」


「うん」


 警備隊本部を出て、店仕舞いを始める露店にかけこみ、食糧を買い込んだ2人は教会へと入った。


「やあミミル、傷は治った?」


「ブルーレットさん!」


 圭の姿を見たミミルは椅子から飛び跳ね圭に抱き付いた。


「ありがとうございます! ミミルはミミルは! ほんとにもう……」


 感極まり言葉が出なくなったミミルは、抱き付いたまま泣き始めた。


「うん、辛かったね、大変だったよね、でももう大丈夫だから」


 やさしく声をかけながら頭をなでる。

 たれた耳と尻尾がミミルの感情を表わしているようだった。

 ミミルが落ち着くまでその頭をなで続ける。


 気が付いたら旅服の胸元が鼻水と涙まみれだった。


「ご主人様!」


「へ?」


 胸元から顔をあげたミミルの第一声はご主人様だった。


「ご主人様はミミルの命の恩人です!」


「命の恩人は大げさだよ」


「恩人なんです! だからミミルはご主人様に一生かけて恩返しをします!

ミミルのご主人様になってくださいごご主人様!」


「あーあ、やっぱりこうなったか」


「え? やっぱりって何?」


 状況が呑み込めない圭にリーゼがあきれ顔で答える。


「だから、助けたなら最後まで面倒みなさいよってこと」


「え? ええええええええええええええ!」


 意味を理解した圭が声を上げる。

 

「ご主人様~ご主人様~」


 抱き付いたまま笑顔で圭を見上げるミミル。

 耳はピンと立ち、尻尾はパタパタと左右に勢いよく振られていた。


 この日、圭の旅仲間が1人増えた。

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